野中郁次郎の経営の本質中小企業基盤整備機構 理事長 豊永厚志氏

日本経済の苗床を豊かに育て上げる

w179_management_main.jpgPhoto =勝尾 仁

経営においていちばん大切なことは何か。経営とは人間が行ういかなる行為なのか。これらの問いに対し、経営者はおのおの、思索と実践から紡ぎ出された持論を備えているはずだ。今回は、中小企業支援の総本山ともいうべき、中小企業基盤整備機構理事長の豊永厚志氏に同機構の事業内容と経営の本質について聞いた。

中小企業基盤整備機構 理事長 豊永厚志
Toyonaga Atsushi
鹿児島県生まれ。東京大学法学部卒業。1981 年通商産業省(現経済産業省)に入り、中小企業庁次長、大臣官房商務流通保安審議官、日本政策金融公庫代表取締役専務取締役中小企業事業本部長、中小企業庁長官などを歴任。2016 年6月の退官後は2019年3月までみずほ銀行顧問をつとめた。同年4月より現職。

中小企業庁によると、小規模事業者を含む中小企業は日本の総企業数の99.7%を占める(「平成28年経済センサス」による)。数にして358万、雇用者数でいうと約7割を占める。日本は中小企業によって支えられているのだ。

ただ、中小企業は脆弱で不安定な面がある。そこで必要になるのが、それを支援する独立行政法人 中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)のような政府系政策実施機関なのである。

その支援メニューは多彩だ。まず、企業に対し、専門家を派遣して助言を行うハンズオン支援がある。また、全国9校にわかれ、中小企業経営者および中小企業の支援者を育成する中小企業大学校や、金融機関では十分な手当てができない小規模事業者向けの共済制度、倒産防止共済制度などを運営するほか、ファンドを通じたリスクマネーの供給も行っている。

理事長の豊永厚志がその事業内容を3つのキーワードで説明する。「まずはイノベーションです。ベンチャー、スタートアップを含め、企業を成長させるということ。2つ目はコンティニュイティ(continuity)で、継続ですね。事業承継や経営革新、再生そして改善を通じ、ある局面を迎えた企業が事業をストップさせることなく、さらに発展していく契機をつくる。最後がスモールビジネス。小規模事業者の活性化に向け、手段を選ばず、何でもする覚悟です」

スモールビジネスといえば、最近力を入れているのが起業家支援だ。たとえば、「起業ライダーマモル」というLINEを使ったサービスがある。基本的にAIが起業に関する相談やアドバイスを行うが、必要に応じ、専門家も相談に乗ってくれる。相談は無料で、累計10万人の利用者がいる。

中小機構と中小企業庁との関係はどうなっているのか。「中小企業庁は、法律をつくり予算を確保し、各種税制を財務省と調整します。一方のわれわれは経営や人材育成などに関する支援や補助金の交付、地方公共団体と協働した低利融資の実施、小規模事業者を対象とした共済制度の運用など、主に実務面を担当しています。直近の話題でいえば、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)関連の設備投資を促進するために、ものづくり補助金、持続化補助金、IT導入補助金などを取り扱いました。3年半で6兆円を超える規模になりました」

目指すのはイノベーションと継続、そしてスモールビジネスの活性化

短期の問題、中長期の問題

現下の中小企業を巡る情勢をどう見ているのか。短期と中長期で答えてくれた。

短期でいえば、コロナの影響が大きい。飲食、宿泊、対人サービス業を中心に需要が戻っていない。「資金繰りの問題もあり、ここから半年から1年が勝負でしょう」

そのほか、建設や運輸、製造、小売を中心に人手不足も深刻だ。また資源高、物価高の問題もある。そうしたなかで人件費のアップにも取り組まなければならず、それをやらなければ人手不足がますます深刻化してしまう。

中長期としては、事業承継不全の問題がある。「私の試算ではこの40年あまり、毎年7万社ほどのペースで中小企業の数が減っています。バブルの頃は倒産が理由というケースが大半でしたが、最近は承継先が見つからないがゆえの、黒字のうちでの廃業が圧倒的に多い。この状況を変えないと。ホンダもソニーもパナソニックも、最初は中小企業からスタートしています。その“苗床”さえも減ってしまうのです」

