中小企業で進むリスキリングのリアル中小企業のリスキリング、鍵はどこにあるのか

DX実現の鍵として注目される「リスキリング」

日々進化するデジタル技術により、これまで紙や熟練社員の頭のなか、機械、そして顧客の間に散らばっていた情報をデータとして蓄積すること、そのデータの解析や再結合により業務効率や顧客価値を抜本的に改善したり、まったく異なる製品・サービスを提供することが可能になっている。DXの本質はこのようなデジタル技術を活用し、ビジネスモデルの根本的な変革を行うことにあるが、まさに2020年以降、日本でもDXに取り組む企業が増えている。

そして今、DXに不可欠の要素として認識が高まっているのが「リスキリング」だ。リスキリングとは、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で求められるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」を指す。とりわけ近年では、デジタル化とともに生まれる新しい職業や、仕事の進め方が大幅に変わる職業に就くためのスキル習得を指すことが増えている。

DXでは、価値創造プロセスに関わる人全員のリスキリングが必要になる

一般的にDXに関わる人材というと、デジタル技術を活用して新たな事業戦略を描く人材、大規模データを分析し価値創造に必要な知見を生み出すデータサイエンティスト、サイバー攻撃から個人や組織を守る情報セキュリティ人材、システム開発や運用を担うエンジニアや保守運用オペレータなど、一部の専門性を持つ人が想起されることが多い。

しかし、これら専門人材の確保や育成だけでは、DXの実現は難しい。企業がデジタル技術を用いてビジネスモデルを大きく転換しようとすれば、「どの事業領域で」「何を用いて」「どう稼ぐか」の構造が土台から変化する。それにともない価値創造のあらゆるプロセスで仕事内容が変わるため、多くの従業員のスキル再開発が不可欠になる。

デジタル技術を活用して、企業が新たな価値を創造していくためにも、モノづくりや顧客接点を担う人が新たなリテラシーを身に付けることが欠かせない。デジタル技術をいくら導入しても、その技術が現場の課題や顧客ニーズに対応していなければ成果は上がらない。そのような課題感や顧客ニーズをもっともよく把握し、デジタルによる解決策を提案できるのは、フロントラインの人々に他ならないためだ。

もちろん当面の間、仕事内容が変わらない人が残る可能性もある。その場合でも組織の多くの人がデジタル技術やツールを用いて価値創造することが常態化すれば、他者と協働したり意思決定するためのデジタルリテラシーが必要になる。つまりDXの実現には、全員のリスキリングが欠かせない。

このような認識の高まりを背景に、大手企業では幅広い従業員を対象として体系的にデジタル技術やそれを活用したサービスの動向を学ぶ研修を実施する事例が増えている。そのなかには、営業職や生産部門の従業員など、これまでデジタルスキルやリテラシーが必要と位置づけられてこなかった職種をカバーする事例も目立っている。

中小企業のリスキリングはまさにこれから

一方、中小企業では、今まさにDXへの取り組みが広がり始めた段階にある。情報処理開発機構(IPA)「デジタル時代のスキル変革等に関する調査」によれば、2019年度の時点ではDXに「取り組んでいる」と回答する企業の割合には、従業員規模1001人以上と1000人以下で大きな差があった。しかし2020年度調査では1000人以下の企業でDXに取り組む企業の割合が上昇しており、規模間格差が縮小する方向にある。今後はDXに意欲ある中小企業で、いかにリスキリングを実現していくのかが大きな課題となるだろう。

図表 従業員規模別にみたDXへの取り組み状況
企業規模別にみたDXへの取り組み状況※クリックすると拡大します
注:同調査の調査票より該当する設問では「昨今、デジタル事業の創出やビジネス変革を進めるデジタルトランスフォーメーション(以下、DXと略します)の取り組みが大きな課題となっております。こうした課題を踏まえ、DXへの取り組み状況やそれに携わる人材についてお尋ねします」とされており、各企業が回答にあたって想起するDXは上記の内容と考えられる。本グラフの出所となる企業調査の実施時期は2020年12月18日~2021年2月25日
出典:IPA(2020)「デジタル時代のスキル変革等に関する調査」


その時留意すべきは、中小企業のリスキリングでは、大企業とは異なる制約と機会があるということだ。一言で中小企業といっても、その中身は規模や業種、組織風土、デジタル化やDXの進捗などにおいて極めて多様であり、自社の状況に即したリスキリングの情報や機会を獲得することが難しい。総務や人事機能が1つの部署に集約されていることが多く、リスキリングの情報収集や計画、訓練を行う人的資源やリソースも限られる。このような特性は海外でも共通する部分が多く、EUは2019年に中小企業のリスキリングにフォーカスし、企業が参考にできるポイントや政策支援の事例を取りまとめた一連の報告書を公表している。

先行企業に聞く、リスキリングのリアル

一方、中小企業には機動力を持って変革を推進できること、デジタル技術によってどのような顧客・従業員体験を生み出していくのかについて経営者の声を届けやすいこと、スモールスタートで始めた成功事例を組織全体で共有しやすいことなど多くの強みがある。このような制約と強みを踏まえた、中小企業ならではのリスキリングの方法論が必要である。

以上のような問題意識から、リクルートワークス研究所は中小企業のリスキリングの方法論を探る研究プロジェクトを実施し、その一環としてデジタル化やDXで先行する企業へのインタビューを行っている。DXに成功する企業では必ずといっていいほどリスキリングが行われているが、そこには顧客接点やものづくりの現場の従業員がデジタル技術やサービスを利用して価値を生み出すための導線や仕掛けを用意すること、会社が必要とするスキルを実践的に学ぶ機会を創ること、データを用いて従業員が自律的に判断・行動できる環境を作ること、学びの希望を尊重する組織風土を作ることをはじめ、多様な方法が存在した。次回以降はそのインタビューより、中小企業のリスキリングのリアルを紹介していく。

執筆:大嶋寧子