機械化・自動化で変わる働き方 ―医療・介護編目指すのは介護の質の向上。利用者のためのケアをさらに手厚く(善光会)

【Vol.4】社会福祉法人 善光会 理事 宮本 隆史(みやもと たかし)氏

労働集約型産業と言われる介護サービス業界は、「2040年問題」で人材の需給ギャップが大きく広がる業界の1つだ。そうした状況を見据え、善光会では、ロボット、IT、福祉機器・器具の研究、開発、導入を行う「介護ロボット研究室(現 介護ロボット・人工知能研究室」を2013年8月に設置。介護業務のデジタル化を支援するアプリケーションを開発するなど、介護業務の負担軽減と生産性向上に取り組んできた。これらの動きを牽引する同会理事の宮本隆史氏に、これまでの成果や職員の意識・働き方の変化を聞いた。

生産年齢人口の急減を前にロボットやICTを積極導入

善光会は2005年、東京都大田区に法人を設立し、2007年4月には日本最大級の複合福祉施設「サンタフェガーデンヒルズ」を開設。その後、大田区を中心に各種の介護施設・事業所を開設、運営している。同会では利用者の自立支援、快適な生活環境の提供、介護者の負担軽減、業務の効率化を目指し、介護ロボット・ICTの導入や業務オペレーションの改善を積極的に行っている。2009年のロボットスーツHAL®福祉用に始まり、これまで数多くの介護ロボットを導入し、検証を重ねてきており、2013年には「介護ロボット研究室」も開設した。さらに2017年に「サンタフェ総合研究所」を立ち上げ、グループで蓄積した介護ロボットやICTの導入経験を基に、福祉事業者や介護機器メーカーに向けた支援事業も展開している。

ロボットスーツ「HAL月要タイプ介護・自立支援用」(左)と移乗サポートロボット「Hug」ロボットスーツ「HAL®腰タイプ介護・自立支援用」(左) と移乗サポートロボット「Hug®」

こうした先進的な取り組みを進める理由の1つが、介護需要の高まりとは逆に、生産年齢人口が急減する「2040年問題」だ。第二次ベビーブームに生まれた「団塊ジュニア世代」が65~70歳を迎え、2025年よりもさらに高齢化が進むことで起こる介護人材不足などの諸問題を指す。「当会の人材採用は比較的堅調ですが、介護業界全体では既に人材不足は顕著で、その傾向は今後ますます強まるでしょう」と宮本氏は言う。

介護保険法により介護施設に配置すべき介護職員、管理者などの人数が決まっている。例えば一般的な特別養護老人ホームでは利用者3人に対し、介護職員または看護職員1人(常勤換算)の割合での配置が求められる。しかしながら、実際の介護現場では3対1でもマンパワーが足りず、多くの施設で利用者2人に対し介護職員1人となっている現状がある。こうした状況下での業務効率化について、宮本氏は「スタッフ数の削減や作業時間短縮が図れたとしても、それによって利用者の満足度が下がったり、介護職員の負荷が増したりすれば、介護サービス事業として適切な運営とは言えません」と、単純な合理化が人材不足対応への“正解”ではない点を強調する。

「例えばロボットスーツを着用すると作業時間はやや長引きます。しかし、介護スタッフの腰痛を予防することが、結果的に利用者の満足度向上につながります。このように効率性だけでは判断できない取り組みもあります」(宮本氏)

介護本来の業務に充てる時間を増やすための効率化

同会では業務の効率化を適切に行うため、まず、介護職員の業務内容を調査することからスタート。スタッフが利用者に直接サービスを提供する「直接介助」、間接的に利用者と関わる「間接介助」、事務的な作業を含む「間接業務」に分類した。

「この中で直接介助は大幅な効率化や機械への置き換えが難しく、介護サービスの本来業務とも言える部分。人材不足への対応としては、介護ロボットやICTの導入、業務オペレーションの改善などで、まず間接介助の負担を軽減し、間接業務の比率はほぼ0を目指しました。これにより、人の手による直接介助の業務比率を70~80%に引き上げ、全体として業務の効率化を図ることができます」(宮本氏)

もともと、介護職に就く人の多くは利用者との触れ合いにやりがいを見出しているため、直接介助の比率を増やす施策は仕事への満足度を高めることにもつながっている。

特別養護老人ホームの介護職員の平均的な業務内容(同会調べ)特別養護老人ホームの介護職員の平均的な業務内容(同会調べ)

善光会の特別養護老人ホーム「フロース東糀谷」では、2015年に利用者1.86人対介護職員1人(前述した介護現場の現状である2対1と同等)だった人員配置が、2019年には2.8対1(介護保険法の基準である3対1に近い)となるなど、業務の効率化を実現した。同施設の主な取り組みとしては、業務オペレーションの見直し、清掃・情報共有など間接業務の時間短縮、見守り・巡回を中心とした間接介助の負担軽減、排泄への対処などの負荷軽減があげられる。

例えば情報共有・コミュニケーションでは骨伝導インカムやSNSによるスタッフ間の情報伝達、清掃にはロボット掃除機の利用、見守り・巡回には各居室へのセンシングデバイスの導入、などだ。また、広大な施設を移動する時間と労力を軽減するため、夜間には立ち乗り電動二輪車も利用している。

