Column

シルビー・ベルナール・キュリー氏
パートナー
人事部・タレント開発管理部門部長

KPMGKPMGは世界4大会計事務所の一つとして知られる、世界最大規模のコンサルティングファームである。本社はオランダのアムステルダム、世界154カ国、従業員数約20万人の企業である。2017年度の収益は264億米ドルと過去最大となっている。

同社は男女雇用機会均等の推進に積極的で、パートナーレベルなど上級職への女性起用率が高いことでも知られる。

KPMGフランスのシルビー・ベルナール・キュリー氏は「People Performance Culture」と名付けられたKPMGグループ人事部門の世界会議にKPMGフランスの代表として参加する。商業大学院を卒業後、公認会計士の資格取得を経てKPMGに入社する。後に、勤務を続けながら心理療法士の資格を取得したが、心理療法士として認知行動療法の知識とノウハウは、労働環境における人格発展という観点から業務に役立っているという。20年前に「人事部・タレント開発管理部門部」を創設し、現在も担当しているシルビー・ベルナール・キュリー氏に、現代における新しい働き方をどう捉えるべきか伺った。


「ストレス」と「バリア」の分析

KPMGは大きく分けて「監査」「アドバイザリー」「税務」の3部門からなるコンサルティングファームですが、会社の規模が大きくなるにしたがい課題となったのは、各部門同士、また社員同士の「絆」の維持でした。会社が発展を続ける中で、いかに「絆」を確保するか。この答えを出すために組織改革を実行しました。

まず2006年には、イノベーティブな方法を用いて「新しい働き方」の導入に取り組みました。その際、どのような方法が最良なのかを判断するために、社内でパイロットプロジェクトを立ち上げました。具体的には、「ストレス診断」と「男女平等」という2つのテーマについて、社内で200人ずつの作業グループを立ち上げ、外部の専門家の協力も得て分析評価作業を進めました。

「ストレス診断」の作業では、ストレスや不安感に多く直面する業種でありながらも、ほかのフランス企業と比較してストレス度が低い、という結果がでました。もちろん担当部署によって差はありますが、全体的に見てストレス度が低いことが確認されました。この結果をさらに分析してみると、「社員にストレスを引き起こす原因」と「社員をストレスから守るバリア(防護壁)」という2つの要素の重要性が浮かび上がりました。つまり、「ストレスの原因」を削減するとともに、「ストレスから守るバリア」を強化することで、総合的にストレスの軽減につながるということです。

このうえでKPMG社員全員にアンケートを実施し、結果を集計しました。「ストレスの原因」については、ストレスを減らすように変更できる要因と、変更できない要因に分ける、などの分析作業を行いました。この過程では部署や上下関係を超えて活発な話し合いが持たれ、その結果を経営陣側に対する具体的な勧告・提案の形でまとめました。例えば、マネジャーによる部下の管理方法の基準や、勤務時間外のメール対応に関する基準などがとても明確になりました。この取り組みはKPMG開業以来初めての試みで、大規模なボトムアップを通じたアプローチが採用されました。


「憲章」の代わりとなる「アンケート」を導入

作業グループによるボトムアップの働きかけが実り、2008年には「新しい働き方」についての「憲章」となる文書が成立しました。しかし、フランス人には権威的な「憲章」を好まないところがあるため、そのままの形で提示してもあまり具体的な成果がでないことは最初から明らかでした。

そのため、「憲章」という名称は避け、むしろ「アンケート」という形で2年おきに全社員へ送付し、成果を測定しました。その結果を経営陣へ報告し、経営陣が具体的な解決方法を作業グループへ提示し、作業グループはその提案について協議する、という「対話」が繰り返されました。

この取り組みにおいて注目すべき点は、フランスにおいてヒエラルキーがとても重要な意味を持ち、特にKPMGでは職業柄、ピラミッド型の伝統的なヒエラルキーを重要視する企業カルチャーがあったことです。それだけに、ボトムアップ型アプローチは既成概念を覆す画期的な取り組みとなりました。

「男女平等」に関しては状況が異なります。作業グループを通じて多くの努力がなされてきましたが、具体的な成果をあげることができませんでした。例えば、ある年の女性と男性の採用数が同じであっても、数年後に管理職クラスでの比率を見ると、どうしても女性が少なくなる傾向は変わることがありませんでした。その原因を探るため様々な仮説をたて、女性のためのキャリアトレーニングや講演会を積極的に開催しましたが、ある程度の改善は見られたものの抜本的な底上げにはつながりませんでした。

しかし、次第に女性のキャリアアップには「ワーク・ライフ・バランス」の改善が必須であるということが分かってきました。ここから、フレキシブル・ワークやテレワークといった議論が白熱していきます。これが、大胆なフレキシブル・ワーク導入など、職業上のノルマに応えつつも個人の生活に配慮できる環境を模索する「VP/VP(VP2)プロジェクト(※1)」につながりました。