生産性の問題もある。「大企業を含めた数値ですが、OECDのデータなどを見ても日本は確実に低下しています。バブル崩壊以降、日本企業は守りに入りましたが、私はITを含めた設備投資を行い、攻めに出るべきだったと考えています。それができていなかったことが生産性の低下として表れていると」 

輸出も中長期の課題だ。「円安の今こそ日本は輸出に力を入れるべきなんです」

これらの課題に対し、中小機構はどんな支援を行ってきたのか。たとえば、短期でいえば、コロナ関連の貸付や融資に対し、最長3年間にあたる利子相当額を助成することにより実質的に無利子化、無担保化(通称ゼロゼロ融資)を実現。その対象は210万件にのぼる。

中長期でいうと、事業承継に関する支援だ。事業承継には後継者がいる場合といない場合とがある。いる場合は親族の場合は相続税、従業員の場合は贈与税などの課題を解決し、個人保証がついている場合は個人保証はがしの特例などを活用して、円滑な事業承継を支援する。

一方の後継者がいない場合、中小企業庁が整備している全国48カ所の事業承継・引継ぎ支援センターを通じたM&Aという手があり、その全国本部の役割を中小機構が担う。そこには後継を希望する人を紹介する専門の人材バンクもあり、登録者は約6000名にのぼる。同センターでは年間1600件ほどの成約がある。

専門家によるハンズオン支援

看板事業ともいうべきハンズオン支援という経営支援施策も対中長期の課題解決に入る。中小機構の前身の1つが1962年に設立された財団法人 日本中小企業指導センター(のちに中小企業総合事業団)であり、2004年、地域振興整備公団、産業基盤整備基金、中小企業総合事業団の3つが合併し、中小機構が成立した。

経営支援は中小機構のいわば家業として日本中小企業指導センター時から行われてきた施策で、当時は職員が地方自治体や企業に赴き、指導をしていた。ところが職員の数は限られており、すべての業務に詳しいわけでもない。そこで、20年ほど前に、特定分野の専門家を活用する現在の体制に移行したのだ。

そこでは専門家が、数カ月から2年にわたり、毎月事業所を訪れ、課題解決に伴走する。対象となるのは経営者だけではない。むしろ社員で、10名ほどのチームを結成してもらう。テーマは財務、IT、海外、カーボンニュートラルなどさまざまだ。専門家が宿題を出し、翌月までにチームで解決する。「知識を教え込むのではなく新たな体質を植え込む。これがわれわれの目指すところです。無料ではなく、通常よりは割安の料金をいただいています。お金を払うからこそ、自分ごととしてとらえるようになり、より真剣になると私は考えます」

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ハンズオン支援の一コマ。新市場進出のための品質マネジメントシステムの基盤づくりに取り組んでいる。
Photo=中小機構提供

「あくまで印象論ですが」と断りながら、豊永がこう話す。「日本ほどきめ細かい中小企業政策をやっている国はない」。いいことのように思えるが、実は問題があるのだという。「法人税の問題含め、中小企業でいたほうが楽なんだという気分になる経営者が出かねないんです。大企業でも業績が苦しくなると、資本金を減らし中小企業なりをするところもある。私たちは『Be a Great Small.』という標語を掲げています。偉大な中小企業たれ、ということですね。同時に、次の日本の産業を支える屋台骨のような大企業もこの“苗床”から出てきてほしい。中小から中堅、そして大企業化への道筋をつけるのがわれわれの課題の1つだと考えています」

中小機構の職員は現在約800名。内部に対し、豊永は「作戦」という言葉をよく使う。

理事長に就任した2019年に口にしたのが「出張り作戦」。機構内から出て現場を見ろ、という意味だ。「一家総出作戦」もあった。1人でできることは高が知れている。時には複数で、1人の場合も、背後にいる機構の仲間を意識して支援先を訪問せよという意味だ。「『抱きつき作戦』も浸透させました。教えてあげるという姿勢では駄目で、一緒にやろうと。たとえば、商工会議所に抱きついていくと、向こうも抱きつき返してきて、支援メニューが重層的になるはずなんです」

