人事は映画が教えてくれる『ドント・ルック・アップ』に学ぶリスクに対する想像力の重要性

w180_movie_title.jpgある日、天文学を学ぶ大学院生が巨大な彗星を発見する。指導を担当する教授がその軌道を計算すると、地球に衝突することが明らかになった。2人は、米国大統領や一般の人々に人類の危機を訴えるが、選挙前の大統領は真剣に受け止めない。ネット上でも2人の叫びはミームとして遊ばれる始末。目前に迫る危機に向き合わず愚行を繰り返す人類の末路とは。

『ドント・ルック・アップ』は巨大彗星が地球に衝突する危機に際して、人々がいかに愚かに振る舞い得るかを皮肉たっぷりに描いた映画です。不快になるほど的確に現実の人々や社会の問題点を描写しているという意味で、秀逸な作品です。

大統領(メリル・ストリープ)にとっての最優先事項は間近に迫った中間選挙。大統領の支援者であるIT企業の経営者イッシャーウェル(マーク・ライランス)は経済的利益と自らの野心のために大統領を動かそうとする。彗星の発見者であるランドール博士(レオナルド・ディカプリオ)や教え子のケイト(ジェニファー・ローレンス)が発するメッセージは、一般の人々にはバズるかバズらないかで判断される……。彗星が目視できるようになった中盤以降の「Just Look Up(空を見ろ=現実を受け入れろ)」派と「Donʼt Look Up(空を見るな=奴らに騙されるな)」派の争いは、選挙戦のような馬鹿げたお祭り騒ぎに発展します。

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彗星が地球に衝突するのは科学的に検証された事実です。それなのに大統領も一般の人々もこの危機にまともに向き合おうとしない。客観的に見れば不可解にも思えるこの態度は、行動心理学のプロスペクト理論によって説明できます。

プロスペクト理論とは、要約すれば、「人は利得は小さくても確定しようとするが、損失は大きくても先送りにする」というものです。物語の序盤、目先の選挙にとらわれ、彗星衝突という重大な危機への対応を「ひとまず静観します」と先送りにした大統領の選択が典型的です。まさか現実にはそこまで愚かな行動はしないだろうと思った読者もいるかもしれません。しかし、同じようなことは今、日本で実際に起きています。

人口減少や地球温暖化は、確実に訪れる重大な危機です。しかし、本質的に有効な解決策がとられないまま今に至っています。将来起こる重大な問題を解決するには、多くの場合、痛みをともないます。だから、今この時に生じる痛みを恐れ、政治家は問題を先送りにし、一般の人々も将来の問題を見て見ないふりをします。この誤った選択は将来の痛みをさらに大きくするばかりです。

まだ訪れていない痛みを正しく認識するために必要なのは想像力です。想像力とは理屈を頭で理解することではありません。身体的な感覚、たとえば痛みをともなって感じることができるかどうか。現代人には、この想像力が欠如しています。では、人類はこのまま想像力を働かせないで愚かな選択を続けるしかないのか……。そんなことはないと信じたい。変えることはできるはずです。

変えるための方法の1つは、リスクを正しく認識するためにリスクマネジメントについて学ぶことでしょう。たとえば、リスクマネジメントの世界で基本とされている理論に“フィンクのリスク予測図”があります。縦軸を危険衝撃度、横軸を発生確率としてリスクを四象限に整理するこの理論を使えば、数あるリスクの重要度を理解し、優先順位を決めることができます。危険衝撃度が高く、発生確率も高いリスクは最も優先順位の高いレッドゾーンに分類されます。現実に起きることが予想されている人口減少や、この映画の場合の彗星衝突は最悪な結果をもたらし、かつ確実に起きるわけですから、間違いなくレッドゾーン。この整理ができた時点で、何はさておいても、真っ先に対応しなければならない重大なリスクであることがわかるはずです。

もう1つ、リスクをリアルに描いた映画に学ぶことも有効でしょう。リスクマネジメントについて体系的に学んだうえで、キューバ危機を描いた『13デイズ』、原発事故を描いた『チェルノブイリ1986』などの作品を観る。そして必ず振り返りの議論も行う。人の感情に働きかける映画は想像力を養うための格好の教材です。SFではありますが、『ドント・ルック・アップ』もその1つです。

w180_movie_main.jpgTV番組出演中、自分のメッセージが伝わらないことに業を煮やしたランドール博士はカメラに向かって「大統領はどうかしてる!みんな死ぬんだぞ!」と絶叫するが、その叫びすら空しく響くばかりだ。

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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