成功の本質第84回 スマートコンストラクション/コマツ

空からドローン、地上ではステレオカメラ
ICTを駆使し、土木工事の生産性を大幅向上

コマツのICT油圧ショベル(奥)とICTブルドーザー(手前)。こうしたICT建機の効果を向上させるために考案されたのがスマートコンストラクションだ。
Photo=コマツ提供

日本の建設現場で今、ICT(情報通信技術)とクラウドを活用した世界でも例を見ない土木工事のイノベーションが始まっている。土木工事は従来、人手や時間を要する工程が多かった。これを劇的に変えたのが建機メーカー世界第2位のコマツが2015年2月から始めた新サービス事業「スマートコンストラクション」だ。それは大きく6つのプロセスで構成され、データの蓄積や解析はすべて、「コムコネクト」と呼ばれるクラウド上のシステムで行われる。

①ドローン(全自動無人ヘリ)による高精度測量
施工前の現場にドローンを飛ばし、地形を測量し、3次元データを作成する。従来は2人がかりで何日もかかったが、15分程度で終わる。精度は数センチメートル単位で、人手で行う場合と比べて100倍高く、測量箇所は1万倍の数百万に及ぶ。

②切土(きりど)や盛土(もりど)の量を正確に把握
施工完成図を3次元データに変換し、現況の3次元データと重ね合わせて「差」を導き出す。これにより、施工する範囲や形をディスプレイ上で見える化し、削る、あるいは盛る土の量を正確に把握する。従来は完成図と現況図を人が見比べ、経験則で見積もっていたが、かなりの誤差が出ていた。

③変動要因の調査・解析
工事を進めるうえで変動要因となり得る土の質や地下の埋設物について、事前に調査し解析する。

④施工計画の作成
コムコネクトで施工計画を複数パターン、シミュレーションする。顧客は条件に合った最適な案を選ぶ。

⑤高度に知能化されたICT建機による施工
コムコネクトから送られる3次元データに基づいて、ICT建機で施工を開始。操作は自動制御されるため、経験が浅くても熟練者並みの精度で作業ができる。

⑥完了後の施工データ活用
完了後の情報もコムコネクトに蓄積され、現場の維持保守や自然災害による被害からの復旧などに活用する。

このように建設現場のすべての工程における情報を3次元データに変換し、クラウド上でつなぎ、一元化し、現況をリアルタイムで見える化する。結果、生産性が大幅に向上する。開始1年で約1000現場に導入された。

現場からボトルネックをなくす

スマートコンストラクション開発の背景には、建設現場の深刻な人手不足の問題があった。建設技能労働者は10年間で約300万人から約200万人に減ると予測されていた。そこで、コマツは2013年6月にICTブルドーザー、2014年10月にICT油圧ショベルを導入した。ところが問題が発生する。当時はコマツの子会社、コマツレンタルの社長で、現在はコマツのスマートコンストラクション推進本部長である四家千佳史(しけちかし)(執行役員)が話す。
「ICT建機は3日間研修しただけの運転手でも誤差プラスマイナス3センチの精度で操作できます。従来の建機の場合、運転手のほか、誤差を確認する補助員が必要ですが、これも不要。生産性が上がり、3K(きつい・汚い・危険)のイメージも改善できる。これをお客さまがどんな形で活用できるか、発売前にレンタルして試しに使っていただくことにしました。ところが、まったく効率が上がらない現場が出てきたのです」
その現場はダンプカーの手配がつかず、ICTブルドーザーの処理能力の半分ほどしか、土を運ぶことができなかった。前工程にボトルネックがあったのだ。「ICT建機を販売するだけではお客さまの生産性は必ずしも向上しない」。新事業開発はこの気づきから始まった。
四家が現場の問題点に気づいたのは、異色の経歴によるところが大きい。父親はコマツの建機の販売会社を経営していたが、自身は1997年に建機のレンタル会社を起業。
「顧客に必要なものを必要なときに用意し、工事を止めない、遅らせない」を信条に、10年間で社員3人から700人へ、会社を東日本では最大規模に成長させた。そんなとき、コマツの野のじ路國くに夫お社長(当時。現会長)から「全国を舞台に仕事をしてみないか」と声をかけられ、コマツの傘下入りを決断した。「販売店は顧客の社長が相手ですが、レンタル業は現場監督が相手です。私の周りは常に現場でした」
そんな四家が、野路の後を継いだ社長の大橋徹二に定例報告で提案した。「建設現場のすべての工程をつなげたサービスを提供できれば、ICT建機の効果を何倍も引き出せる」。就任以来、"Together We Innovate GEMBA Worldwide"の目標を掲げていた大橋は「すぐに開発するように」と即決。四家を本社に引きあげ、直属となる推進本部の長に据えた。2014年の暮れのことだ。

