企業家たちに学ぶ/ゴール必達のマネジメント

vol07 事業理念と組織風土の同期化

ゴキゲンに働き生きる人を応援する、ゴキゲンな仲間たち

セクション1

モノを贈るのではなく、カタログを贈る。贈られた人は、そのカタログから、パラグライダーや陶芸やヨガなどの「体験」を選んで申し込み、出かけて行って楽しむ。支払いは同封されたチケットで――。ソウ・エクスペリエンスが展開する「体験ギフト」とはこのような仕組みである。


同社のコーポレート・スローガンは“Good Experience, Good Life.”。自分からはアプローチしなかったかもしれない非日常を体験してもらうことによって、人生をより豊かに過ごしてほしい、という創業社長、西村琢氏の願いが凝縮されている。


「振り返って考えれば、自分がこれまで体験してきたことの中に、『人に誘ってもらったから』出会えたものはたくさんあります。自分の世界に閉じていないで、人からの誘いにのってちょっと冒険してみたら、そこで新たな自分を発見したり、面白いと思えるものに出会えたりする。そういう“きっかけ”や“後押し”になることを、どんどん仕掛けていきたいと思うのです。『体験ギフト』も、ひとつの“誘いの地雷”だと考えています。こうした良質の地雷がコンビニに潜んでいたら面白いな、と」


ソウ・エクスペリエンスの体験ギフトカタログを店頭において販売する小売店は、2011年末に100店舗に達した。こうして「体験ギフト」ビジネスが成長軌道に乗りつつある現在、西村氏は、きっかけや後押しの提供というサービスを、「仕事」という分野でもスタートさせつつある。

セクション2

「体験ギフトは、言ってみれば『非日常』を贈るわけですが、非日常に楽しさを求めるのは、もしかすると日常に楽しさがないことの裏返しかもしれません。日常もより楽しく、より豊かに過ごせればもっといいですよね。日常の代表格といえば仕事ですね。毎日の仕事をなんとか面白いものにできないかな、と思っていろいろなアプローチを始めています。これが今年の私の重点テーマなのです。この『仕事』領域では、言わば“Good Work, Good Life.” がテーマだと考えています」


ソウ・エクスペリエンスは2012年に、合同会社仕事旅行社への出資を決めた。仕事旅行社が提供するサービス「仕事旅行」では、「見たことない仕事、見に行こう。」のキャッチフレーズのもと、さまざまな「仕事」を1日か2日で体験させてくれる。パン職人、バーテンダー、花屋、盲導犬歩行指導員……。1~2万円のリーズナブルさで、その道の「プロ」からの直接指導を受けながら、現場の温度感を肌で感じることができる。言わば「オトナの職業体験」なのだ。


「気になる職業があったとしても、そう簡単に転職はできませんよね。でも、『仕事旅行』で、その職業を体験してみたらもっとリアルにその仕事について考えることができるようになります。“やっぱりこの道に向かって進むことにしよう”でもいいし、“これは私の考えていたことと違う”でもいい。その仕事について理解が深まれば、それは一歩前進です。これを“きっかけ”にして、『仕事が楽しい』という状況を自ら作り上げていく人が増えるといいですね」

セクション3

もうひとつ、ソウ・エクスペリエンスが「仕事」領域で手掛けていることがある。それが「Sprout.」というシェアオフィスの運営だ。目黒川沿いのソウ・エクスペリエンスのオフィスの一角を、スタートアップ企業やフリーランスの個人に提供している。コンセプトは「お隣さんのいるオフィス」だ。


「シェアオフィスという事業も、やはり、“きっかけ”の提供です。面白い仕事っていったいなんだろうと突き詰めていくと、『自分の仕事を自分で作る』とか『それを仲間とやる』っていうのが一番だ、という結論になりました。フリーランスや少人数で新しい価値創造をしていこうという人は、これからもっと増えていくでしょう。昔より格段そういうことがしやすくなりましたから。でもまだ逡巡している人もいるはずですから、その背中を後押ししたいと思うのです。アプローチはいくつもあると思いますが、たとえば『場所があったら始めたい』と思っている人もいるでしょう。『Sprout.』は、“場所”という形で“きっかけ”を提供するわけです」


西村氏の中では、「仕事旅行」をサポートしていることや「Sprout.」をやっていること、自由大学というオトナの学び場で、「未来の仕事」という講義をしていることもすべてつながっている。


