専門家が語る。創造性を引き出す知恵「エピソード」の共有が、職場にイノベーティブな対話を生み出す  藤沢勇輔氏

リモートワークの普及で同僚と接する時間が減る中、かつてのように「飼っている猫がこんなことをした」「この間こんな映画をみた」など、たわいもない話をする機会は減っています。一方で、一部の企業や企業内コミュニティでは、メンバーが自分の関心事や仕事を離れた気づきを「エピソード」として共有できるツールを導入し、対話の糸口を作るという、人為的に雑談を復活させるかのような動きがみられます。
チームやコミュニティの活性化を支援する対話ツール「OFFHACK®︎」を開発・提供するSwapの藤沢勇輔CEOに、今なぜ職場で「エピソード」の共有が求められているのかを聞きました。

03_220x160.jpg【プロフィール】 藤沢勇輔(ふじさわ・ゆうすけ)
慶應義塾大学(SFC)卒。新卒でDeNAに入社し、リクルートを経て2018年、Swapを創業。現在、企業向けSaaS、さまざまな共創プロジェクトで社会実装に取り組んでいる。

要件1:等身大の自分でいられる職場

ありのままの自分を認めてもらうことが、ビジネスパーソンを幸せにする

当社の開発したツールは、コミュニティのメンバーがエピソードを投稿することで、「ありのままの自分」を相手に伝え、等身大の気づきや対話を促すためのオンラインツールです。

就職から起業というキャリアを通じて多くの人と出会う中で、ビジネスパーソンの幸せは昇進やKPI、売上、評価といった、目にみえる結果だけでは得られないと思うようになりました。こうした成果は、時代の流れや上司・同僚、顧客との相性など偶発的な要因に大きく左右され、必ずしも自分の力が正しく報われるとは限らないからです。物理的な成果より、むしろ人とのつながり、等身大の自分を認めてもらう、という経験を積み重ねた人ほど、幸福を感じていることにも気づきました。職場やプロジェクトのメンバーがありのままの自分を表明し、さらにお互いの姿を認め合えるという環境が、ビジネスパーソンに幸せをもたらすのです。

旅行に行ったらその地方独特の面白い習慣を見つけた、子どものころこんな経験をしたといった話に、本人の人となりや育ちから来る価値観、日々の経験からの気づきや好き嫌いなどがにじみ出てきます。職場のメンバーが「エピソード」を発掘することで、自分の内面と向き合い、考えを整理し、言語化する力も培われます。

職場で「エピソード」を語る機会はこれまで、飲み会やランチなどリアルのコミュニケーションが中心でしたし、対面で話すことの価値は交流イベントを含めて今後も継続するでしょう。ただ忙しいビジネスパーソンの「可処分時間」を奪わないよう、オンラインかつ短時間で共有できれば、リアルの対話もより円滑に進むはずだと考え、ツールの開発に至りました。


要件2:「自分を発信したい、話を聞きたい」と思える文化

多様で共感的な反応を引き出し、心理的安全性を高める

仕事以外の話題も含め、相手を多面的に理解することは、メンバー同士が心理的安全性を高めることにも役立ちます。例えばあるメンバーが「猫好き」だという情報が共有されていれば、その人から体調不良の連絡が来た時、自然に「猫ちゃんの世話、大丈夫ですか?」と、共感的な反応を返せるでしょう。一方、発信したほうも「同僚は自分の話をちゃんと聞いてくれていた」と考え、安心感と自己肯定感が高まります。

また「上司の話」はなぜかとてもつまらなく感じてしまう、上司の同席する場では遠慮や忖度から本音が出ない、といったことはどの職場でも起こりがちではないでしょうか。

とりわけ近年は、飲み会や対面での会議が少なくなる中で、上司が部下の人となりを知ったり、自分の思いを伝えたりすることが難しくなっています。しかし上司自身が「スタートレックが好きなんだ」などと個人としての趣味や好みを伝えることができれば、部下たちと肩書以外でのつながりを持つことができます。

上司がカジュアルな話題を持ち出すことで、部下も「こんな話をしてもいいんだ」と認識し、自分について発信しやすくなるという好循環も生まれます。例えば人となりを多面的に知れるSNS採用がとても流行っていると聞きますが、そのような余白がありオープンな職場の文化がZ世代を中心により求められていくのではないでしょうか。

職場が「イノベーションを起こすためには対話を促す必要がある」「心理的安全性を高めるために、対話と傾聴を重視すべきだ」と考え、堅苦しい枠組みを用意すると、逆に自発的で活発な対話は生まれなくなってしまうと思います。まずはメンバーが幸せで職場を楽しんでいて、自分に起きたことを仲間に発信したいと思える職場を作ること。楽しくて面白い話なら、受け取る側も自然にワクワクして、話を聞きたくなります。職場にこうした余白を持つ文化を醸成することで、結果として活発な対話が生まれます。


要件3:本音の表明と共感的な反応

「満員電車に乗りたくない」への共感が、イノベーティブな発想を促す

今の職場では目の前に課題があっても、上司や取引先への忖度などが入り込んでメンバー同士の本音の議論が行われず、打ち出された対策も何の解決にもならなかった、ということが少なくありません。

しかしメンバーが安心して等身大でいられる職場でなら、例えば「今日は満員電車に乗りたくなかった」という思いを素直に発信することができます。受け取る側もその言葉に「分かる。満員電車、嫌だよね」と共感的に反応し「では乗らないためには、どんな方法が考えられるか」という、前向きでイノベーティブな対話へと発展するのです。ありのままの自分や素直な思いを共有できない職場では、変化の種を生み出すような対話を行うことは難しいでしょう。

他人に本音を表明し、それを相手に認めてもらいたいという願望は、ほとんどの人が持っていると思います。例えばエンジニアには「技術の話は好きだが、人にはあまり関心がない」という人もいますが、話を傾聴すると、そんな人ほど人一倍コミュニケーションを大切にして承認欲求が強かったり、家族を大事にしていたりします。

だからなるべく多くのビジネスパーソンに、等身大で仲間と対話する「文化」に触れてもらいたい。肩書きや背伸びで自分を良くみせる必要などありません。ツールを通じて、共感し合える職場づくりの役に立てればと思いますし、最終的には、誰もが健康的でありのままの自分でいられる社会を実現するための力になりたいと考えています。

創造性を引き出す方法
自分の内面と向き合うことや他者と対話することを通じて、
価値観を情報として切り取る習慣を身に付けることが必要です。
価値観は幼少期から今に至るまでの原体験に紐づいていることが多く、
原体験を掘り起こす中で、ワクワクを認知できると思います。
そのうえで、未来思考で対話できるつながり(仲間、友人、メンター)を持つことが、
創造性を高めるのに役立ちます。
――藤沢勇輔

執筆:有馬知子