対話型学びのモデルとは何か答えのないものを学ぶ。―ケネス・ガーゲン氏インタビュー【前編】

4つの対話型学習モデルでは、「学ぶ」行為をより広く、「考え方を変えること」として、4つの対話モデルを紹介してきた。
第2章では、モデル3の自分も他者も「知らない」探究の領域について、ケネス・ガーゲン氏へのインタビューをもとに記していこう。

ケネス・J・ガーゲン(PhD.Kenneth J. Gergen
ペンシルベニア州スワスモア大学名誉教授。社会構成主義の理論と実践を基にした著作を多数発表している。『社会構成主義の理論と実践―関係性が現実をつくる』『あなたへの社会構成主義』『現実はいつも対話から生まれる』。近著は『関係からはじまるー社会構成主義がひらく人間観』。

テクノロジーは学びをどのように変えたのか

辰巳)私たちは、テクノロジーの進化が学びの概念を変えた、というレポートを作成しました。近年の「学ぶ」という行為の変化についてどのようにお考えでしょうか。

ガーゲン氏)テクノロジーの進化は、コミュニケーションの在り方を大きく変えました。それと同時に、人と人との関係性にも変化をもたらしました。これによって職場の関係性も変わり、組織の学習も変わり、「人から学ぶ」という行為も大きく変化してきたわけです。
例えば、「教室で先生から学ぶ」というパラダイムそのものが、今どんどん消えてなくなろうとしています。私はこれをモノロジック(mono-logic)と呼んでいるのですが、先生方のほうにすべての知識があって、それを生徒にすべて与えて、与えたものをテストして覚えたかどうかをチェックする、そういうやり方はどんどん消えつつあると思います。

辰巳)「先生が知識を伝える」という方法が消えつつあるということですが、その理由をあえて言うとどういうことなのでしょうか。

ガーゲン氏)まず、情報や知識の蓄積量は今後もただ右肩上がりに増えていくということが理由です。ひと昔前は、とにかくある程度の知識量を詰め込んでおけば一生安泰という状態だったのが、もはやそんな状況ではなくなってきています。
さらに、教育と一言で言っても非常に多様で、「どのような教育を受けておくのが一番よいのでしょう?」という質問そのものが根幹から揺るがされています。「すべての人にとって一番よい教育」というのはもはや存在しません。モノロジックというのは、すべてのものをスタンダード化、一般化してしまうやり方で、これだけを学んでおけばとりあえずは大丈夫、というものの考え方です。今後は、複数のやり方、複数のコンテクスト(文脈)を学んでいくことができるような環境が必要になります。

学びはモノロジックからダイアロジックへ

辰巳)複数の文脈を学ぶということについて、もう少し詳しく聞かせてください。それは新たな考え方やアイディアを生み出すということにどのようにつながってくると思いますか?

ガーゲン氏)ワークス研究所のレポート(※)にもあったように、学ぶということは、情報をインプットするということだけでなく、それを使って何かをしていかなくては意味がないわけです。そのためには、これまでのモノロジカルな学習方法とは異なる、「複数のソースからのインプットをどうやって統合するのか」ということについての学習が必要になります。

辰巳)私は今大学で教えていますが、大学生に「あなたの学び方を教えてください。」と尋ねると、「友達に答えを説明しながら試験勉強をする」「ツイッターで自分の意見に対するフィードバックを得る」など、既に彼らはインプットとアウトプットをうまく使いながら学んでいることがわかります。自分の考えを新しいもの、または、違うものに発展させようとしている学生もいるように思います。

ガーゲン氏)近年のプロジェクトベースドラーニングは、学び方の変化の兆しであるとも言えるでしょう。アクションラーニングや問題解決型の学習と呼ぶ人もいます。
何らかのゴールがあって、そのゴールに向けて何を学んだらそれを解決し、達成することができるのか。例えば橋を造るのがゴールだとしたら、どうするのか。すてきな菜園を作るとしたら、どういうガーデニングをしたらいいのか。リサイクリングをするとしたら、どうしたらいいのか。より燃費の良い車を作るとしたら、どうしたらいいのかといったような形から学びを始めることになります。
ここで1つ、考えておきたいとても重要な視点があります。「プロジェクトベースドラーニング」と言った時に、それは1人でできるものか、という視点です。1人ですることも不可能ではないかもしれませんけど、基本的にはたくさんの人がそこに集まって、一緒に何かをやっていくことが大前提になります。そうなると、複数の意見がそこには飛び交うわけですし、複数のソースから複数のインフォメーションが入ってくる状態で行われるということになります。

辰巳)学ぶという行為が変化する中で、多様な意見をどのように統合・構築につなげていくかが次の課題になるということですね。

ガーゲン氏)そうです。多様な人からの多様な情報が飛び交う場、すなわち、ダイアロジックプロセス(dialogic process)が構築されるのです。互いに話し合って、LearnActが両方同時に動くような形で学習が行われていきます。学びをともなった行動が起きるということです。
クリエイティビティとイノベーションということについて考えてみたいと思いますが、これらは、そもそも「関係性」の中から生まれてきているという点についてお話したいと思います。例えばアインシュタインです。彼は非常にクリエイティブな人であったとほとんどの人が言うでしょう。しかし、アインシュタインは1人で何かをパッと思いついたわけではなくて、彼には非常にたくさんのコミュニティがあったと言われています。彼の奥さんも非常に重要な役割を担っていました。彼はコミュニティの中で、自分のアイディアをシェアしたり、話し合ったりして、そこから彼の多くの発想や発明が生まれてきたと言えます。つまり、イノベーションに対話が貢献するということなのです。

辰巳)どうすればダイアロジックな場をつくることができますか?

ガーゲン氏)そうですね。ダイアロジックプロセスをうまく進めるために、とても大事なことがあります。
昔のモノロジカルプロセスをもう一度振り返ってみましょう。モノロジカルな在り方には、何かを学んだ後に必ずテストがあります。モノロジックとテストというこのコンビネーションは、「人々の関係性を分断する」という現象を生み出します。なぜなら、答えは1つなので、一人ひとりが黙々と自学自習することが求められるからです。
そのような環境では、今私たちが話しているような、クリエイティブなやりとりや話し合いの余地はありません。標準化されたテストの中でひたすら高得点を目指すという環境の中では、対話は生まれないのです。

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後編に続く