「すべて『自力で自分の仕事を立ち上げようとする人の応援』です。そういうことをやろうとしている人たちに寄り添っていけるような一連のサービス群を展開していきたい。今は点ですが、今年はこれらを面にしていくことに注力します」

セクション4

体験ギフト事業が順調に成長し、さらに新領域の開拓に余念のないソウ・エクスペリエンスで、西村氏が社員に何を期待しているのかを訊いてみた。


「私が社員に求めているのは『機嫌よく働いていください』ということ、ほぼこれに尽きます。私自身はめったに『機嫌が悪い』という状態になることはなく、ほぼいつでも『ゴキゲン』。私にとって『機嫌のいいこと』はものすごく重要なテーマなのです」


「うちの事業は、単にカタログを売っているわけではなくて、ライフスタイルを含めてすべてを売っているようなところがある。実際、カタログを販売してくれている小売店は、独自のスタイルを提唱しているところが多いです。こちらから営業したことはほとんどないのですよ。私たちが『体験ギフト』を通じて実現してもらいたいと思っている生き方に、共感してくださる企業が、うちのカタログを置こうと決めてくださるのだと思うのです」


「もちろん商品自体が競争力を持っているというのは、ありがたいし嬉しいことです。ただし、これを作っている人たちは、どういう生活をしているのか、どういう働き方をしているのかという、そこも含めて買っていただいている部分があると思うのです。“Good Experience, Good Life.”や“Good Work, Good Life”を謳っている会社の社員が楽しく働けていなかったら、それはやっぱり何か間違っているということになるのではないでしょうか」

photo

□□「おせっかいかもしれませんが、1人でも多くの人が面白く生きてくれたらいいなという思いが、漠然とながらもすごく強くあるんですよ。それがゴールです」

セクション5

西村氏が「機嫌のいい集まりであること」を重視する姿勢は、採用においても貫かれている。


「うちでは『私は、どんな仕事でもゴキゲンにこなしますよ』という態度の人を採用したいと思っています。そもそも会社自体が若くて、全員経験が浅いのです。細かい能力や経験を見て採用するというよりも、雰囲気がうちに合っているか、ゴキゲンに働いてくれるか、を重視します。雰囲気の合う人であれば、この会社の中に、見合った仕事がきっとあるという考えです」


「たとえば、もうすぐ仲間が1人増えることになっています。その人には、一応、新商品の開発を責任を持ってやってもらうことになっています。そのこと自体ももちろん期待していますが、彼自身、それだけではなくてPRもやりたいとか、自らいろいろ言ってきてくれます。実際、こんな小さな会社で『決められたことしかやりません』では困るわけですから、そういう姿勢は本当にウェルカムです」


「入社してからは、もちろん業績への貢献がどうであるか、ということの評価もします。でも、それよりも何よりもまず『それぞれ機嫌よくやってくださいね』というのを、本気で要求しています。自分の仕事が順調な時もそうでない時も関係なく、とにかく、みんながゴキゲンに働ける雰囲気をつくりだすことに貢献してもらいたいのです」


西村氏にとって、「ゴキゲンではない働き方」というのはどのような働き方のことなのだろうか。


「たとえば、何があったのかわからないけれど独りふてくされているとか、周りを遮断するかのようにヘッドホンで音楽を聞きながら黙々と仕事をするというのは、いただけません。もちろん、集中したいときもあるだろうし、それは尊重したいと思います。ただ、人手が足りていなさそうなときに、代わりに電話に出てあげるとか、そういう当たり前のことをやってほしいのです。その時その時で周りの状況を見つつ、自分ができることはやっていく。ごみも捨ててほしいし、お茶も出してほしい。それは、その人がどの仕事を任されているかということとは別の話。そういうのをやっているときに機嫌が悪くなる人は辞めてもらっていい。そういうレベルで共感してもらえる人の集まりにしていきたいのです」

セクション6

一緒に仕事をする仲間に常に「機嫌のいい」状態でいてもらうために、西村氏は何か特別なマネジメントをしているのだろうか。


「ほとんどノーコントロールですね(笑)。やっていることは、社内を歩き回ってはみなさんに『忙しすぎませんか?』と尋ねていることくらいでしょうか。しょっちゅう訊いています。忙しすぎると不機嫌になってきます。忙しさそれ自体が悪いわけではないですが、忙しさが続きすぎたり、キャパシティを超えると、心身ともに変調をきたすでしょう。それは機嫌のいい働き方ではない。だから社員が忙しすぎないかどうかを、私がよく注意して見ていくことは大切だと思っています」


