「#大学生の日常」に埋め込まれた学習~「#大学生の日常調査」インタビュー分析⑥~自己発見・自己変容、態度形成を促すコミュニティとは?

杉原麻美
淑徳大学人文学部准教授

“ガクチカに反映される態度・姿勢・価値観

生時代にを入れて頑張ってきたことは何ですか?」
この回答(通称“ガクチカ”)に、多くの大学生は頭を悩ませる。企業の採用担当者は、ガクチカを糸口に志願者の人物像やポテンシャルを確認し、自社との相性の判断材料とする。ガクチカには、物事に取り組む姿勢、行動の背景にある価値観、他者と関わる際の態度などが反映されてくるからだ。

今回の「ビフォーコロナの『#大学生の日常』調査」では、このようなガクチカに反映される大学生の態度(姿勢・価値観)は学生生活で関わるコミュニティによって形成されると考え、図表の学習モデルに整理した。関わりを深めたコミュニティ(トップ、セカンド、サード)から、さまざまなギフト(「安心」「喜び」というベースギフト、「成長」「展望」というクエストギフト)を受け取り、それが物事の考え方や人との関わり方に影響を与えている。

図表① 「#大学生の日常」に埋め込まれた学習モデル

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高校生までは同エリア・同学年・同クラスが基本単位で学校生活を送るのに比べ、大学生はコミュニティの選択対象が広がり、主体的に自分の活動をデザインできるようになる。図表は、今回インタビュー調査を行った20名が挙げた「関わりの深かったコミュニティ
」の一覧である。サークル、専門ゼミへの傾注はあるが、それぞれの大学生活が、主体的な選択に基づく多様なものになっていることが見て取れる。

そして、図表③は「大学時代の自己発見・自己変容」と「社会人である現在の環境適応性」の度合い(高・中・低)に着目し20名をゾーニングしたものである。前回までのインタビュー分析では、その高低差が生まれている背景を探る目的で、20名をさらに《趣味・スポーツ系サークル編》《体育会系編》《ゼミ・学習コミュニティ編》《マルチリレーション編》で数名ごとに比較対照し、学生がそれぞれのコミュニティからどのような影響を受けているかを分析した。

図表② 関わりの深いコミュニティとマインドシェア

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図表③ インタビュイー20名のゾーニング(環境適応性と自己発見・変容)

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自己発見・自己変容を促すコミュニティの要件

インタビュイー20名の中で「大学時代の自己発見・変容」が高かった6名(d,f,g,k,q,s)は、いずれも図表のHHゾーンに該当し、高い環境適応性をもって社会人として働いている。qさんのケースは《趣味・スポーツ系サークル編》 dさん、fさん、kさんのケースは 《ゼミ・学習コミュニティ編》gさんのケースは《マルチリレーション編》でご紹介してきた。彼ら彼女らが深くかかわったコミュニティの種類や経験内容はそれぞれユニークなストーリーだが、6人の経験を俯瞰すると、相通ずる項目が浮かび上がってきた。そして、他の人たちが所属していたコミュニティには、その一部または多くが欠損していることも確認された。こうした分析をもとに、学生の自己発見・自己変容を促すコミュニティの要件を整理したのが図表である。ポイントは5つにまとめられた。

図表④ 自己発見・自己変容を促すコミュニティの要件

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まず、学生本人の中に、そのコミュニティに対する「明確な所属動機」が育まれている、という点が挙げられる。インタビューでは、コミュニティに関わる当初のきっかけは人の紹介や偶発的なものであったとしても、ある段階で所属することで得られるものや目的が明確になり、当事者として主体的にコミットしている様子が確認された。
次に、本人の中にコミュニティで自分がどのように貢献していくかを意識した「役割の自覚」が芽生えている、という点が挙げられる。コミュニティの状況、関わる人の顔ぶれ、自分の立ち位置を踏まえ、自分がそのコミュニティで果たす役割を考え、具体的なアクションを起こしていく。
さらに、コミュニティ内には現状維持のままでは実現できないような「ストレッチゴール」がある、つながる人々の中には自分と異なる価値観・バックボーン・年齢等の「コミュニティの多様性」が存在する、という点も重要だ。自己変容があまり進んでいなかった人のインタビューでは、コミュニティ内にストレッチゴールが存在せず、同質性が高いコミュニティである場合が多かった。そのようなコミュニティでは、ベースギフトは豊かだとしても、クエストギフトは生まれにくいと考えられる。

