研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.4人生100年時代を「楽しめない」シニアの特徴──豊田義博

「この年になったら、もう新しいことなんてできないよ」
そんなセリフをよく聞くのは、筆者がシニアのキャリアについて探索していることにも起因するが、自身も還暦を迎え、友人知己の多くが「この年」を迎えているからでもあるだろう。

「この年になったら」という悲観的な枕詞

「この年」のガイドラインは、感覚値ではあるが、55歳前後。このあたりを境に、人は自身を「この年」呼ばわりする。そして、自身の将来展望をややシニカルな感じでこき下ろすのだ。男性ばかりではない。女性にも顕著に見られる傾向だ。

それは、本心ではないのかもしれない。実は心に、何かをしてみたい、という「想い」がありながらも、それを人前で話すのは、はばかられるのかもしれない。
「あまりにも突拍子もないことなので、何を考えているのかとあきれられてしまいはしないか」
「最近一部の人が始めているようなことだから、流行に乗るようなつまらない人間だと思われはしないか」
そんな危惧が頭をかすめるのかもしれない。多様性を大切にしよう、個性を重視しようといいながらも、暗黙の枠組みを超えると、冷たい目で見られるという傾向は、今も日本社会に根強く残っている。「意識高い系」を嗤う風潮は、若者ばかりに限らない。

しかし、そんな人も、まだまだ長く働くことを自覚している。その傾向は、近年高まっている。「人生100年時代」という言葉がもたらしたものでもあるだろう。そして、次の働き方を模索する。自分が「やりたいこと」ではなく、自分に「できること」を探していく。これまでの経験を活かして、働き続けられる場を求めていく。その筆頭が、転職だ。今の会社にこのまま残っていても、いい展望は開けない。だったら、と、自ら積極的に転身を図る人が過半を占めている。

図表①は、50歳時点である会社の正社員であった男性のその後のキャリアパスを示したものだが、転職という選択をする人がいかに多いかがわかる。50代中盤からその数字は増加を始め、60代になると三割を超える。

図表①キャリアパスの分布(年齢別)1-3.jpg注1)50歳時点で正社員であり、現在50~69歳の男性を対象としている。各キャリアパスに該当する割合を現在の年齢別に集計し、疑似的に50歳からのキャリアパスを示したものである。50歳時点の同一個人について50歳から69歳までの推移を集計したものではない。
注2)「正社員継続就業者(50歳時と同一企業)」とは、50歳以前に現在勤めている企業に入社し、定年を経験したことがない人である。「定年後再雇用者(50歳時と同一企業)」とは、50歳以前に入社した企業に、定年経験後も働き続けている人である。「転職者(現在雇用者・役員)」とは、50歳時点で勤めていた企業から転職し、現在雇用者もしくは役員として働いている人である。「転職者(現在自営・起業)」とは、50歳時点で勤めていた企業から転職し、現在自営業主や家族従業者などとして働いている人である。「非就業者」とは、50歳時点で勤めていた企業から退職し、現在働いていないが、仕事から引退していない人である。「引退者」とは、50歳時点で勤めていた企業から退職し、現在働いておらず、仕事からも引退している人である。
出所:リクルートワークス研究所「再雇用か、転職か、引退か」

転職か、再雇用か、引退か

60代以降では、再雇用という選択肢が浮上する。60歳定年を今も多くの企業が定めていることから必然的に生まれる現象だが、これも個人にとっては選択だ。定年前に比べて給与は大きく減ることになるケースが大半を占める。しかし、見知った会社で継続して働くことが「できる」という選択肢は、選択に値する魅力を持っている。再雇用者の就業満足度は、転職者のそれに比べて明確に高くなっているのは、「できる」を選択し、「できる」が実現できたという安心によるものなのだろう。

65歳以降で最も高い比率を占めているのは、引退だ。「生計にゆとりがあるから」「65歳までは再雇用されるから」「体力的に働けなくなった」等々その理由は様々。しかし、この比率は、今後減っていくことになるだろう。より長く生きることがほぼ確定していること、健康年齢が徐々に高まっていくこと、年金不安、「老後2000万円」などの情報により生計の安定がゆらいでいることなどがあげられるが、人手不足社会を映し、働く機会が増えることも予想される。さらに、人口構成の問題もある。

図表②は、働いている人と引退している人の実数を表したものだが、65歳以降の総数は右肩上がりとなっている。団塊の世代に続くベビーブームの名残の世代だ。そして、69歳で働いている人の総数は121万人に上る。60歳で働いている人120万人と変わらない水準になっている。団塊の世代並びにそれに続く世代が定年以降も就業することで、65歳以上の労働市場は大きく拡大した。この市場に、それに続く人口の少ない世代が参入することになる。引退者の比率が減ることは容易に想像できる。働こうと思えば、働くことが「できる」のだから。

図表②引退者の人数(年齢別)3-1.jpg注)「あなたは、仕事に関して、引退していますか」という設問に「している」と答えた人で、かつ実際に働いていない人を、引退者としている。年齢ごとの引退者の比率を計算し、それに総務省「人口推計」の人口を乗じることで算出している。
出所:リクルートワークス研究所「再雇用か、転職か、引退か」