アジャイル開発に挑戦

四家千佳史
コマツ 執行役員 スマートコンストラクション推進本部長
Photo=勝尾 仁

1カ月後の2015年1月20日、サービスの概要が発表され、2月1日には事業がスタートする。スマートコンストラクション開発の最大の特徴は、既存の概念を覆す進め方とスピード感にある。四家が話す。
「スタート時に用意したシステムはまだプロトタイプでした。お客さまに使っていただいて課題を抽出し、それを解決しながら完成度を高めていく。ソフトウェア開発のアジャイルと呼ばれる手法をとったのです」
アジャイルとは「俊敏な」という意味。ソフトウェア開発は従来、事前に要求をすべて収集・把握し、要件定義、設計、実装、テストの順に流れ作業で進めるウォーターフォール(滝)型で行われてきた。一方、アジャイル型では優先順位が高い機能から着手して短期間で一部をつくり上げ、顧客からフィードバックを受けながらソフトウェアを成長させていく。環境変化が速まるなかで普及してきた手法だ。スマートコンストラクションも事業開始後、現場から「毎月数十件」もの課題が上がってきた。なかでも、5月にシステムの根幹を揺るがすような想定外の課題が現れた。
「工事が始まると、ICT建機がどのくらいの量の土を動かし、どのような形に変えていったのか、リアルタイムでクラウド上のデータに反映されます。ところが、お客さまが言うには、現場にはICT建機だけでなく、従来型もあれば、他社製もあり、人がスコップで掘る箇所もある。その全体が反映されなければ意味がないんだと。その情報をどうやってつなげればいいのか、頭を抱えました」
課題を解決したのは、社内に設けられた"ワイガヤ"の場だった。事業開始後、毎月、在京の役員全員が集まり、現場から上がる課題や情報について、自由に知恵を出し合うステアリングコミッティが開かれていた。その場で大橋が結論を出せば、役員は即、動き出す。従来型や他社製建機の情報をつなげる問題についても、開発部門の役員から声があがった。「そういえば、うちにはステレオカメラの技術があったな」
ステレオカメラは左右2つのカメラで対象を立体的に認識でき、主に自動車の自動ブレーキに使われる。コマツで研究されていた技術は対象の認識に加え、地球上の位置をセンチメートル単位で測定もできた。従来型や人手による作業もステレオカメラで撮影、測定し、クラウド上でデータ化させればいい。開発陣は既存製品の耐久性基準を緩和するなどして、5カ月後の10月には製品化にこぎ着けた。
「製造現場では、機械と機械をつなぐ『モノ』のインターネットが注目されていますが、われわれが目指したのは、機械がした仕事と人がスコップでした仕事をつなぐ『コト』のインターネットでした。100点満点ではないものの、お客さまに出しても恥ずかしくない程度にシステム全体ができあがったのがそのころで、2月からひたすら走り続け、8カ月でやり遂げることができました」
社内で知恵を出し合い、課題を解決する。ドローンを使った測量の場合も同様だった。当初、測量は地上でレーザーを対象物に照射して空間位置を計測する方法を予定していたが、影の部分が出ないよう複数箇所での計測が必要で、機器も数千万円と高価なのがネックだった。そんなとき、四家は偶然、本社のエレベーター前でCTO(最高技術責任者)と出会った。事情を話す四家に、CTOがその場で提案し、取り入れられたのが米国のベンチャー企業が開発した測量専用ドローンの技術だった。

w136_seikou_004.jpgPhoto=コマツ提供

熟練の技も活かせる

コムコネクトの施工計画シミュレーション画面。施工条件を入力すると、工期を最短にしたい場合、コストを最低に抑えたい場合など、いくつかの最適工程の提案を受けることができる。しかも施工前だけではなく、施工途中でも可能だ。
Photo=コマツ提供

