人事のアカデミア批判的工学主義の建築

集合知を積み上げて形あるものを作り上げる

公共事業で箱物を建てれば、街が潤い、皆が喜ぶ時代は終わった。経済が縮小し、対処すべき課題も複雑になっている。これからは住民が主体になって、新しいまちづくりを進めていくことが必要だろう。とはいえ、皆の意見を集約して、誰もが納得できるものを作るのは簡単ではない。どうすれば多くの人の知を集めて、1つの形にしていくことができるのか。プロセスをオープンにした独自の設計手法を確立して、市民参加型のまちづくりプロジェクトにも携わる建築家の藤村龍至氏に聞く。

工学化する社会のなかで新しい建築も生まれている

梅崎:藤村先生は建築の設計を手掛けながら、大学での教育、評論、まちづくりプロジェクトなど、幅広く活動されています。

藤村:私が建築を志したのは1996年。1995年にWindows95が発売され、日本でインターネット時代の幕が開けた頃でした。情報空間がどんどん広がっていくなかで、これから実空間の建築がどう変化していくのか興味がありました。

梅崎:そのなかで「批判的工学主義」という独自理論を構築された。

藤村:批評家の東浩紀さんは1995年以降の社会状況を「工学化」と表現されています。技術革新が進み、高速道路やタワーマンションは、マニュアルに従って半ば自動的に設計されると言った。確かに集合住宅の歴史を見ても、庭付きタウンハウスなど時代によってさまざまな実験が行われてきましたが、1995年頃には消費者の好みもほぼ分析され、シビアな価格競争に入っていきました。

梅崎:建築家個人の作品というよりも、標準化された製品のようになってしまった。

藤村:消費社会が進展するなかで、工学化の流れを止めることは難しいのかもしれない。でも、個別に見ていくと興味深い建築がいくつもあります。たとえば、ヨーロッパで初めてIKEAの店舗を見たときは驚きました。世界中の店舗がほぼ同じ構成になっていて、動線が1つしかありません。客は2階の入口からスタートして、ショールームを回遊していく。途中で一息つけるカフェがあり、地階に降りると倉庫が広がり、番号の振られた棚に商品が整然と並べられている。IKEAの創業者は建築出身だったそうですが、人間の心理や身体性を踏まえて人の動きを自然と誘導する造りになっています。まるで情報空間におけるユーザーインターフェイスのように、うまく設計されているなと感心しました。

梅崎:「批判的工学主義」は、工学主義の否定ではない。単純なアート礼賛ではないんですね。

藤村:はい。工学主義を単純肯定するのでも、全否定するのでもなく、批判的なまなざしをもって再構成していこうという立場です。建築家にとって最も大切なのは、物事を前に進めること。最終的に形あるものにするために、それぞれ自分の信念を持っていても、半分は現実を受け入れて、どうすれば全体として理想に近づけることができるかを常に考えています。

梅崎:もともと建築家の仕事は、物理的制約のある空間のなかにデザインを埋め込んでいくもの。常に現実との折り合いのなかで動いているわけで、直感やひらめきに頼るアーティストとは少し違いますよね。

w162_academia_01.jpg出典:藤村氏作成

時系列に並べることで進化の過程が一目でわかる

藤村:もちろん発想の飛躍は必要ですが、ひらめきが大切だと強調しすぎるのもどうかと思います。1人の建築家の頭のなかにひらめきが生まれるたびに、毎回図面を描き直していたら作業が前に進みません。

梅崎:トップがちゃぶ台をひっくり返して現場が混乱することは、ビジネス界でもよくあります(笑)。

藤村:建築はもともと共同作業です。誰が描いても同じになるよう図面の描き方が決まっていますし、打ち合わせでは毎回議事録をとります。関係者が多いので、順次、合意形成をしながら前に進めていくのです。そうして一歩一歩、順を追って論理的に積み上げていく建築の特性を、もっと活かしたほうがよいのではないかと考えました。

梅崎:その方法論として確立されたのが、「超線形設計プロセス」ですね。「ジャンプしない、枝分かれしない、後戻りしない」を3原則に、1つの条件に対して1つの模型を作り、そのフィードバックを反映して、また1つの模型を作る。この作業を積み重ね、複雑な全体を構築していく方法です。線形、つまりずっと一本道で設計を進めていくので、ちゃぶ台返しを避けることができます。

藤村:きちんと履歴を残して、バージョン管理していきましょう、ということです。超線形設計プロセスは、弁証法的にプロジェクトを前に進めていくやり方です。建築家が直感的に思いつくイメージに頼りすぎると、単純なアウトプットに終わってしまうこともありますし、何よりも周囲の人には、なぜこうなったのかがわからない。一方、多くの人の知恵を集めて、合意したものをその都度、模型というかたちにして差分を可視化していくと、前のバージョンに対してここがよくなったと、進化の過程がわかります。飛躍するよりも蓄積を残すほうが、多くの人にとってわかりやすいものになります。

梅崎:履歴に沿って並べることで、誰もが一目で差分を見てとれるようになる。超線形設計プロセスでは、膨大な数の模型を作ることになりますが、この蓄積を、大量のデータを集めただけのデータベースではなく、〈線〉にすることがポイントだと思います。線形の履歴になっていることで、未来について考える軸ができますから。

藤村:その通りです。これまでは模型を作っても作りっぱなしになってしまうことも多かったのですが、模型を同じ向きで時系列に並べるだけでも意味のある情報になる。〈超線形〉というのは、この〈線形〉を徹底するという意味です。

