研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.3人工知能は格差を拡大する 茂木洋之

技術革新は所得配分に影響を及ぼす

ここ数年人工知能が話題になっている。それに伴い人工知能により多くの労働者が取って代わられるという意見が出ている(※1)。新しい技術が雇用を奪うこと自体は新しい話ではない。産業革命以後人類は急速に技術革新を進め、それに伴い失業者が生まれてきた。失業を恐れた労働者が機械を打ち壊すというラッダイト運動もあった。しかし米国や日本に限定しても、技術はトレンド的に進歩してきたが、失業率もそれに伴い上昇するという傾向は見られない。人工知能は一体全体、人々の労働をいかに変化させるのであろうか。本コラムでは簡単な経済理論に基づいて考えてみたい。

この問題を考えるポイントは経済学でいうところの「代替・補完」という概念である(※2)。この概念はシンプルだが実に様々なインプリケーションを生み出す。例えばパスタを食べるところを考えてみよう。多くの人はパスタを食べる時フォークか箸を使用する。パスタを食べるのに両方を使う人は見たことがない。これら両器具は同じような働き方をし、代替関係にあるという。一方でスプーンはどうか。パスタをフォークとスプーンで食べる人をよく見かけるが、両者を使用することでより食べやすくなるからだ。これをフォークとスプーンは補完関係にあるという。一方がもう一方をより生産的にしているというわけだ。しかし箸とスプーンを使用する人はいない。フォークとスプーンは補完関係が強いが、箸とスプーンは弱い(もしくはない)と言える。

人工知能と雇用を考える際もこのアナロジーが参考になる。カギとなるのは資本(ここでは人工知能)と労働力がどの程度代替・補完関係にあるか、ということになる。労働力には高スキルの労働力と低スキルのそれがある。一言でいうと完全な単純作業の労働力は人工知能に代替される可能性が高い。それはスーパーマーケットのレジなどを見ればわかるであろう。しかし人間にしか創り出せない付加価値を生み出せる人は、人工知能を使用し、より生産的になる可能性がある。

例えばインターネットと新聞業界の関係を観てみる。かつては個人にとっての情報源といえば新聞(とテレビ)であった。もちろん今も重要な情報源であることには変わりはないが、インターネットの登場によって優位性は随分と失われたと言えるだろう。事実アメリカの新聞業界は縮小傾向にある。アメリカでは地方紙の倒産や、従業員の大量解雇も珍しくない。また日本でも新聞発行部数は単調減少している。下図の通り単なる人口減少による発行部数の減少ではなく、新聞自体が読まれなくなっていることがわかる。このようにインターネットの登場は新聞(と新聞記者)を代替していることがわかる(※3)。言葉は悪いが、ネットで検索できるような記事しか書けない記者は今後更に代替されていくと思われる。

図:新聞発行部数とインターネット利用状況の推移item_works03_motegi02_motegi11_2.jpg(出所)一般社団法人日本新聞協会
総務省「通信利用動向調査」

一方でユーモアに富んだ(決してAIでは書けない)文章を書ける記者や、インターネットでは得ることができない情報網を持つような記者は代替されにくい。ITスキルを駆使した深い分析ができるような、優れた記事を書ける(専門)記者への需要は今後高まるはずだ。

人工知能により大量失業が起きるかはわからない。ただ人工知能を使いこなせる、補完関係にある人間は、よりプロダクティブになり、代替される人間は失業状態や低賃金になる可能性があることから、格差は拡大することが予想できる。

充実した教育政策と、効率的な所得再分配政策を

それでは格差拡大を防ぐために、人工知能の導入を防ぐべきであろうか?筆者はそうは思わない。新しい技術導入や規制緩和を考える場合、消費者の権利を常に考える必要がある(経済学では消費者余剰という)。上の例でいうと、インターネットの登場で消費者はより速報性のあるニュースを知ることができるようになった。朝刊を待たなくとも、地球の裏側で実施された選挙の結果をすぐに知ることができるようになった。また情報源の多様化により誤報に悩まされることも減った。
新技術は短期的には損をする人を生むが、人々の生活(経済厚生)を長期的には改善してきた。人工知能についても同じことが言えるのではないか?(これをヒックスの楽観という(※4))

人工知能は確かに格差を拡大させる恐れがあるが、人々の生活水準上昇という可能性にも改めて目を向けるべきだ。人工知能導入時に重要なことは以下の二つだ。

1、人工知能と補完的になるような、より高スキルの人的資本を蓄積可能とする教育政策をとる。
2、人工知能導入によって一時的に不利益を被る(代替関係にある)人々のために、合理的な所得再分配政策をとる。もちろんそれはただのバラマキといった、福祉依存のものは避けるべきであることは言うまでもない。

■参考文献
Frey, C. B. and Osborne, M. A. (2013). "The Future of Employment: How Susceptible are Jobs to Computerization?", Available at
https://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf

Heckman, James (2011). "Skills beget Skills", Available at
https://www.youtube.com/watch?v=eAp1Q4ezAXY
(2018年11月8日閲覧)

※1)例えばFrey and Osborne (2013)。
※2)シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授(2000年ノーベル経済学賞受賞)は補完関係の(極端な)例として、左足と右足を挙げている。両足を使うことによって、双方の価値を高め合っている。
※3)もちろん技術革新が一産業に与えた影響を観るには、因果推論に基づく厳密な実証が必要である。
※4)ヒックスは補償原理をはじめ、理論経済学の発展に多大な貢献をした。1972年ノーベル経済学賞受賞。

茂木洋之