中高年社員ならではのリスキリングの探索学んだデジタル技術を社内副業制度で即実践。営業担当社員へのデジタルマーケティング研修(東京海上日動火災保険)

佐々木正山氏
東京海上日動火災保険 デジタルイノベーション部 次長
吉村歩美氏
東京海上日動火災保険 デジタルイノベーション部 マネジャー

Tokio Marine DX Academyの概要Tokio Marine DX Academyの概要出所:東京海上日動火災保険より提供
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東京海上日動火災保険(以下、東京海上日動)では、DX(デジタルトランスフォーメーション)人材育成(Tokio Marine DX Academy、右図)の一環としてデジタルマーケティング研修に力を入れている。この取り組みは、営業担当の社員がデジタルマーケティングのノウハウを習得することで、代理店のデジタル活用を促進し、データに基づいた集客戦略を支援するものである。同社の中高年層は、研修の企画や代理店におけるデジタルマーケティングの展開といった実務に携わりながら自分もデジタルマーケティングを学べる社内副業制度への参加意欲が高いという。デジタルマーケティング人材の育成と効果について、デジタルイノベーション部でDX人材育成の責任者を務める佐々木正山氏と、デジタルマーケティングソリューション開発の責任者を務める吉村歩美氏に聞いた。

東京海上日動の社員が進める、代理店の集客方法のDX

保険会社のビジネスモデルはB2B2Cであり、保険商品を組成して代理店を介して顧客に提供するというのが基本形である。つまり、顧客に対して保険を直に提案し、契約後のメンテナンスを行うのは代理店の役割である。従来、このプロセスはアナログであった。代理店では顧客と対面で話し、紙で申し込みを受け付ける。集客方法では、どの施策が実際に効果を上げているのかを詳細に検証できていないまま、個人の営業の勘や、過去の成功事例を基に、取り組みを行っていることも多かった。「メールのキャンペーンがどの程度の申し込みにつながっているのか、ホームページの訪問者数はどのぐらいなのかといった、数字に基づく営業活動をする必要がありました」と佐々木氏は説明する。また、「保険の商品は各社の違いが見えにくい。デジタルマーケティングは、当社の商品の魅力を顧客に届ける新しい武器になると考えました」(佐々木氏)。

そこでデジタルイノベーション部(以下、DI部)が旗を振り、代理店がオンライン上で商品の魅力を届けたり、顧客データの管理を行えたりする「デジタルマーケティングプラットフォーム」を開発した。しかし、代理店にこのプラットフォームを利用してもらうためには、デジタルマーケティングの知識を持つ人が導入と運用に伴走する必要がある。代理店は全国に4万~5万店舗あるため、DI部の人員では対応しきれない。代理店の担当者と既に信頼関係を構築している営業担当の社員に、デジタルマーケティングを学んでもらい、伴走してもらうことにした。DI部はまず、各地域にいる営業推進のキーパーソンを対象に勉強会を開催しながら、人事企画部と連携して全社員が受講できるオンライン研修プログラム「デジタルマーケティングユニバーシティ」(以下、デジユニ)を展開した。

保険業界に特化した学習コンテンツを内製

デジユニ

デジユニのコンテンツは内製し、社内にいるデジタルマーケティング専門のキャリア入社の社員が講師を務めている。代理店には事業形態によって「専業代理店」「企業代理店」「ディーラー」などの種類があるため、それぞれの特性に合わせた講座を推奨している。

営業担当社員には若手も多く、アナログな集客方法と世間のデジタライゼーションのスピードとの乖離に日頃から課題感を持っていたため、デジタルマーケティングの重要性をすぐに理解したという。しかし、若手だけが理解しても大きな動きは期待できない。DI部は、部長やマネジャー層に向けて試験的にデジタルマーケティング講座を開催した。

