人生100年時代×テクノロジー 学びはどう変わる?「学習とコミュニティの未来予測の視界から」インスティテュート・フォー・ザ・フューチャー サラ・スカヴィルスキー氏

~学習とコミュニティの未来予測の視界から~
インスティテュート・フォー・ザ・フューチャー
リサーチディレクター
サラ・スカヴィルスキー氏

「物事が急速に変化する世の中では、人々にとって学ぶことは必然であり、過去に学んだ内容を捨てたり、新たに学び直したり、方向を変えたりしていく必要がある」。こう語るのは、シリコンバレーの北部・パロアルトに本拠を置くシンクタンク、インスティテュート・フォー・ザ・フューチャーでリサーチディレクターを務めるサラ・スカヴィルスキー氏だ。10年間の予測プログラムの研究者として、世界中の政府、教育機関、企業、財団、非営利団体と協働しながら、教育、コミュニティ組織といった分野で、将来のアイデアを描いている。氏の視界には、どんな未来が見えているのだろうか。

物事が急速に変化する世の中で、
学び続けることは人々にとって必然

――これからの学びはどのように変わっていくと思いますか?

これまでは、人生の決まった時期に学校で学び、その後、社会に出て働くというのが、世界中で当たり前のことでした。しかし、物事が急速に変化する世の中では、人々にとって学ぶことは必然であり、過去に学んだ内容を捨てたり、新たに学び直したり、方向を変えたりしていく必要があると思います。"教育"であれ"学習"であれ、呼び方はどうあれ、人々が学び続けることが必要になるのです。"教育"という言葉は、"学び"よりもフォーマルなものとして使われる傾向がありますが、"学び"というと、もっと豊かなプロセスを指すように思います。私は、人々がこれから残りの人生のなかで、豊かな学びのプロセスを享受していくようになると考えています。

――そのような学びの変化は、どのようにして実現するのでしょうか。

テクノロジーが果たす役割はとても大きいと思います。問題は、そうした学びの変化を、どのようなタイプの技術がサポートできるかということです。現在の"教える"という行為は、とても一方的で、学習者一人ひとりの興味・関心にはおかまいなく、教室のなかにいる人すべてが、同じ情報を受け取るようになっています。これは、人の持つ感覚を貧しくさせるやり方です。

私は、テクノロジーの進化によって、こうした一方的なやり方を変えることができると考えています。知識は、あらかじめ紙に書かれていることだけでなく、インターネットなどからも得られるようになりました。ですから、人々の興味は、知識を得ることそのものよりも、得た知識や情報を「どのように使うのか」「何がしたいのか」「何をするのか」という方向へシフトしていくでしょう。

またテクノロジーによって、私たちが獲得したあらゆるタイプの学習経験は、ほんの小さな学習経験でも、ブロックチェーンの技術を使って学習履歴を残すことが可能になります。小さな経験の一つひとつを束ねて統合したり、集積したり、再編集したりできるようになり、大学の学位のような、時間やお金のかかった証明書が与えられなくても「この人は何を学んできたのか」という履歴を証明することができるようになるのです。ただし、その手法はまだ確立しておらず、今後の課題となっています。

変わりたいときに変わっていける。
テクノロジーがキャリアを拡張する

――学びとキャリアの関係についてはどのようにお考えでしょうか?

個人が、自分の興味に沿ってキャリアパスを選ぶということは、確かに正しいことかもしません。けれども、すべての人が、1つのキャリアパスにこだわって進んでいくと考えるのは、すこし危険なことではないかと思うのです。自分の興味を理解できれば、新しい人と人をつなぐアルゴリズムはあると思います。学びと仕事の機会はつながっていくべきで、テクノロジーはそれを助けてくれるでしょう。しかし、世界が変化し続けるなかでは、「これが私の仕事です」「これが私のキャリアです」と、1つに決めてしまう必要はなく、変わりたいときに変わっていけるというのが、未来の姿だと思うのです。テクノロジーは、人ができることを拡張してくれます。自分の住んでいる町にはない仕事に取り組むことだってできるし、今よりももっと簡単に、国際的に働くことだって可能です。機会が広がるんです。

