“日本のエンジニア”はどこへ行く?ーEngineer's Career Journey エンジニアが、自身の才能と出会い、ワクワクできる場づくりを目指して


豊田義博

リクルートワークス研究所 特任研究員
ライフシフト・ジャパン 取締役CRO/ライフシフト研究所 所長

“日本のエンジニア”はどこへ行くのだろう。AIが世の中を変えようとし、 DXが各方面へと広がり、リスキリングが潮流となろうとする中で、我が国の「ものづくり」を支えてきた “日本のエンジニア”の未来には、どのようなCX(キャリア・トランスフォーメーション)が待ち受けているのだろう。大手メーカー4社のエンジニア40名へのインタビュー、エンジニア1000人への調査から未来の姿を探る・・・というイントロダクションにて展開してきた本連載は2023年夏に一度終結したが、プロジェクトには続きがあった。研究成果であるCXモデル〈Engineer’s Career Journey〉を活かした機会を創造することで、エンジニア自身のキャリア・オーナーシップを引き出すことができるか、という社会実験のフェーズである。 本稿では、その結果を、そして、社会実装に向けての展望をお伝えしたい。

CXモデル〈Engineer’s Career Journey〉の完成

旭化成、ソニー、トヨタ自動車、日立製作所という日本のリーディングメーカー4社の協力を得てスタートした今回の研究プロジェクト。得られた知見をまとめてみると、エンジニアが、自身の様々な「広げる」経験や転機イベントを通してキャリア資産(エンジニア資産、CX資産)を獲得し、その自覚を通してキャリア・オーナーシップを確立していくというCXストーリーが浮かび上がってきた。少々長くなるが、そのストーリーをご紹介したい。

学、大学院において電気・電子、機械、化学などを学び、メーカーへと就職し、ものづくりの現場からキャリアをスタートさせた“日本のエンジニア”。日々、答えの見えない難題に、少ない人数で時間に追われながら、閉鎖的な環境で取り組み、折衝を重ねている。難題をクリアしても、すぐまた次の難題が降りかかってくる。解決を重ねていく中で視野狭窄の度合いは増していく。出口の見えないラビリンスに迷い込んでいるかのようだ。

そんな “日本のエンジニア” にも大きな環境変化の波が訪れている。AIが社会を変えつつあり、リスキリングは社会潮流となって浸透し始めている。しかし、こうした変化を認知しながらも、多くの “日本のエンジニア” は、既存事業への対応に従事している。これまでの経験を活かしながら事業の成長やアップデートに貢献している。裏を返せば、自身のCX(キャリア・トランスフォーメーション)の機会や動機は生まれていないということになる。リスキリングへの姿勢も必然的に消極的なものになっている。こうした状況が、ラビリンスの構造をより複雑なものにしている。

このような悩ましい状況に身を置いている “日本のエンジニア”。しかし、彼ら彼女らは、多様な経験、豊かな資産を持っている。

“日本のエンジニア”の多くは、担当製品・領域のシフト、新技術開発などのエンジニアとしての「広げる」経験を幾度となくしている。海外赴任や技術部門以外への着任などの越境的「広げる」経験をしている “日本のエンジニア”も多くいる。
また、幼少期からエンジニアとして働き始めたキャリア初期までに、 “日本のエンジニア”は難題に立ち向かい、解決していく上で強く効力を発揮する気質である「専門へのこだわり」「理(ことわり)好き」「クラフトマンシップ」などのエンジニア資産を蓄積している。

このように、ラビリンスに身を置きながらも、豊かなエンジニア資産を持ち、「広げる」経験を繰り返し、成果をあげている “日本のエンジニア”。しかし、それだけでは未来のキャリアを自律的に創り上げていくために必要なキャリア・オーナーシップは形成されない。ラビリンスを脱出することはできない。

だが、キャリア・オーナーシップを有し、主体的に学び続け、変わり続けている “日本のエンジニア”も、実は数多く存在する。そんな彼ら彼女らは「社会を想う」「脱技術・脱エンジニア」「チームドリブン」などの CX資産(主体的に学び続け、変わり続ける源泉であるマインドやスタンス)を保有している。

CX資産獲得の機会は、多様な「広げる」経験に潜んでいる「内面の危機」「異質な他者との交流」といった「転機イベント」にある。こうした「転機イベント」を通して、彼ら彼女らは「問題意識の形成」「自己発見」といった「転機からの学習」を獲得する。この「転機からの学習」こそが、CX資産の正体だ。