「上級職ほど、学んだ内容をどう自分たちのマーケットに生かしていくかを考えるので、保険業界特有の事例を含めたコンテンツ作りを工夫しました」(佐々木氏)。すると、翌日には自分のチームにも講座を勧めたり、顧客に対してソリューションの導入を促そうとチームに発破をかけたりといった効果が得られたという。上級職の特性を踏まえ、リテラシー向上の機会を提供する取り組みが、現場の動きを加速する推進力になったことがうかがえる。

課題意識を持つ中高年社員には、「学びと実践の同時提供」が効果的

営業部門の中高年層は組織をまとめる役割を担う人が多く、今まであまりデジタル技術を使わずに成果を上げてきたが、「『お客様である消費者の行動がデジタルシフトしているのだから、自分も変わらなければ』という当事者意識がある人が一定数います。そのようなベテラン社員は、より実践的な学びを求めて、社内副業制度に手を挙げています」と、吉村氏は話す。

東京海上日動には社内副業制度の「プロジェクトリクエスト制度」という、全国の社員が商品企画や人事企画などのコーポレート部門にプロジェクト単位で参画できる仕組みがある。現在は70を超えるプロジェクトに約400人の社員が参加しており、業務時間の1割程度をプロジェクトの活動に使っている。現業のスキルアップにつながるプロジェクトに応募することが一般的で、本社にとっては、コーポレート部門で企画した施策を、現場の社員に展開してもらう機会にもなっている。

DI部でも、社内副業者を受け入れている。「同制度では、4~5月に募集と選考を行います。従来の集客方法を変革する熱い気持ちを持っていて、コミュニケーション能力やデジタルへの興味、スキルが高ければ年齢は関係ありませんから、中高年の参加者もいます」と佐々木氏は語る。

DI部のプロジェクトに参加するメンバーは、まず2~3カ月かけてデジタルマーケティングの知識やスキルをインプットした後、年度末までプロジェクトに携わる。プロジェクトの内容は、デジユニのコンテンツの企画、デジユニの講師、代理店でのデジタルマーケティングプラットフォーム展開など、参加者が希望する体験や持っているスキルによって異なる。自ら手を挙げた機会であること、実務の機会が確約されたうえでの学習であることが、中高年層を含む参加者の学習意欲を高めていると考えられる。とはいえ既にデジタルマーケティングに取り組んでいる代理店に対しては高度なサポートを必要とする場合がある。その場合はDI部が並走するため、参加者はプロジェクトを進めながら学びを深めることができる。

DI部のプロジェクトにおける中高年社員の存在は、若手社員にも好影響を与えている。新しいソリューションの展開にはトラブルがつきものだが、ベテランならではのトラブル対応への強みがあり、若手の安心感につながっている。また、中高年社員が新たなデジタルスキルを習得している姿は、若手への良いプレッシャーにもなるという。

中高年を巻き込んだデジタルスキル研修で、顧客からの信頼も高まる

東京海上日動のリスキリングへの取り組みで特徴的なのは、業界に特化したコンテンツで、マーケットや業務で即応用が利く学びを届けていること、それによって中高年の学習意欲を刺激し、変革の原動力となっていることと言える。

代理店向けデジタルマーケティングプラットフォームの展開から1年経ち、同社ではデジタルマーケティングを活用する機運が高まったほか、代理店との関係にも変化が表れている。たとえば、ウェブ解析ツールのGoogle Analyticsの権限を担当の代理店から得て、主体的に分析レポートを作成して施策を振り返り、次の施策を提案するようになった社員がいる。「このような働きかけが代理店さんの信頼を深めています。社員がデジタル技術のノウハウを活用する価値を感じて積極的に代理店に提案するようになると、代理店さんのほうからさらなるデジタル化の推進に向けたご相談をいただくようになる。そんな好循環が少しずつ回り始めたと実感しています」(吉村氏)

東京海上日動火災保険株式会社
1879年創業、本社所在地は東京。全国に拠点を持ち、個人と企業を対象に、自動車保険をはじめ、火災保険や傷害保険などの商品・サービスを提供する。従業員数約1万6000人。

聞き手・執筆:石川ルチア