骨伝導インカム骨伝導インカム

排尿予測と睡眠のデータで見守り・巡回の回数が激減

マットレスの下に敷く「眠りSCAN」マットレスの下に敷く「眠りSCAN」

宮本氏が介護施設での効率化の対象として着目するのは、業務の約15%を占める見守り・巡回だ。高齢になると尿意に気づきにくく、膀胱の機能低下なども加わって失禁が多くなる。介護施設で行う夜間の見守り・巡回には、各居室に異常がないかを見回り、緊急時に対応するほか、排尿を希望する利用者のトイレへの誘導、失禁・排泄への対処などが含まれる。このため「フロース東糀谷」では、膀胱の尿量などから排尿のタイミングを予測して通知するデバイス「DFree Professional」(トリプル・ダブリュー・ジャパン)、マットレスの下に敷いて眠りの深さ・ベッドでの状態・バイタルを計測するシート「眠りSCAN」(パラマウントベッド)を利用。こうしたセンシング技術により、利用者の排尿のタイミングや眠りの深さなどを施設の管理室などから把握できるようになり、適切なタイミングでトイレに誘導できることが増えたという。

「眠りSCAN」のモニターイメージ「眠りSCAN」のモニターイメージ

「機器の導入によって月5回の夜勤が4回、3回になれば、社員数が同じ場合は夜勤回数を減らし、負荷を減らすことができます。フロース東糀谷でも以前は夜間に平均5回のトイレ介助を行っていましたが、現在は約3回と30%以上も夜勤業務の負担を軽減できました。特別養護老人ホームの場合は要介護度の高い利用者が多く、終始トラブルやコール対応に追われます。先進機器の導入により排泄のタイミングがわかるようになれば、トイレのタイミングではないときに起こす『空振り』や間に合わず失禁・排泄に至るケースも減り、利用者の安眠を妨げることもありません。職員も認知症の方の対応に特化できるようになり、業務負荷の軽減につながります」(宮本氏)

これまで各職員の経験で行っていたトイレ誘導も、センシングデバイスから得られる情報によって利用者の状態を的確に判断できるようになり、同施設での介護の質の向上、生産性の向上につながっている。

スマート介護プラットフォーム「SCOP」を同業者に提供

スマート介護プラットフォーム「SCOP」を同業者に提供善光会では介護ロボットやICT機器の連携をスムーズにする「SCOP(Smart Care Operating Platform)」の開発も行っている。介護ロボットやICT機器の種類・メーカーが多様化したことで、頻繁な操作アプリの切り替えが必要になるなど、かえって業務が煩雑になることがあったが、SCOPはこれを改善し、一元管理できるようにした。

「SCOP」ユーザー画面イメージ「SCOP」ユーザー画面イメージ

2018年にリリースされたiPhone向けのアプリ「SCOP Now」では、前述の「DFree Professional」「眠りSCAN」をはじめ、様々なメーカーのロボット・デバイスから得られる情報やアラートなどの一元管理が可能になる。利用者の状態が一覧できることで、「今からどの利用者に対応すべきか」という優先順位がつけやすくなり、業務の効率化につながる。同会の実証実験でも、夜間業務37%効率化、介護ロボット習熟度98%向上といった効果が見られている。

「介護サービスには中小零細事業者も多く、独自のアプリ開発などが難しいのが現状。そうした事業者を支援し、業界全体で効率的な働き方を模索する際に活用してもらえるツールになると思います」(宮本氏)

このほか、同会ではKDDI総合研究所が持つ顔認識技術および音声合成技術と、SCOPに集約される利用者情報を組み合わせたハンズフリー介護作業支援システムと、それを利用するデバイスとなるカメラ付きARメガネを開発中だ。顔認識で利用者を識別し、SCOPのサーバーから目の前にいる利用者の情報をARメガネ上に表示。音声でもスタッフに指示を行う。

「人材不足になればOJTによる人材育成も難しくなります。しかし、こうしたARメガネなどのサポートがあれば、経験が浅いスタッフもベテラン介護職の知見と同等の判断、例えば利用者への適切な声かけのほか、体内の水分量が減っているので飲み物を提供するなど、業務の質の向上が可能になると考えています」(宮本氏)

2040年までに全国の施設で2.5対1(利用者:介護職員)に

宮本氏は「介護現場では間接業務、間接介助から機械化・自動化が進んでいますが、2040年までには直接介助の一部スマート化も必要になってくるでしょう。それにより、利用者2人に対し介護職員1人となっている多くの施設でも、2.5人対1人程度まで効率化が進むのではないでしょうか」と予測する。

「いくら介護ロボットやICTを導入しても、それを使いこなせなければ業務は効率化できません。若い世代はスマホを扱うように簡単に判断して操作できますが、60~70代になると『どうやって立ち上げるの?』というところからのスタートでリテラシーに課題があります。また、『こんなものを使っても絶対よくならない』という先入観が先に立ってしまいがちです。やはり介護は『人ありき』で、働いている人が変われば現場も変わります。当会が設けた『スマート介護士』の資格試験は、介護の中でロボットやICTをどう使うか、それにより介護の質をどう高めるか、といった視点を養う基礎知識を習得するものです。これが、自分たちの施設では何から始めればいいのかを考える指針になればと思っています」(宮本氏)

善光会ではSCOPにより利用者から得られるデータを活用し、利用者にとって効果的な介護サービスを判断するための「介護アウトカム(臨床上の成果)」の創出を目指す取り組みも進める。

介護アウトカム有効活用の概念図介護アウトカム有効活用の概念図

「自立度の改善などのアウトカムを基に利用者ごとに適切な介護を選択でき、それによって介護スタッフの専門性を高め、業務の効率化も図れると考えています。こうしたアウトカムは、『利用者に対し、何人のスタッフがどんなサービスを提供したか』というプロセスで決まる現在の介護報酬を見直す材料にもなり得ます。それが適切な効率化を進める後押しになると期待しています」(宮本氏)

聞き手:坂本貴志村田弘美、高山淳/執筆:山辺孝能)