社長である西村氏自身も、週に1度か2度は4時に会社を出て、1歳半になる子どもの「お迎え」のために自宅に向かうという。


「やっぱり、私自身が行動して示してあげたいと思います。社長でも他の誰かでも、その人が4時にいなくなっても仕事が回る状態にしたい。実際、私だけではなく、みんな自由に帰っていきますよ。中には、大学生の時にアルバイトしていた別の会社を今も手伝っている人もいます。週に1度か2度くらい、『行ってきます!』と5時くらいに渋谷に向かって出社していくのです。そういうのは、『ぜひ行ってこい』と送り出してあげたいですね。基本的には、時間とか場所にとらわれる必要はない」

セクション7

時間や場所にとらわれずに皆が自由に機嫌よく働く、といっても、それで事業に支障が出ないように業務設計するのは、そうとう難易度が高いのではないだろうか。ソウ・エクスペリエンスでは、社内の情報共有には“Yammer”という米ベンチャーが提供する社内SNSを使っているという。


「情報共有の方針は『とにかくひたすら共有する』ということです。今やっていること、終わったこと、考えていること、ストップしてしまっていること、すべてYammerに書き込んでほしい、自分の脳内に溜めたままにするのだけはやめてほしい、と。これさえ守ってくれれば、どこで何をしてもいいし、たとえば昼間、オフィスを抜けても全然構いません」


「法人営業の人が『今アタックしているお客さまとは、いくらくらいの案件になりそうで、どこが焦点になりそうか』を報告していたり、小売店と交渉している人が『ある条件を飲めるかどうか、他の小売店との契約ではどうなっているのかチェックしてほしい』とお願いしていたり。今は、少なくとも私にとってストレスのないレベルで情報が共有されていると言えます」


こうした言わば「みんな」に向けた投稿であっても、必ず誰かが応えてくれるという。それが実現するには、組織の中に素地や土台といったものが必要だろう。それはどうやって形づくられているのだろうか。


「ひたすら時間を共有することはすごく大事だと思います。だから、矛盾するようですが『オフィスに来てくれ』ということも言っているのです。たとえば、うちのカタログをネットで直接販売するオンラインショップの店長は社外スタッフです。フリーランスの人で、他にも仕事を持っている。その人にも週に2回はオフィスに来てもらっていますし、夕飯を誘って一緒に食べたりということも頻繁にやっています。時間の共有をつうじて、うちの会社の“笑いの感覚”とか“テイスト”が共有されていく」


「今は、うちのfacebookページに新着情報などを投稿するのも彼女にお願いしていますが、ずいぶんよくなりました。ちゃんとうちの“テイスト”になっている。最初のころは、言葉の端々が少し違うな、という感覚もありましたが、オフィスに来てもらって『こんな感じはどう?』と話し合っていくうちにそれが摺り合ってくるんです。ですから、時間や場所にとらわれないで働くというのも、まずはこの場の空気とか感覚とかに馴染んでいただいてから、という前提ですね」

photo

□□「うちが大切にしている『雰囲気』というのを、言語化はしていません。敢えてしていないとも言える。いい仲間と冗談を交えながら、やりたいことを話し合っていく中で、ソウ・エクスペリエンスがこれから何をやっていくかがまた見えてくると思っています」

セクション8

「もうひとつだけ、社長である私がみんなに言っていることがあるとすれば、それは『どんどんわがままを言いなさい』ということです。もちろんすべては無理ですが、できる限りすべての人の、『こういうふうにしたいんだよ』という気持ちを酌んであげたいと思っているんですよ」


「今、スタッフの中には、『2分の1社員』という働き方をしている人もいて、勤務は週に3日か4日、給与はそれに合わせて少し少なめで、というように設定しています。そういう取り決めでもほぼ毎日来る人もいますし、別の仲間と別の会社をやっている人もいます。そういうのも、やりたいという提案を受けたら『どうぞ、やってください』と快諾したい。もちろん、うちでの仕事と外での活動、両方成立させるにはどういう形がよいのかを相談して決めていくのですが、どんどんやればいい」


「みんながどんどんわがままを持ち寄ってくればいい、と思っています。そのわがままが通るように、できる限り協力するし、実現に向けて寄り添うつもりです。だから、不満を言ってほしくないし、やりたいようにやっているんだから『機嫌よく働いてね』、ということなのです」