スマートコンストラクションでは熟練者が必ずしも不要になるのではなく、その技を別の目的で活かせることも判明した。広大なメガソーラー建設予定地を整地したときのことだ。通常、ブルドーザーは前面のブレード(排土板)で土を押しながら前進した後、ブレードを上げて後退し、位置を横にずらして、また前進・後退を繰り返す。ICTブルドーザーでは、ブレードの上げ下げの操作は図面どおりに整地できるよう自動制御される。ある熟練者がさらに土を押さない後退の時間をなくせないかと発案し、前進だけで渦巻き状に回って整地した。施工期間は半分に短縮された。
「その技は熟練者だからこそできた。真ん中に土がたまらないよう、脇に逃がさなければならないからです。こうした技をデータ化していけば、自動制御の改善に活かすことができるのです」
コマツは「ダントツ経営」で知られる。他社が3年から5年は追いつけない断然トップの性能を持つのが「ダントツ商品」だ。「ダントツサービス」は建機管理システム「コムトラックス」で提供される。建機にGPS(全地球測位システム)を搭載、それぞれの稼働状況のデータがコマツの本部へ自動送信されると、それをもとに最適な使い方や効率的な運用を顧客や代理店にアドバイスする。四家によれば、スマートコンストラクションは次の段階の「ダントツソリューション」を目指すという。

開発陣に生まれたワクワク感

「ダントツ商品はいわば、『お客さまが儲かるであろう』よい性能の機械をつくる。ダントツサービスはその機械が止まらないように寄り添う。そして、今度のダントツソリューションは本当に『儲かっていただく』ためにお手伝いする。工事を止めない、遅らせないが信条だった私にとっても、大きな進化でした」
スマートコンストラクションでは各種サービスの利用料が収益となる。当面の売上目標は100億円と、コマツの連結売上高約2兆円と比べれば規模は小さい。ただ、アジャイル開発の手法を取り入れたことで、ある種の「変化」が内部に生じた。「従来、開発陣はお客さまの現場とは距離感がありました。一方、アジャイル開発ではお客さまの生の要望や困りごとが伝わり、それを自分たちの技術で解決すると、お客さまの喜びの声がまたフィードバックされるのでワクワクするんです。商品を開発する長いサイクルに対し、短いサイクルで課題を解決し、ソリューションを完成させていく。開発陣もこれからは目的に応じ、2つの時計を使い分けながらやっていくのでしょう」
企業は今、顧客に対し、製品(モノ)を通して、いかにソリューション(コト)を提供できるかが問われている。その成否は現場で明らかになる。そこで、プロトタイプをつくったら現場に持ち込み、課題を見つけ、組織に持ち帰り、衆知で解決する。アジャイル開発という四家の試みは、ソリューション開発の1つのモデルを示している。(本文敬称略)

Text=勝見明

主観、相互主観、客観の総合が生んだ画期的イノベーション

野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
実はアジャイルの原点は日本にある。1980年代、私は竹内弘高氏(現ハーバード・ビジネススクール教授)とともに行った、日本企業の新製品開発の事例研究において、職能横断的なチームが相互に影響を与えつつ開発を並行して進める形態を「スクラム」と表現した。その後、ソフトウェア開発分野でウォーターフォール型が限界に達した際、われわれの論文を基に生まれたのがアジャイルの手法だ。
スマートコンストラクションの開発で四家氏がアジャイルを採用したのは、プロトタイプをつくり、すぐに顧客に試してもらうことが、ソリューション開発の近道になると考えたからだろう。
四家氏はICT建機の試用現場で、顧客がその機能を十分には活用できていないという問題点に気づいた。そこで、「何をやるべきか」という一人称の視点から、「ICT建機が効率性を発揮するための全工程のサポートサービス」というソリューションを発案した。その気づきはレンタル業の現場で蓄積した暗黙知による。
次いで、四家氏は大橋社長と対話した。それを模での現場イノベーションに貢献したい」という大橋社長の思いと共鳴し合い、二人称の主観(相互主観)が生成された。大橋社長は四家氏の提案について「会社として行うべきだ」と決断を下し、相互主観はより大きな三人称の新事業案として客観化された。
その後、四家氏が課題に直面すると、今度はステアリングコミッティがダイナミックな対話の場となり、全役員間で相互主観が共有された。開発の場でも、メンバー間での課題共有が行われ、そこでも相互主観が生成された。
その結果、課題解決に向けて、ステレオカメラのような組織の知が引き出された。その活用に関し、トップが相互主観をベースに客観的な視点でゴーサインを出すと、開発陣がすぐに動いた。
こうして見ると、個人の主観が直接対話を通じて相互主観となり、さらには組織の客観となって、次々に出てくる課題が解決されたことがわかる。その解決策を四家氏はすぐに現場に持ち込み、新たな課題の発見に努めた。いわば、主観、相互主観、客観の総合というプロセスをすばやく回す知的機動力が画期的イノベーションを生んだのだ。
野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
Nonaka Ikujiro 1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院博士課程修了。知識創造理論の提唱者でありナレッジマネジメントの世界的権威。2008年米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された。『失敗の本質』『知識創造企業』など著書多数。