――学びと仕事をつなぐテクノロジーについて現時点で見えている課題があれば、教えてください。

私たちが今直面しているのは、均等性という問題です。たとえば、先ほどお話しした小さな単位での学習履歴を認証する方法としてバッジシステムがありますが、環境や背景によってバッジの基準がまちまちであることから、共通性や統一性といった点に問題が生じています。仮に、2人の人を面接して、どちらを雇うか考えるとき、それぞれがいくつかのデジタルバッジや学位を持っていたとします。そのバッジや学位の評価がどちらが上なのか、レベルを測るための基準がわからないのです。これまで、この大学を卒業していたなら、ここまで到達しましたという相場観を持って測っていたわけですが、細かく多様な学びがあることによって、基準が見えづらくなってしまった。複雑になったということです。多くの人がその問題を感じていて、バッジシステムはやめてしまおうということで、ルーブリック(評価基準段階表)形式のものに移行する人たちも出てきています。こうした議論の背景には、権威志向に対する反感といったものもあるのかもしれません。今は、ハーバードの学位とオンライン上の学位にはどのようなスキルの違いがあるのかといった、議論の真っただ中にいると思います。私自身は、基準を整えるという方向ではなく、各評価機関が認定するという方向にいくような気がしています。

学び続けるモチベーションを支えるのは、
コミュニティやメンターの存在

――一方で、学び続ける意欲をどう引き出すか、その答えは見つかっていません。

自主学習というのは、ほんとうに難しい。生まれつきモチベーションの高い人もいるかもしれませんが、多くの人はそうではありません。どんなにテクノロジーによって、レコメンデ-ションシステムが発達したとしても、家族を養うために仕事をしているなかで、時間を捻出するのは容易ではありません。また人々は、そんなにセルフモチベートされているわけではないので、自ら進んで学び続けるのも困難です。学習意欲を喚起するために、私の経験からいちばんよい例だといえるのは、メンターまたはアドバイザーの存在です。何かを決めるとき、また継続するとき、ケアをしてくれる人の存在はとても大きいですね。この役割は、AIがとって代わることはできないと考えています。感情的な反応―他者に対する思いやりや、共感―といった部分で、テクノロジーは人間に及ばないと思うからです。あれをしたい、これをしたいといったときのクエスチョンに、適切に答えられるのは、やはり人なのではないでしょうか。

――アドバイザーやメンター、コミュニティといった人の存在が重要だということですね。

そうです。同僚や同じことを学ぶ仲間は、モチベーションをサポートしてくれる存在です。お互いが頼りになる、お互いが信頼できるといった意味で、とても大切です。インターネットや同窓生ネットワークを通じて、オンライン上で仲間を探し、チャットを使って交流するといったことも可能です。いくつかのコミュニティの場を持つことで、一緒に会ったり、コラボレーションしたりといったことも楽しめますよね。Face to face に代わるということはありませんが、違ったかたちでの交流ができるでしょう。人間同士の交流はそれほど重要ではないと考える人もいるでしょうが、多くの人たちはパートナーを必要としていると思います。

執筆/鹿庭由紀子
※所属・肩書は取材当時のものです。

プロフィール

Sara Skvirsky(サラ・スカヴィルスキー)
Research Director, INSUTITUTE FOR THE FUTURE
Ten-Year Forecastプログラムの研究者。教育、コミュニティ組織のまとめ役、社会的正義の擁護活動といった、これまでのさまざまな分野での経験を研究に活かしている。IFTF内で行われている学習の未来に関するさまざまな研究を主導しており、政府、教育機関、企業、財団、NPOなど、世界中の組織と協力することで、急速に変化する教育と仕事を取り巻く状況の把握に取り組んでいる。

個人や組織に対し、将来についてより効果的に考え、準備する上で必要なツールを提供することに積極的に努めており、2014年には、将来についての考え方や将来を展望する方法を身につけるためのコースやツールを開発するForesight StudioをIFTF内に立ち上げた。また、IFTFが提供するオープンオンライン予測プラットフォームであるForesight Engineを活用した複数のプロジェクトの中心メンバーとして、多くの利用者に対し、未来という複雑な概念について考えるよう働きかけている。