シニアが抱くそこはかとない不全感

「もう新しいことなんてできない」けれど「まだまだ働く」。だから「できること」を探していく。こうした人たちが、そうした人生プランに満足し、生き生きとしていれば、何の問題もないだろう。しかし、そこにはそこはかとない不全感が漂う。定年をテーマにした本が続々と出版されていたり、シニアを対象としたライフキャリアのセミナーが活況を呈しているのは、その表れだろう。

先日、そうしたセミナーで講演する機会があった。自治体主催の市民大学講座。講演テーマは「人生100年時代のライフキャリア・プランニング」。来場者の年齢層は40代から80代までと幅広かったが、40~50代は少数派。大半は、定年後、あるいは再雇用終了後を見据えた自身の人生計画を模索している人たちだ。

その場で、参加者の方全員に、「キャリア曲線」を描くワークを行っていただいた。自身のキャリアを、「広げる⇔深める」の軸で振り返ってもらうワークだ。基本となる考え方は以下のようなものだ。

仕事経験は、大きく二つに分けることができます。

広げる
=これまで経験していないことに取り組み、自身の幅を広げる

深める
=ある分野やテーマなど、自身の専門性を深める

例えば、働き始めてからしばらくの間は、様々なことに取り組んでいたが、ある時期に、自身の専門領域が定まり、その道を深く掘り下げていったという人がいたとします。

その人のキャリア曲線は、次のようになります。3_new.jpg

この考え方をもとに、
●キャリア曲線を描いていただく
●いくつかのステージに分けていただく
●仕事に向かう姿勢が大きく変わった転機の時期を記入していただく
●それぞれのステージに名称をつけていただく
というワークをお願いした。
そして、完成したキャリア曲線を、周囲の人と共有していただいた。

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「変化の履歴書」という新たなコンセプト

講演時間の都合上、ワークの時間も共有の時間も十分には取れなかったが、それでも、大半の人が、想定していなかったワークを突然その場で要求され、知りもしない人とごくごく私的な内容(年齢というセンシティブな情報も!)を共有したにもかかわらず、とても熱心にワークに取り組み、とても楽しそうにキャリアストーリーを共有していた。

キャリアに関する研修やワークショップでは、こうしたキャリアの棚卸しをよく行っている。この手法もそれに準ずるものであり、こうしたワークを通じて多くの人が前向きになることは、かかわったことがある方ならよくご存じだろう。だが、そうした想定を上回る反応が、参加者の顔には現れていた。みな、実に生き生きと自身を振り返り、人の話に耳を傾けていた。この機会に限ったことではない。これまでも「広げる⇔深める」キャリア曲線ワークをクローズドな場で試みているが、その度に手応えがある。ミドル・シニアには、とくにそう感じる。

ポイントとなっているのは、「広げる⇔深める」の軸だと考えている。定義されてはいるが、「広げる」「深める」の解釈、基準は人それぞれ。とても主観的なものだ。キャリア曲線を描くことを通して、人は自身の中で大切にしてきた基準とその変化に向き合い、そして自覚する。また、「広がる」「深める」とは、これまでの変化の軌跡を表すもの。変化に対応するために、人は必ず学ぶ。そして、学びを通じて変わっていく。この一連のワークから紡ぎだされるのは、一人ひとりが、仕事を通じてどのように変わってきたのかを浮き彫りにする「変化の履歴書」だ。

そして、「変化の履歴書」をつくり、他者との共有を通して内省することで、人は、そのように変化を重ねてきたことを改めて実感する。そして、何が起きるかわからない未来に向けての展望が開けてくる。それぞれのステージでの出来事、転機での気持ちの揺れや葛藤、それぞれのシーンで大切な役割を果たしてくれた人を思い出しながら、未来に向けての前向きなマインドセットが形成されていく。

「自己信頼」がキャリア展望を高めていく

「自己信頼」という概念がある。19世紀を代表するアメリカの思想家ラルフ・ウォルドー・エマソンの著作が有名だが、リクルートワークス研究所ではそれを発展させ、「現在の自己と将来の自己に対して、信頼と希望を持っていること」と定義し、「自分への信頼」「未来への期待」「良好な人間関係」という尺度を開発している。「変化の履歴書」づくりとその共有を通して、人はまさにこの自己信頼を深めているのだ。そして、根拠のないただの楽観ではなく、先行きがはっきりと見えているのでもなく、自己信頼によってもたらされるキャリア展望こそが、変化への前向きな姿勢を形成していくのだ

冒頭の話題に戻ろう。「新しいことなんてできないよ」という防御的な気持ちを持っている人も、過去には好むと好まざるとにかかわらず、様々な状況に身を置く中で自身を変えてきたという経験、実績を持つ。つまりは、自分を変えることができる資産=変身資産を持っている。「できない」と思うことも、実は「できる」かもしれない。

変化を恐れて、別の道へと足を踏み出すことをためらう気持ちは十二分にわかりながらも、「このままでいいのだろうか」と心が騒いでいる状態を置き去りにするのは、何とももったいないことだと思わずにはいられない。大半の人が、変わることができる資産を持っているというのに。

自身が、変身資産を持っていることを、一人でも多くの人が実感できれば、そして、自身の「想い」に素直になって、一歩前に足を踏み出してくれれば。そんな「想い」を持って、「変化の履歴書」を発展させたキャリアデザイン・メソッドの開発を進めている。「できる」と信じて。