シニアの労働市場を作り出す高齢者雇用の何が問題か

生涯現役社会が刻一刻と迫ってきている

2020年3月、改正高年齢者雇用安定法が成立した。同法では、70歳までの就業確保が規定されている。具体的には、65歳から70歳までの高年齢者について、①定年の引上げ、②継続雇用制度の導入、③定年廃止、④労使で同意した上での雇用以外の措置(継続的に業務委託契約する制度、社会貢献活動に継続的に従事できる制度の導入のいずれか)を講ずることが企業の努力義務とされたのである。
企業に対して、高齢者が働ける環境を整えるべきだという社会の要請は年々強まっている。生涯現役社会の実現が刻一刻と迫ってきているのである。

一方、このような状況に照らして、高齢者が働く環境は現在どのような状況にあるのか。実は、多くの高齢者はいまの仕事に概ね満足している(図表1)。仕事に対する満足度を年齢別に見ると、定年前後を境に仕事に対する満足度が急速に上昇していくのである。
給与が下がるにもかかわらず、高齢者は仕事に対してなぜ満足するのか。高齢期には仕事をほどほどにして生活にゆとりを持たせたいと思っているのかもしれないし、うまくいかない現状に対してあきらめの気持ちを抱きながら自身を納得させている可能性もあるかもしれない。

図表1 仕事に満足している人の割合と平均年収(年齢別)img01_01.jpg出典:全国就業実態パネル調査より作成

仕事の質が低下するから、給与が低下する

多くの高齢者が現在の仕事に満足している状況にあるなか、高齢者の就業環境に問題がないのかと問われればそうではない。
高齢者の仕事の質を分析してみると、そこには明らかな傾向が見て取れるのだ。すなわち、高齢期には給与が下がるのと同時に仕事の質も大きく低下していることがわかるのである(図表2)。
年齢ごとの仕事の質の変化を追うと、歳を経るにしたがって仕事の質が低下していくことが見て取れる。年齢を重ねるごとに仕事の質がレベルアップした人の数が減少し、逆にレベルダウンした人が増える。特に、60歳以降は仕事の質が低下する人が顕著に増えている。

高齢期に給与が下がるのは、つまるところ給与が仕事の質に連動しているからなのだ。収入は様々な要因から決定されるが、大きくとらえればその人の労働生産性の多寡を表す指標となっているはずだ。
要するに、多くの人が高齢期に仕事の生産性を大きく落としてしまうという実態に問題の根幹があるのだ。同一労働同一賃金の原則に照らし、役職定年や定年を境に給与を大きく削減することは問題なのではないかと主張されることがあるが、そもそも高齢期の仕事の質と現役時代の仕事の質は同一ではないのである。
そう考えれば、多くの企業で高齢期に給与が大きく減少する事実は、必ずしも企業が不当な処遇を提示することで高齢社員を虐げているということを表してはいないのだろう。

図表2 仕事の質(年齢別)img01_02_2.jpg出典:全国就業実態パネル調査より作成

経験価値が活かせない高齢者の労働市場

さらに、定年前後以降の仕事の中身を見ていくと、自分のやり方を決められたと答えた人の割合が増えつつも、単調な仕事をしていたと回答する人の割合も増えていくことがわかる。高齢社員に裁量を与えつつも、意義のある仕事は任せない。よく言えば本人に仕事を任せているといえるが、悪く言えば仕事のアサインを怠り放置しているような印象もぬぐえない結果である。
そして何より現代の高齢者雇用の現実を象徴するのが、このような現実にあるにもかかわらず自身の評価に納得している人が多くいるという事実である。「自分の働きに対する正当な評価を得ていた」と考える人は、歳を経るにしたがって急速に増えていくのだ(図表3)。
高齢者雇用における問題の本質は、高齢社員への処遇など企業側の運用にあるわけではなく、再雇用制度などの社会制度にあるわけでもない。高齢者雇用の問題の核心は、高齢者が本来持っている経験価値を社会が活かせていない点にあり、かつそれに甘んじている高齢者自身にもあるのだ。

図表3 仕事の内容(年齢別)img01_03.jpg出典:全国就業実態パネル調査より作成

高齢者の労働市場を作り出す

最後に、高齢者がなぜ引退を決意するのかを調べてみよう。引退理由のデータからも、高齢者労働市場の問題点がうかびあがるのである。
引退理由を見ると想像の通り「すでに充分働いたから」「金銭的に余裕があるから」「余暇を大事にしたいから」という理由で納得して引退している人(299万人)や、「健康状態に不安があるから」引退している人(153万人)が多くいた。
その一方で、「働きたい仕事、自分にあう仕事がなかったから」「働きたい仕事、自分にあう仕事はあったが、就くことができなかったから」と働く意思はあるにもかかわらず、労働市場のミスマッチにより引退している人(159万人)がかなりの規模で存在しているのである。

以上からわかることは、やはり現代の日本の労働市場には、長年のキャリアで培われた高齢者の経験価値を適切に発揮させる場が存在しないという事実だ。日本の外部労働市場には、致命的な欠陥がある。
高齢者を適切にマッチングし、彼らが持つ経験価値を活かしてもらうためには、高齢者の外部労働市場を整備しなければならない。高齢者の処遇を改善させることを目的とするのではなく、高齢者の経験価値を活かせるような仕組みを整えることが、現代の日本社会で最も必要とされている取り組みといえるだろう。
本プロジェクトでは、このような考え方に立脚して、来る70歳就業社会に向けて高齢者の労働市場をいかに作り出すかを考え、提言していくこととしたい。

図表4 引退理由別の引退している人の人数(50歳から69歳)img01_05.jpg出典:全国就業実態パネル調査より作成