対話型学びを進める職場学びのプラットフォーム「CLAP」を基盤とした 人財育成施策「変革」への取り組み――旭化成

旭化成が独自の学習プラットフォームである「CLAPCo-Learning Adventure Place)」をスタートさせたのは202212月。導入の目的は、従業員一人ひとりの志向やニーズに応じた「専門性強化」と「キャリア形成の支援」。メインコンテンツには幅広い学習分野を網羅した外部のe-ラーニングを採用していますが、同時期に発生した社内独自の学習コンテンツや自発的なコミュニティが、CLAPを進化させています。運営までのプロセスについてくわしくお話を聞いたのは、人事部で人財・組織開発に携わる三木祐史氏。その肝は、コンセプトワークと文化形成にあったといいます。

三木祐史氏写真

三木祐史氏 旭化成 人事部 人財・組織開発室 室長

「みんなで学ぶ」というコンセプトの抽出

――まず、CLAPを導入するにあたっての背景からお聞かせください。

旭化成の中期経営計画の一つである「『人財』のトランスフォーメーション」について検討しているなかで、出てきたキーワードが「終身成長」と「共創力」でした。「人は財産、すべては『人』から」という考え方に基づき、人事部とデジタル共創本部でプロジェクトを組成したのが202112月。CLAPの運営が始まる1年前から施策づくりに取り組んできました。もともと終身成長というのは、職場のリーダーが集って中期的な議論を進める過程で、人財チームから出てきた言葉なんですよ。「本当に実現したいキャリアに向けた多様なの挑戦や成長を支援する、そんな会社になろう」という意味合いです。

経営サイドからのオーダーは、自律的なキャリア形成と成長を実現させる具体策として「学びの機会がどうあるべきか」を考えてほしいというものでしたから、トップダウンというよりは現場発のプロジェクト活動ですね。プロジェクトの立ち上げメンバーは4人、過程で外部のコンサルタント会社にも入ってもらって最後は25人ほどのチームになったので、徐々に活動を大きくしてきた感じです。

――1年間かけて構想されたとのことですが、具体的にどのように進めてきたのですか?

コロナ禍も相まって世の中的にeラーニングのニーズが顕著に伸びていて、とりあえず導入すればいいという風潮でしたが、ただ入れるだけでは機能しないだろうという感覚がありました。というのも、過去にオンライン動画学習サービスを入れた際、結局のところ活用は進まずといった経験があったからです。なので、まずはコンセプト「人が学ぶためには何が必要か」を抽出し、ラーニング施策を実行していくうえでの指針を得ることが重要だと考えました。

実践したのはデザイン思考ワークショップで、旭化成の従業員目線でラーニング体験を描く、つまりジャーニーマップをつくることから始めました。具体的には、若手研究開発系・若手営業系、シニアプレイヤー・管理職というペルソナを置いて、それぞれが「どういう課題感の下で学びを欲しているか」「学び続けるにはどんなモチベーションが必要なのか」、そして「学習後には何があるとより意欲が高まるか」などを可視化していったのです。その結果、どのペルソナにとっても、あらゆる場面でカギを握るものとして出てきたのが“人からの影響”でした。ここから抽出されたのが、「みんなで学ぶ」というコンセプトです。

――人からの影響であれば、それこそコミュニティの話も出てきそうですね。

たくさん出てきましたよ。不安や悩みを共有する場や、仲間を巻き込んで一緒に学習する場が欲しいとか、あるいは、学習後には発信をしたい、社外ともつながりたいとか。学びを継続するという観点からも、コミュニティの存在はやはり大きいと再認識しました。

コンセプトと指針が明確になれば、「何をすべきか」も自ずと見えてきます。あとは大きく推進する役割としてやるべき業務と、システム上で実現する業務とに分けて、全体のシステムをつくり上げてきたという経緯です。

夢と志を持ってつくり上げたシステム

――とても丁寧に策定されてきた印象で、プロジェクトに強い思いを感じます。

そうですね。こだわりを持ってやってきました。私自身、普段から「取り戻せ感情・解き放て個性・動き出せ社会へ」という言葉を大切にしていて、会社のなかで眠っている人たちを呼び起こしたいという気持ちが強かったのです。そして、システムやツールを用意するだけでは、自律的なキャリア形成と成長の実現は叶わないとわかっていたので、これは人事として取り組む「学び文化の改革」だと。そう考えて、夢や思いを語りながらチームでコンセプトを共有し、ことさら新たな文化の形成と浸透には努めています。だから、CLAPのコンセプトは、イコール人財育成施策のコンセプト。「みんなで学ぶ」はシステムのキャッチコピーではなく、人事としての根幹的な考え方なんですよ。

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――文化にするためには、アスピレーションが欠かせないということですね。過程で大変だったことはありますか?