実は、ソウ・エクスペリエンスの共同創業者である取締役の山本一造氏は、もうすぐこの会社を離れるのだという。


「アメリカの大学院に進学するんですよ。周りから『これからいよいよ成長する、という時に抜けてしまうなんて大変ですね』とか『もったいない』とか言われることもありますが、私自身は『いいじゃないか。本人がそうしたいと言っているんだから、そうすべきだ』と思います。仲間のひとりひとりの“やりたいこと”を受け入れたうえで、どうすれば彼らの意思を損なわずに、むしろそれを踏み台に会社をもっと伸ばすことができるのかを考えたい。苦難とか試練ではなく、良質の課題としてすべてとらえたいのです」

セクション9

とはいえ、多くの企業が組織の拡大期には「ゴキゲン」であることよりも、がむしゃらに働くこと、身を削って貢献することを知らず知らずのうちに社員に求めてしまうのも現実だ。西村氏にとって、「組織の成長」と「組織文化の維持」は、どのようなプライオリティになっているのだろうか。


「創業時とか、上場前とか、とにかく全員が死ぬほど忙しく働いていて、『これは“産みの苦しみ”だから』と言い聞かせて踏ん張っている会社は少なくないと思います。でも、そうしているうちにその忙しさはDNAに染みついてしまうのではないでしょうか。結果、上場後も、成長した後も、『常時、過労状態』になってしまっているケースも多いでしょう。私は、そうすることでしか継続できないビジネスに意味なんてあるのか、と思ってしまうんです。何のために働いているのかが大切です。人生を豊かにするために働いているんだとしたら、仕事のために、ほかの全てにシワ寄せが行くようなビジネスってどうなのかな、と」


「ソウ・エクスペリエンスも上場を視野に入れた発展フェーズに入っていますから、大前提として売上げを上げ、利益も増やし、きちんと稼いでいかなければいけません。でも、ひとつだけ条件があって、それは『今あるこの空気、この雰囲気を保ちながら』ということなのです。そして、こういう雰囲気と空気の会社だって上場できる、というサンプルになれるといいですね」

セクション10

西村氏の独特の仕事観・人生観が、ソウ・エクスペリエンスの事業内容にも組織風土にも一本の筋を通している。この独自性は、この先どのように変化していくのだろうか。


「私は、松下電器産業で1年はお世話になりましたが、それ以外にほとんど企業で働いた経験がないんです。学生時代もアルバイトをしたくらいで、友人たちと立ち上げた投資クラブが楽しくて、イベントを立ち上げたり、投資先企業に会いに行ったり、そういうことばかり熱心にしていました。ですから、『仕事とは苦しさもともなうものである』という先入観がまったくないのです。新しい会社を自分の手で作り上げるにあたって、そもそも仕事とはどういうものか、を白紙から考えられたことは非常によかったと思いますね」


「私は、阪急電鉄の創業者の小林一三がすごく好きなんです。電鉄を作るというと、誰もがヨーロッパやアメリカに視察に行っていた時代に、小林一三は、そういう先入観は要らないと自分の感覚を信じて鉄道の先に住宅地を作ったり、ターミナルにデパートを作ったり、という斬新な事業を創造して、その後に続く電鉄経営にものすごく大きな影響を与えたのだそうです。この話がすごく好きで、自らもそうありたいと思っています」


「幸い、私は今こういう形で自由に真っ白なカンバスの上に、変わった会社を作っているわけです。これが、今から自力で自分の仕事を作りだそうとしている人たちの参考になるといいですね、ほんとうに」


実際、取材にお邪魔したソウ・エクスペリエンスのオフィスは、風の吹き抜ける明るい空間。エレベーターを降りて、開け放したドアの前に立った瞬間に「こんにちは!」と声をかけていただいたのが印象的だった。西村氏の影響を受けて、「ゴキゲンな働き方」を模索し始める人が、近い将来きっと続々と現れるだろう、と確信している。

photo

□□ 1981年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学経済学部卒。在学中の2003年、松下電器産業(現パナソニック)の学生向けビジネスプランコンテストで優勝し、同社の出資を得て起業する権利を獲得した。卒業後、同権利を留保したまま同社に入社するが、「やりたいこと」が変化したため、2005年3月に同社を退職。同年、学生時代の仲間とともにソウ・エクスペリエンス株式会社を設立。「体験」に特化したカタログギフトという新分野を切り拓いた。

インタビュー一覧へ
取材日:2012年6月15日、27日  文:石原直子 写真:平山諭
↑ページtopへ

vol09リンク

vol08リンク

vol07リンク

vol06リンク

vol05リンク

vol04リンク

vol03リンク

vol02リンク

vol01リンク