Y世代を魅了する労働環境の提示

弊社社員の平均年齢はいわゆる「Y世代」に属する32〜35歳ですが、彼らの多くは規則で縛られることを嫌います。彼らにとっての労働市場は国内に限らず世界に広がっているので、人材の確保に向けた競争はますます厳しくなります。若くて優秀な彼らに、弊社で働きたい、そしてできるだけ長く働きたいと思ってもらうためには、彼らが望む労働環境を提示しなければなりません。
それを背景として、入社2〜3年の若手社員15人が有志の作業グループを結成し、未来の労働環境を視野に入れた働き方改革について検討することになりました。「VP/VP(VP2)プロジェクト」と連携して2016年から大々的に導入されたフレキシブルワークもこうした試みから生まれたものです。

フレキシブル・ワークは「信頼」「責任」「コミュニケーション」という3つの柱にのっとって、細かなルールは一切設けず、最大限に柔軟であることを基本としています。つまり、各個人のインテリジェンスを尊重して、自立的に判断し行動する、ということです。上からの制約がないフレキシブル・ワークですが、達成しなければならない「仕事」そのものが社員を監督する「管理職」的な役割を果たしていると言えるでしょう。

また、あらかじめ取り決められたイントラネットなどのシステムを利用していないことも特徴の一つですが、これは制度の硬直化を防ぐことが目的です。KPMGフランスでは世界50カ国の社員が、35の異なる職種に従事していますので、仕事に対する考え方も人それぞれです。こうした十人十色の社員たちをうまくまとめるには、透明性を確保する、ということも成功の秘訣でしょう。もう一点、新しい働き方に対応するため、部下を直接管理するレベルのマネジャーに対して、必要に応じて研修を実施しています。マネジャーは、フレキシブル・ワークに加えて、総合的なマネージングツールについて学ぶことになります。


ノウハウをシェアする循環型の構造

KPMGフランスでもほかの企業同様にヒエラルキーが重視されていました。年齢のヒエラルキーではなく、企業内のポジションとしてのヒエラルキーです。30代のパートナーが40代の部下を持つのも普通で、年上が年下の後輩に教える、といった考えはもともと存在しません。逆に、Y世代は私たちよりも多くの知識を保有していると考えます。専門的な知識を持つ彼らに対して、熟練者は自分にはない情報を教えて欲しいとお願いし、熟練者もその経験から提供できるノウハウを提供し、お互いの強みをシェアしようという姿勢です。

具体的な例を挙げると、先ほどお話しした入社間もない若手の作業グループのメンバーの一人は20代前半のデータ科学者ですが、彼は若くして画期的なシステムを開発し国際的な賞も受賞するなど、類い稀なる技術と才能を持っています。またもう一人は、国際的な戦略に関する経験と専門的な知識を持っています。彼らが持つ専門的な知識に比べると、私は何も知らないも同様です。私が彼らに提供できるのはKPMG勤続32年で得た情報やノウハウになりますが、こうした互いのノウハウを共有して、結果的に企業競争力の向上につなげるという知識の循環的な構築が理想です。今後は企業内ポジションに基づいたヒエラルキーもなくなり、ノウハウをシェアする、フラットで、循環型の構造へと移行していくでしょう。

人工知能やロボティックスの発展で働き方は現在大きく変化していますので、変化についていけるように、私たちの考え方も柔軟であるべきなのです。そして、あらゆる戦略的決断の評価基準は、「それが世の中にとって有益であるかないか」のみとなります。


人間的な希求を満たす人事マネジメント

若手15人の作業グループとの初会合で、「今後はどのような新型のボトムアップの取り組みが可能か」という質問をしたことがありましたが、作業会で彼らとのやりとりを経て、自分の質問が根本的に間違っていたことに気づきました。ボトムアップという考え方自体が、問題提起の方法として的確ではないのです。

若い世代の観点は、トップダウンもボトムアップもなく、全ての事柄を全ての人が共有すること、つまりは「循環型」の構造を基本とし、これが自然な方法なのです。社員の評価についても、従来のヒエラルキーの中で直属の上司の要望に応えることでの評価から、社員の一人ひとりが、会社を超えてフランスの経済、そして社会に対してポジティブな変化を生じさせることができるか、そういったムーブメントに自分が参加できているか、という基準で評価されるよう、移行することになると思います。

ヒエラルキーが存在し続けるとすれば、それは、経験、知識におけるヒエラルキーです。今後の人事マネジメントにおいて最も大切なのは、社員として人間の基本的な希求が満たされる労働環境の達成をサポートすることです。他人から認められること、世の中に必要とされていると感じること、シンプルながらも人間の根本的な本能が重視されるべきなのです。満足感を得ることができた社員は「ストレスから守るバリア(防護壁)」の強化が可能になります。フレキシブル・ワークなどの新しい働き方も、ベースがきちんと構築されていれば問題は生じないはずです。

※1 Vie Professionnelle(ライフワーク)/ Vie Privée(プライベートライフ)の略。

 

2018年07月12日