コミュニケーションの型知ネガティブなメッセージを伝える

リストラ通告が最たる例だが、人事であれば、相手にネガティブなインパクトを与えるコミュニケーションは避けて通れない。このようなコミュニケーションは、相手もつらいが、伝える側にも強い責任感と精神力が要求される。これを乗り切るために有効な「型知」とは何か。
前提は2つ。1つは「目的をぶらさないこと」だ。ウイリス・タワーズワトソンの松尾梓司氏はこう説明する。「リストラ通告の場面では、目的を『辞めてもらうこと』だとするのは誤りです。本質的な目的はその先の経営改善にある。ここがぶれると、強硬な物言いをしたり、相手のつらい反応を見て心の負担がより大きくなったり、とコミュニケーションへの悪影響が大きいのです」
また、ネガティブなことを伝える場合、相手がメッセージを前向きに受け止めるに至る積極的納得と、渋々受け入れる消極的納得とがある。ことリストラ通告に関しては、ゴールは消極的納得に設定せざるを得ない。以上を踏まえて実際のコミュニケーションに臨むことになる。面談の回数は2〜3回。相手の強い抵抗・反発が想定される場合は、3回程度が一般的だ。そこでポイントになるのは、①相手の心理的変化を理解する、②相手のニーズを理解する、③事実ベースで話す、の3点だ。

対象者の心理は局面ごとに変化する

①の心理的変化は図にも示した通り。相手にはまず「抵抗・反発」が生じ、次に状況を甘く見る「過信」が生まれる。その後、「無気力」の時期を経て「消極的納得」に至ることが多い。局面ごとに、この相手の心理状態を理解し、適切なコミュニケーションをとることが重要だ。
「たとえば、抵抗・反発が強い状態では、相手の感情を刺激する発言は極力避けなければなりません。特に1回目の面談においては、無理に決断を迫らず、淡々と、リストラ施策の目的と、対象に選ばれた理由を説明し、情報としての理解を促すに留めたほうがいいでしょう」
②はあらゆるコミュニケーションの基本。たとえリストラ通告の場面でもその重要性は変わらない。
「相手が『辞めたくない』という意思を示す場合も、その理由は多様です。経済的な理由以外に、愛社精神や同期意識、プライドに起因することもある。そのため、相手の性格や異動歴、家族構成などをリサーチしたうえで、対話を通して一人ひとり異なる『辞めたくない理由』を紐解いていくことが、納得の獲得に不可欠です」

本来の目的を意識し公明正大であれ

そして最後の③は、相手が現実を受け止め、理解するために必要なコミュニケーションである。
特にリストラ対象となった理由を説明するときには、主観的な評価を伝えても相手の納得は得にくく、感情を刺激するリスクも高い。「人格否定に繋がるような言動は絶対に避けるべきです。『あなたの行動のこの部分が今後の会社の方針と合致しない』と行動単位で事実に基づいて説明すれば、相手は心当たりもあるので、比較的冷静に受け止められます」
同様に、その場しのぎの甘言や恫喝もあってはならない。最近は内密な会話も、個人がSNSで情報を拡散できる。その結果、会社の評判が落ちたり、残る人たちのモチベーションが下がったりしては本末転倒となる。だからこそコミュニケーションの本来の目的を意識し、常に公明正大な態度であることが求められる。

Text=伊藤敬太郎Photo=轟木浩治

松尾梓司氏
ウイリス・タワーズワトソン組織人事部門コンサルタント。
Matsuo Shinji 対従業員コミュニケーションなどが専門領域。