そして、これらの条件が揃ったうえで、学生の価値観に影響を与える「異質な他者の介入」が、態度形成に大きく働く。異質な他者とは、学生がリスペクトする教員や社会人ロールモデルの場合もあれば、留学先や学外活動で初めて出会う人々の場合もある。学生本人との関係性や役回りはさまざまだが、異質な他者の存在や関与が、本人に強烈な内省を促し、自己発見や自己変容をもたらす。このように、自己発見や自己変容を促すためには、学生本人のマインドセット(明確な所属動機、役割の自覚)とコミュニティに必要な要件(ストレッチゴール、コミュニティの多様性)に加え、内省を促す「異質な他者」の存在が不可欠であることがわかった。

なお、HHゾーンのインタビュイーの中には、これらの要件が存在するコミュニティを意識的に探したり(gさん、kさん、qさん)、自らコミュニティを立ち上げたり(sさん)している人がいる一方、当初のコミュニティ選択ではそこまで要件を意識しなかったと思われる人(dさん、fさん)もいる。しかし、この場合は自己変容につながるコミュニティに出会うチャンスに恵まれるだけの「行動量」が前提になっていると言えそうだ。dさんもfさんも関わりの深かったコミュニティがサードコミュニティまで挙がっており、高校時代の活動も含めて豊かな人間関係を構築している様子が伺える。コミュニティ選択が計画的であれ偶発的であれ、人とつながっていくことに積極的であり、具体的な行動を起こしていることがすべての前提条件になっていると言えよう。

学生に「内省を促す存在」の重要性 ~職場学習論から考える~

次に、異質な他者の介在によって促される「内省」にフォーカスして考えていく。ここでは、中原(2010)が「職場学習論」(※1)で示した、職場における他者からの支援に関するモデルを参考にする。この研究では、職場における人材育成について、「支援」と「他者」に着目して分析がなされている。周囲の支援は大きく3つの支援「業務支援」「内省支援」「精神支援」に因子分析でき、この3種類の支援も正の相関がある(図表⑤)。

図表⑤ 職場学習論の確認的因子分析モデル

図表5_s.jpg出典:中原淳「職場学習論:仕事の学びを科学する」(東京大学出版会)2010,p.57

支援の担い手は、職場の分野による違いがみられるものの、全体傾向は以下のようになる。
・業務支援→ 上司 > 上位者・先輩 > 同僚・同期 >> 部下・後輩
・内省支援→ 上司 > 同僚・同期 > 上位者・先輩 >> 部下・後輩 
・精神支援→ 同僚・同期 >>> 上位者・先輩 > 部下・後輩 > 上司

さらにこの研究では、上司の「精神支援」「内省支援」、上位者・先輩の「内省支援」、同僚・同期の「内省支援」「業務支援」が、能力向上に資するということが結論づけられている。このような職場での重層的な支援(図表⑥)によって、職場における個人は成長を続ける。とくに、「自分について客観的な意見を言ってくれる」「自分に振り返る機会を与えてくれる」といった行動に代表される内省支援は、上司、先輩、同期など周囲の多様な立場からの働きかけが有効と言える。

図表⑥ 職場における学習支援の例

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では、同様に大学生の学習支援者を考えた際、支援を担う対象は誰になるだろうか。職場と同じように、同期、先輩、後輩が存在するほか、上司に近いポジションに教員、そしてその他の存在(⑤)には、学内の職員やカウンセラー、学習活動に伴う関係者、ゼミ活動や正課外活動等で関わる多様な他者、アルバイト先やインターンシップ先等が挙げられるだろう。

図表⑦ 大学教育における学習支援者
図表7_s.jpgしかも、ひとりの学生は複数のコミュニティに関わることによって、このコミュニティサークルを複数有することができる。「大学生の日常」には、実に多面的な学習支援を受けられるチャンスが潜んでいるとも言える。

ゼミで生まれる多様な関係性に着目して

我々ゼミナール研究会では、2019年度にさまざまなゼミの活動内容とゼミ生への聞き取り調査を行った。その際に確認できたのは、実に多様な内省の機会がゼミ活動の中に埋め込まれているという事実である。図表は、その中の代表的なモデルだ。同期、あるいは先輩ゼミ生とのつながりによる精神支援が高いベースギフトをもたらし、教員を筆頭とした様々な人たちからの内省支援が、高いクエストギフトをもたらしていると考えられる。また、その中の誰が「異質な他者」となるかは、学生個々によって異なるようだ。コミュニティの多様性が、「異質な他者」の発生確率を高めていると考えられる。

図表⑧ ゼミにおける支援環境の例

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次回は、ポストコロナの専門ゼミの役割や可能性について論じていく。

(※1)中原淳『職場学習論:仕事の学びを科学する』東京大学出版会, p.57 ,2010