経営者が1人でできることはほぼない。社員全員にいかに気持ちよく力を発揮してもらうか

w179_management_toyonaga-athushi.jpg小学6年生のときから続ける剣道は教士七段。健康の増進、気力の鍛錬、仕事以外の世界を持つという効能があるという。
Photo=勝尾 仁

揺るぎない自信を持て

職員には「揺るぎない自信を持ってほしい」という。「この体制でこうしたサービスを行っている組織はほかにないんです。われわれの存在意義をもう一度確認すれば、仕事に対し、もっと自信が湧いてくるでしょう」

そんな豊永は経営の本質をどう捉えているのか。「経営者が1人でできることはほぼない。社員全員にいかに気持ちよく力を発揮してもらうかが大切です。しかも、社員数が100名くらいまでは社長自ら目配りできるかもしれませんが、それを超えたら難しくなる。組織全体の力を発揮するためにはどうしたらいいか、そのときの自分の役回りは何かを必死で考え実行するのが経営者の責任ではないかと」

これまでのキャリアのなかで自身を成長させた修羅場体験について聞くと、こんな答えが返ってきた。大学を出て入った通産省(当時)時代、ある国際案件を担当していたとき、問題に突き当たり、自分でも正解がわからなくなったところ、同じ問題に取り組む部下に「自分で考えろ」と突き放したことがあったという。「私は逃げてしまった。どうして一緒に悩み抜かなかったのだろうと、今でも悔やんでいます。人間逃げたら駄目ですね。それ以来、迷ったときは、人生訓として、難しいほう、厳しいほうを選ぶようにしています」

独立行政法人といえば、大胆な変革を行うのが難しいイメージがあるが、そのなかでも中小機構は、豊永のもと、たゆまぬ変革を着々と推し進めているように感じた。(文中敬称略)

Text = 荻野進介

Nonaka's view
オールブラックスが教える理想の中小企業のあり方

私は2020年7月から、中小機構傘下の中小企業大学校の総長をつとめている。主な役割は中小企業経営者への講演で、テーマは知識創造に関する戦略論である。そのほか、総長に就任したことがきっかけとなって改めて中小企業に興味を持ち、実例を交えた中小企業に関する書籍の出版をもくろんでいるところだ。

中小企業はボトム、ミドル、トップが混然一体化していることが多く、組織の自由度が高い。硬直的な大企業よりも、その三者が一致協力する知識創造がより自在に行われるはずである。

中小企業といえば、スポーツ組織もその範疇に入るだろう。興味深い例として、ラグビーのニュージーランド代表、オールブラックスは、15の行動規範といくつかの格言を持つ。

行動規範としては、〈ロッカールームの掃除(決しておごることなく、小さなことを大事にしよう)〉〈隙を突け(ゲームを支配しているうちにゲームの方向を変える)〉〈パスを回せ(リーダーはリーダーを育てる)〉などがある。

格言の例はこうだ。〈よく聴くことから知識が生まれる。知識から理解が生まれる。理解から知恵が生まれる。知恵から幸福が生まれる〉〈リーダーの食料は何か、それは知識である。コミュニケーションである〉〈あなたは二つの永遠、過去と未来の間に位置する瞬間の小さな点にすぎない〉等々(ジェイムズ・カー『問いかけ続ける 世界最強のオールブラックスが受け継いできた15の行動規範』東洋館出版社)。

私はここに(大企業におけるチームもそうだが)、ラグビーに留まらない、一般の中小企業にも当てはまる理想的組織のあり方を見る。

豊永氏とは私が総長になってから知り合い、何度も会っては、会食もともにしてきたが、今回はじめて中小機構の業務の全体像を知ることができた。「Be a Great Small.」というよきスローガンのもと、実に幅広い業務を展開していることに感心させられた。

豊永氏は鹿児島県出身で、小学生のときから剣道を続けているという。気骨のある、いわゆる薩摩武士であるが、人柄は気さくで、元官僚らしさを微塵も感じさせない。その豊永氏が率いる中小機構の存在と役割は世の中にもっと知られるべきではないだろうか。

野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
Nonaka Ikujiro 1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院博士課程修了。知識創造理論の提唱者でありナレッジマネジメントの世界的権威。2008年米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された。『失敗の本質』『知識創造企業』など著書多数。