梅崎:集合知を作っていく1つの手法でもありますよね。

藤村:言い換えれば、これは模型を見ながら、自分たちのやってきたことを語り直すプロセスでもあります。どこにでも否定から入るタイプの人はいるものですが、合意形成の場面で、こんなふうに発展してきたんだという進化の過程を共有できると、これまでの取り組みを肯定しやすくなりますし、もっと発展させることができるのではないかという気持ちにもなるでしょう。
実は、建築家にはそれを促すための工夫も必要です。発展の過程がわかりやすいように模型を配置したり、前向きな対話が深まるように言葉をかけたりもします。

梅崎:建築家は、そういうスキルも備えていないといけないんですね。藤村先生は、「今日の建築家には、コーディネーターで、ヴィジョナリストで、かつファシリテーターであるというように、複数の役割が求められている」と主張されています。

藤村:巨大開発やグローバル化の進展などで、現代の建築は専門分化が進み、協働者が非常に増えています。また、拡大社会から縮小社会に入ったことで、新たなビジョンが求められており、かつそれはボトムアップ型の意思決定で行うことが一般的になってきました。
公共のプロジェクトに携わっていると、住民から種々雑多な要望が出てくる一方で、経済の専門家が厳しい財政事情を語るという場面にたびたび遭遇します。建築家はその間に立って、物事を前に進めていくことが求められているのです。

まとまりのないものを形にする建築的思考に学べ

梅崎:協働者が増えていること、新たなビジョンが必要なこと、ボトムアップで意思決定することは、建築に限らず、今の社会全体に共通する話だと思います。企業でも小集団レベルのファシリテーションが活発に行われていて、ボトムアップの課題解決に取り組んでいますが、それが必ずしも組織全体のビジョンのデザインに結びついていない印象です。
まさに企業の人事もコーディネーター、ヴィジョナリスト、ファシリテーターであるべきだと思いますが、これを実践するのは簡単なことではありません。特に今のような縮小社会では、利害対立が複雑化し、課題も膨大になっていますから、より難しいのではないでしょうか。

藤村:難しいですね。ただそのなかでも、まとまりのないものに形を与えるのが建築家の役割です。部分的なファシリテーションを積み重ねながら、どんどん広がる雑多な要望の束をまとめ上げ、多くの知恵を統合して大きな全体を作り上げていく。部分と全体をつなぐ建築的思考は、企業のプロジェクトなど、いろいろなところに応用できると思います。

梅崎:実際のプロジェクトは、どのようにまとめ上げているのですか。

藤村:まずはここから手を着けて、こことここを押さえておけば、こういう順で問題を解決していけるのだという道筋を示せると効果があります。たとえば高齢化や過疎化に悩むニュータウンのプロジェクトでは、前向きなビジョンが描きにくいですよね。高齢化率や空き家率などを見ると負のデータしか出てこないので、行政も政策的になかなか手を着けにくい。でも、「地域の課題が最も集約されているニュータウンを集中的に手当てすれば、高齢化問題も空き家問題も解決に導ける」とロジックを説明すると、話を聞いてくれることが多いのです。行政相手には「まずはここでプロトタイプを作りましょう。これがうまくいけば、先行事例として展開していくことができます」という言い方もよくしますね。組織を動かすときに、「プロトタイプ」だと説明すると、比較的認められやすいように思います。皆が聞く耳を持ってくれるようなロジックを見つけることは重要ですね。

梅崎:ここにフォーカスを当てれば見え方が変わり、ビジョンが生まれる、というポイントですね。

藤村:建築家の菊竹清訓(きくたけきよのり)さんは『代謝建築論』という著作のなかで、「か・かた・かたち」という方法論を提唱しました。〈か〉とは、もやもやした概念のようなもので、それを具体的な形態である〈かたち〉にしていくわけですが、その間に〈かた〉があるというのです。〈かた〉とは法則性のようなものですが、実際に仕事をしていると、どういう〈かた〉が隠れているのか、ピンとくる瞬間があります。「あれと同じ構造設計を使えばこの課題は解決する」「現在のこの社会課題は、歴史上のこの問題と同じ構造ではないか」というように、隠れた相似形を発見するみたいな感覚です。

梅崎:〈かた〉を見つけるとはよいヒントをいただいた気がします。多くの人を集めてよりよい成果をあげていくために、人事も建築的思考に学ぶところは大きいと思います。

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Text=瀬戸友子 Photo=刑部友康(梅崎氏写真)、新津保建秀(藤村氏写真)

藤村龍至氏
建築家、東京藝術大学准教授
Fujimura Ryuji 建築家、東京藝術大学准教授、RFA主宰。2008年東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。2005年より藤村龍至建築設計事務所(現RFA)主宰。2016年より東京藝術大学准教授。
◆人事にすすめたい1冊
『批判的工学主義の建築』(藤村龍至/ NTT出版)。ネットワーク化、グローバル化に伴う都市や建築の変化を踏まえ、新しい建築のあり方として「ソーシャル・アーキテクチャ」を提唱する。
梅崎 修氏
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
Umezaki Osamu 1970 年生まれ。法政大学キャリアデザイン学部教授。大阪大学大学院博士後期課程修了( 経済学博士)。専門は労働経済学、人的資源管理論、労働史。これまで人材マネジメントや職業キャリア形成に関する数々の調査・研究を行う。
◆人事にすすめたい1 冊 『労働・職場調査ガイドブック』(梅崎修・池田心豪・藤本真編著/中央経済社)。労働・職場調査に用いる質的・量的調査の手法を網羅。各分野の専門家が、経験談を交えてコンパクトにわかりやすく解説している。