CX資産は10に類型化されたが、それらは数多く持っていればいいという性質のものではない。その人ならではのCX資産が存在する。そして、その「ならではのCX資産」が、イノベーターやクラフトマンを極めていく「エンジニア因子」、ソーシャルストーリーやビジネスストーリーを描く「事業創造因子」などの自身のキャリア・ディレクションの形成を促進する。これは、キャリア・オーナーシップ形成そのものである。

キャリア・ディレクションは4つの因子で構成されてはいるが、そのバランス、ポートフォリオは人それぞれである。自身の「持ち味であるエンジニア資産」と「ならではのCX資産」が化学反応を起こし、その人ならではのキャリア・ディレクションが生まれる。

これが“日本のエンジニア” が生き生きとCXしていくプロセスモデルの全貌だ。さながらロールプレイングゲームのストーリーのようなこのモデルを、私たちは〈Engineer’s Career Journey〉と名付けた。

図表1 CXモデル〈Engineer’s Career Journey〉 ※クリックして拡大
図表1 CXモデル〈Engineer’s Career Journey〉

“日本のエンジニア”を対象に、社会実験を実施

“日本のエンジニア”は、こうしたストーリーの中を生きている。誰しもが、その人の持ち味である「My エンジニア資産」、その人ならではの「My CX資産」を持っている。しかし、エンジニアの多くは、それを自覚していない。だから、自身のキャリア・ディレクションをイメージできない。“日本のエンジニア”は、こうしたストーリーの中を生きている。誰しもが、その人の持ち味である「My エンジニア資産」、その人ならではの「My CX資産」を持っている。しかし、エンジニアの多くは、それを自覚していない。だから、自身のキャリア・ディレクションをイメージできない。であれば、それらを自覚する機会を創造することが、“日本のエンジニア”一人ひとりのキャリア・オーナーシップ確立、主体的なCX実現につながるに違いない・・・プロジェクト成果であるCXモデルを得たことで新たに生まれたこの仮説を検証するために、私たちは社会実験を試みた。“日本のエンジニア”がキャリア資産を自覚する機会のプロトタイプを創造し、実施してみた。

社会実験は、協働企業4社ならびに、CXモデルに共感してくださった企業・団体のエンジニアを対象に、大きく2つのステップにて実施した。Step 1は、エンジニアを対象としたセミナーの実施、Step 2は、エンジニアを対象としたワークショップの実施である。

社会実験を通した検証のポイントは、研究成果(CXモデル)を踏まえたエンジニア個人への情報提供、内省・対話機会の提供が、個々人のキャリア主体性/キャリア・オーナーシップ獲得・向上に寄与するか、である。プロトタイプ創造にあたっては、以下の3点を重視した。

① エンジニアに特化したキャリア・セミナー/ワークショップ機会の提供
エンジニアは、製造業においては多数派を占める存在だが、エンジニアに特化したキャリア支援の機会はどの企業においても実施されていないようだ。しかし、キャリアスタート時に、一定のエンジニア資産を獲得していたり、広げる経験のバリエーションにエンジニア特有なものがあったり、という他の職種にはない特徴を持つ。エンジニアに特化した機会を創造することで、エンジニア自身が、自身のキャリアを「我がごと」として捉えるのではないかと考えた。

② CXモデルを活用した自己探求・自己発見フレームの活用
CXモデルの核にある「広げる」経験、転機イベント、エンジニア資産/CX資産の自覚を実現するために、独自のフォーマット、ツールを活用した(詳細は後述)。

③会社の枠を超えたエンジニア同士の対話(自己開示/他者理解)機会の提供
ラビリンスに身を置く“日本のエンジニア”は、日常の仕事の中や、近しいメンバーとの対話からでは、自身の「らしさ」を自覚することは難しいだろう。会社を越境した機会の創造が肝要だと考えた。だが、仕事内容が特殊であるがゆえに、社外のエンジニア以外の職業の人とでは仕事の対話が深まらない。そこで、会社の枠を超えたエンジニア同士の対話の場を創造しようと考えた。

図表2 社会実験
図表2  社会実験

研究成果から生まれた自己探求・自己発見ツール

プロトタイプの詳細は割愛するが、Step 2のワークショップのアウトラインと活用したツールを紹介しておきたい。ワークショップは、2日にわたって実施した。

【Day 1】 「変化の履歴書」の作成に基づく、自身のキャリアの深掘り、棚卸し

  • 「変化の履歴書」(キャリア曲線ワークシート、ステージワークシート、転機ワークシート)を作成(事前課題)
  • グループワークを通して、自身のマルチサイクル・キャリアの特徴(役割の変化、学習スタイル、影響を受けた人など)を発見
  • 自身のキャリアの「転機イベント」の探求

