人事は映画が教えてくれる『ビリーブ 未来への大逆転』に学ぶ“家族で作るキャリア”

一方の頑張り時にはもう一方がサポート。ギンズバーグ夫妻が先行的に示したD& I 時代のキャリア形成

w174_eiga_01.jpg【あらすじ】
ルース・ベイダー・ギンズバーグ(フェリシティ・ジョーンズ)は弁護士となる夢を抱き、ハーバード法科大学院に進学。しかし、女性だという理由で法律事務所への就職は叶わず、大学の教員として働くことに。法学の教員として「性差別と法」について教えるなかで、ジェンダー問題がライフワークとなっていった。そしてあるとき、男性が介護費用の控除を申請できないことに関する訴訟と出合う。国に法律上の性差別を認めさせるため、ルースは上訴を決意するが……。

弁護士として長年ジェンダー平等の実現に尽力し、2020年に87歳で亡くなるまでの27年間にわたり連邦最高裁判事を務めた米国の法律家、ルース・ベイダー・ギンズバーグ。『ビリーブ 未来への大逆転』は、彼女の半生を描いた映画です。

ルース(フェリシティ・ジョーンズ)が若い頃は男女間の不平等が厳然として存在していた時代です。ロースクールの500人の学生のうち、女性は9人。ルースは優秀な成績で修了したにもかかわらず、女性というだけで法律事務所への就職を断られ続けました。また、ロースクール生時代、夫のマーティン(アーミー・ハマー)が病魔に倒れるなど、彼女のキャリアは最初から苦難の連続でした。

しかし、ルースはこの逆風のなかでもめげることがありません。闘病中の夫を支え、育児もしながら、ロースクール生として自分の授業に加えて夫の授業にも代わりに出席するという常人離れした努力を続けました。ルースのこの努力を支え続けたものの1つは強烈な楽観性です。どれだけ悲観的な状況に置かれても、絶対にうまくいくと強く信じる楽観性が彼女にはあったのです。

「運」に関する研究に取り組んだ英国の心理学者リチャード・ワイズマンは、運のいい人、悪い人というのは確かに存在すると言っています。しかし、それは運のいい人には高確率でいいことが起こり、運の悪い人には悪いことばかりが起こるという意味ではありません。

なぜ違いが生まれるのか。ワイズマンは、運の悪い人は不安感が強く、視野狭窄に陥りやすいと指摘しています。その結果、せっかく舞い込んだチャンスに気づけなかったり、別の危機を見逃したりしがちなのだそうです。一方、運のいい人は楽観的で心が開いているので、舞い込んだチャンスに気づくことができ、とりあえずつかんでみようとするのだそうです。ルースがどちらのタイプかは言うまでもないでしょう。

ルースは、夫の病室で医師から夫が生存率5%の精巣がんであること、放射線治療という最新の治療を試みることができることを告げられます。“運の悪い人”ならこの宣告の悪い部分にとらわれ、絶望するはずです。しかし、ルースは5%の生存率と新しい治療法に希望を見出し、マーティンにこう語りかけます。「絶対に諦めない。仕事も勉強も。娘もいる。弁護士になるの。私と一緒に生きるのよ、マーティ」。このセリフにはルースの楽観性が集約されています。

もう1つ、私がこの映画から学んだことは「家族でキャリアを作る」という考え方です。ルースとマーティンはともに法律家ですが、夫婦トータルでキャリアを考えていました。どちらかが頑張らなくてはいけないときには一方がサポートに回り、その立場が時期に応じて臨機応変に入れ替わるのです。決してジェンダーで役割を固定せず、どちらかが相手のために自分のキャリアを諦めることもありません。食事の支度は主に料理が上手な夫の役割。得意なほうがやればいいということですね。これは実は非常に合理的な考え方です。単純に収入面を考えただけでも、優秀な妻が夫のためにキャリアを断念するならば、確実に損ですから。

また、ギンズバーグ夫妻は娘のジェーン(ケイリー・スピーニー)に真っ直ぐ向き合い、自分たちが真剣に働く姿を目の当たりにさせることで子どものキャリア形成にも強い影響を与えます。ジェーンは母親と同じように男女平等に強い関心を抱くようになり、時にルースに反発もしながら、自分の信じる道を歩み始めます。ルースとジェーンが街中で男たちに下品な言葉で冷やかされたとき、「無視するのよ」というルースに逆らい、ジェーンは毅然とした態度で男たちに言い返します。その娘の行動にルースは時代の変化を感じ取りました。成長した娘も母親のキャリアに影響を与える。まさに「家族でキャリアを作っている」といえます。

このようなギンズバーグ家のあり方は、D&I時代のキャリア形成の1つのモデルになるはずです。

w174_eiga_main.jpgお互いのキャリアを尊重し、支え合うギンズバーグ夫妻。理解ある配偶者に恵まれたこともルースが自分の力で手にした幸運といえるかもしれない。

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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