走り始めた頃は、夢や思いを語るにしても経営サイドにうまく伝えられないとか、プロジェクトの現場では、共感がありつつも「なぜ、ここまで手間をかけるのか」といった場面もありました。でも、絶対に社員の成長に寄与するものにしたかったので、とにかくディスカッションを重ね、多くの人を巻き込みながら活動を続けてきました。

加えて活動としては、施策を展開する際に、終身成長という言葉と紐付けたメッセージを届けようと考え、MVPMinimum Viable Product)でCLAPの動画をつくったりもしました。最終的には経営からのメッセージを含めたコンセプト動画をつくり、「会社としてやっていくんだ」という発信を全社で行ったのですが、これが社員への周知に大きな力を発揮しました。

ただ、最初からシステム運営に関するハード面、提供コンテンツに関するソフト面、この両面設計に取り組み、さらには現場での実験や検証作業も同時並行で走らせていたので、1年間で導入まで持っていくというのは、なかなか大変なプロジェクトではありました。

プロジェクトを通じて気づいたのは、社内コンテンツをつくることの価値です。CLAPが提供するコンテンツの考え方には、キャリアの可能性を広げる「学びの幅」と、専門性を高める「学びの深さ」との2軸を置いていて、後者では社内の知見を活用した教材化、コースづくりを進めています。そのコースを設計していく際、現場のメンバーから出てきたのは「あの人の話は面白い」「この人の知見がすごい」といった情報で、これが一つのコミュニティになったんですよ。実際に話を聞きにいって、教材をつくるためのヒントを得てくるという活動です。それをアーカイブして載せる検討を始めたら、組織開発にもつながるような効果が確認できて、やはり、社内コンテンツをつくることの価値は高いという検証ができました。

自律キャリアの実現は、人々のつながりの先にある

――CLAPの運営を開始して以降、成果や手応えは感じていますか?

導入は国内グループ会社の従業員約2万人を対象にスタートし、順次展開しているところです。初動の数字にはなりますが、導入から約3カ月間の利用状況を見ると、「CLAPにアクセスしたことがある」は81%、1つ以上のコンテンツを学習完了した者の割合は64.3%。周知活動も効いたようで、これは悪くない数字だと思っています。現状の課題としては、展開のさらなる広がりと継続ですよね。

成果という面では、「新卒学部」が生まれたことが大きいです。新入社員同士が互いに学び合うコミュニティで、これは、CLAPのコンセプトに基づいて人事部の新入社員研修の担当者が頑張ってつくったものなんです。設計としては、事務局と伴走しながらコミュニティ活動をする第1クールと、新入社員がより主体となる第2クールに分かれていて、期間はそれぞれ4カ月。従来行ってきた約1カ月間の一律的な新人研修を変革した格好で、その運用スキームにはCLAPを活用しています。

新卒学部というコミュニティ形成によって、新人の学習時間は前年比で3.5倍となり、なかでも顕著なのはトップラーナーの学習時間の伸びです。さらに、第2クールの進化が想定以上で、自由に任せてみると、新人の自主運営による学習活動や、アウトプットする機会がたくさん出てきました。キャリア自律の実現には、継続した学びが絶対的に必要です。それを支援する入り口として、新卒学部はいい場になっていると、手応えを感じているところです。

――CLAPはまさに、学び方を変える人事施策でもあるのですね。最後に、今後の方針について教えてください。

新卒学部内で成果が出ているとはいえ、全体で2万人を対象とするなか、新人は250人ほどなので、まだまだ小さな成功体験の一つ。これをどこまで重ねていくか、大きな動きに変えていくか。今後は全社的に水平展開を進めて、中堅層などといった階層別の学びの変革にも取り組んでいく考えです。

「みんなで学ぶ」という人財育成施策の成果を何で測るかというのは難しいところですが、私個人の見立てとしては、ソーシャルキャピタルの観点で測ってみると、研修やコミュニティ参加者のつながりが明らかに強くなったと感じています。これを、学び方を変えたことによる新しい成果指標にしてもいいのではないかと。従業員たちが声をかけ合って、「一緒に何かを学ぼう」「新しい何かを始めよう」……そうしたつながりの先に、自律キャリアの実現があるのですから。CLAPはそのきっかけをつくるためのツールであり、今は、人財育成施策の変革に向けたスタート地点に立ったところだと思いながら取り組んでいます。


聞き手:辰巳哲子
執筆:内田丘子(TANK)
撮影:刑部友康