【Day 2】自身のキャリア資産の探索・発見と、キャリア・ディレクションの創造

  • 自己発見ツール「Career Asset Quest(β版)」を活用した自身のエンジニア資産、CX資産の見える化
  • グループワークを通じた、持ち味である「My エンジニア資産」、ならではの「My CX資産」の発見。中核となる転機イベントとの関連性の気づき
  • 2日間のワークを通した気づきを踏まえた「My キャリア・ディレクション」の創造

「変化の履歴書」とは、本プロジェクトのベースともなっているプロジェクト「人生100年時代のライフキャリア」において開発されたものだ。「広げる⇔深める」という独自のフレームに基づいてキャリア曲線を描き、その曲線の変化をもとに、自身のキャリアをいくつかのステージに分けたり、転機と思しき時期を特定したりしながら、自身のキャリアを可視化、言語化していくフレームだ。

図表3 変化の履歴書 ※クリックして拡大
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「Career Asset Quest」とは、「エンジニアとしてのキャリアをスタートさせた頃の自分」についての設問、「様々な経験を重ねてきた現在の自分」についての設問に回答すると、回答者の持ち味である「My エンジニア資産」、回答者ならではの「My CX資産」が可視化されるセルフアセスメントツールである。

「“日本のエンジニア”の実態調査」(2023年)に準拠し、大学・大学院にて自然科学系(工学、理学、情報工学、農学等)学部に学び、卒業・修了後、従業員規模500名以上のメーカーに就職し、正社員として設計、開発などの技術系職種でキャリアをスタートした就業経験5年以上の20~50代1082名の回答傾向をもとに、スコアが算出される。

図表4 Career Asset Quest ※クリックして拡大
図表4 Career Asset Quest
図表4 Career Asset Quest

社会実験の手応えを受け、社会実装を構想

社会実験は、「Step 1. Career Seminar for Engineers」「Step 2. Career Workshop for Engineers」ともに、当初の期待値に叶う成果、反響を得ることができた。セミナー、ワークシップともに満足度が高いだけではなく、参加者に相応の気づきや変化を促すことができた。下記のいずれもが、相応の効用をもたらした。

① エンジニアに特化したキャリアセミナー/ワークショップ機会の提供 
② CXモデルを活用した自己探求・自己発見フレーム/ツールの活用 
③ 会社の枠を超えたエンジニア同士の対話(自己開示/他者理解)機会の提供

また、社会実験参加者の中には、一人のエンジニアという立場だけではなく、組織・メンバーを統率する立場、エンジニアのキャリア支援に関わる立場の方も散見され、社会実装の期待・要請をいただくこともできた。ワークショップ参加者に実施したアンケートの中から、五段階評価のトップボックス《大変満足》をつけてくださった方のコメントの一部をご紹介しておきたい。

●エンジニア目線のキャリアのセミナーは初めての経験で多くの学びを得ることができ、エンジニア/CX資産についても、この指標は人の歴史から形成されるその人の重要な特徴であるとわかったため。
●エンジニアに特化した内容になっていたから・他社のエンジニアの方と意見交換や感想を聞けたから・自分自身の経歴を共通のクライテリアで見える化でき他の方と比べることで特徴がとらえられたこと。
●自分のこれまでのキャリアの様々な転機と、資質とを絡めて、主観的かつ客観的に知ることができたから。
●自己分析はやってきた方だが、エンジニアの資産にフォーカスしたものは見たことがないから。それをキャリアにどう活かすのかが見えるところが新しかったです。
●自分のキャリアを棚卸しして、自分がどういった状況にいるのか整理することができました。また、参加者からのフィードバックもとても参考になり、自分自身で考えるとネガティブなので悪い点ばかり見てしまうところを、ポジティブな意見がもらえて前向きになれました。
●エンジニアのキャリアに特化した内容で、社外の方と一緒に受講できる機会のため、希望して受講できたため。
●他の会社の方の考えを聞くことができた。
●自身のキャリアの振り返り、他者のキャリアを知るという貴重な機会をいただけたと考えているため。

本研究プロジェクトは、この社会実験フェーズをもって終結する。プロジェクトに関わっていただいた多くの方々に、重ねて御礼を申し上げたい。

しかし、活動は形を変えて継続する。得られた研究成果、社会実験フェーズで得られた気づきをもとに、社会実装に向けての絵を描き始めている。エンジニアのキャリア支援に特化した一般社団法人を設立し、研究成果を広く活用していただける機会や場を作っていきたいと考えている。頭の中にある妄想通りに事が運べば、年内には世に出すことができるだろう。1人でも多くのエンジニアが、自身の才能と出会い、ワクワクできる・・・そんな機会づくり、場づくりを目指して、この研究成果を社会実装していきたい。