未来創造 キャリアの共助が広げる、働き方の可能性社員のキャリア自立を育む「キャリアの共助」、実現のカギは管理職 千野翔平

社員のキャリアの自立に悩む企業

最近、新たに導入した人事施策の目的について、人事責任者にその理由をたずねてみると、「社員の自立を促すため」といった回答を聞くことが多い。だが同時に耳にするのは、こういった人事施策はコストがかかる割には成功事例が生まれず、試行錯誤しているという話だ。日本では長らく企業が個人のキャリアを主導してきた。だからこそ、改めて社員のキャリア自立を促そうとした時に、企業側からはその方法が見えにくいようだ。

近年、キャリアの自立は働く個人にとっても大きな課題となっている。リクルートマネジメントソリューションズが行った「自律的に働くことに関する実態調査」によれば、企業で働く約8割の人が「自分自身は、自律的に働きたい」と考えていることが示されている。しかし、自律的に働きたいと回答した人のうち、36.0%が「上司や会社から、自律的に働くことを阻まれている」、45.8%が「周囲に、自律的に働くことを望んでいる人は少ない」と回答しており、本人は自律的に働きたいが、周りが望んでいないという意識を持っていることが伺える(※1)。

社員に自律的に働いてもらいたい企業と、自律的に働きたいが難しい個人。希望する方向は同じなのに何かがかみ合っていない。この課題を解決するために、どういった人事施策や支援が考えられるだろうか。以下では、社員のキャリア自立に関わる要因として社外に「キャリアの共助」を持つことの重要性と、それを推進する人事施策として、ライフ・ワーク支援型管理職を育成することの重要性を示したい。

安心感と共通の目的を持つ場、コミュニティの効果

まず社員のキャリア自立を促進する上で、なぜ「キャリアの共助」が重要かを説明しよう。

キャリアの共助とは耳慣れないかもしれないが、対等な関係性の中で、学び合ったり、何かを共に目指すつながりや場、コミュニティを指す。例えば、勤務先は違うが同じ職種や業界の人と集うコミュニティ(職業コミュニティ)や勉強会、共通の目的を持つ人と連携し活動する地域活動や市民活動などがそれにあたる(※2)。対等だからこその安心感とともに、何らかの共通の目的があることが特徴だ。越境学習とも重なる部分があるが、一人ひとりが対話を通じて、互いの成長を促し、希望の選択を支え合うという側面が強い。

キャリアの共助が社員のキャリア自立を促す最大の理由は、ふだんの生活や目の前の仕事を超えて多様な人とつながることで、俯瞰的にものごとを見たり、これからを考えたり、新しい可能性を見つけやすくするからだ。

キャリアの共助の運営者や参加者への調査では、安心して意見を言い合える場で議論をしたり、学び合える環境、同じ志を持った仲間とつながることは、少し前を行く仲間への憧れや健全な競争意識をもたらし、自らが主体となってキャリアについて考え、取り組んでいく姿勢を生んでいた。リクルートワークス研究所が行ったアンケート調査の分析からも、社内外にキャリアの共助を持つことは、個人の未来への自信、好奇心を持って探索する姿勢、主体的にキャリアを選択しようとする姿勢と関わりを持っていた(※3)。

社外での学びが、本業に生きる好循環

また、キャリアの共助はキャリアの自立を促す以外にも、企業に大きなメリットをもたらし得る。その一つが、対話を通じた深い学びの機会を作り出し(※4)、個人の成長速度を速めることだ。

例えばこんなケースがある。社外の学び合いのコミュニティに参加するBさんは、コミュニティへの参加がアウトプットとフィードバック、実践の繰り返しの機会を生み出すと指摘する。コミュニティに参加し、その場でアウトプットをすると、別の参加者からインプットを受けたり、新たな方法を教えてもらうことが多い。そこで得たアドバイスを持ち帰って実践してみると、これまで難しかったことがうまくいくなど発見がある。その楽しさから次第にアウトプットが増え、それに比例してインプットも増えていく。このようにフィードバックループが回り出し、いつのまにか自分でも成長を実感できるようになったという。

このような過程では、自分に足りないものを自覚し、自発的に学ぶ行動が促されるようだ。社外にキャリアの共助を持つ人と持たない人では、自己学習する人の割合に約2倍もの差があることもわかっている(図表1)。

図表1 キャリアの共助の保有別に見た自己学習の状況(%)

図表1.png
出所:大嶋寧子「デジタル時代に学ばない日本人。社員の自己学習を促す2つの施策(下)」(※5)

もう一つは、キャリアの共助の場で得られた学びが本業に生かされることだ。例えば、大企業約50社の若手中堅社員を中心とした企業内有志団体が集うコミュニティONE JAPANでは、異なる企業から参加した人同士の共創が模索されており、実際に新規事業創造の模索の中で新たなサービスが生まれている(※6)。

また、同じ業種の人が集う別のコミュニティでは、キャリアの共助での気づきが、組織をよりよくするための行動を促しているという。例えばそのコミュニティに参加するAさんは仲間と情報共有や学びをすることで自身の視野が開けた経験から、そんな機会を職場の若手にも提供したいと、若者が参加しやすい気軽なコミュニティを社内で立ち上げたという。

社員のキャリア共助 参加のカギは、管理職

ここまで見てきたように、社外にキャリアの共助を持つことは、社員のキャリア自立や学び行動の活発化につながるだけでなく、イノベーションにつながる協働や社内での前向きなアクションを促す可能性を持っている。それでは、どうしたら企業は社員がキャリアの共助を持つことを支援できるのだろうか。

その一つは人事が社員に社外のコミュニティへの参加を奨励する、という方法かもしれない。しかしそれだけでは、やらされ感があったり、目的が不明瞭だったり、職場で歓迎されなかったりなど、望ましい行動につながらない可能性がある。

そこで、社員一人ひとりが主体的に多様なコミュニティに参加しやすくするための施策として、自分のライフとワークを大切にし、部下についてもその実現を支援する管理職(以下、ライフ・ワーク支援型管理職)を育成することを挙げたい(※7)。
ライフ・ワーク双方を支援できる管理職というと、育児や介護などのライフイベントと仕事の両立を積極的に支援する管理職だと考えられがちであるが、実はこうした管理職は社員が社外にキャリアの共助を持つことにも関わっている。

多様な学びの機会に参加しやすければ、それだけ社外にコミュニティやつながりを持つ可能性も高まる。実際、社内にキャリアの共助を持つ人の割合は、ライフ・ワーク支援型管理職の部下の場合に41.8%に上ったのに対し、それ以外の場合は18.0%に過ぎず、両者の間には23.8%ptの差があった。また、社外でキャリアの共助を持つ人の割合は、ライフ・ワーク支援型管理職の部下の場合の34.1%に対し、それ以外の場合は26.4%と7.7 %ptの差があった(図表2)。

図表2 社内外にキャリアの共助を持つ割合(%)
図表2.png出所:リクルートワークス研究所(2020)「働く人の共助・公助に関する意識調査」
注:民間企業に勤める正規の従業員に限定している

ライフ・ワークを支援できる管理職だと、社外活動に取り組みやすい

このことはデータからも確認できる。上司がライフ・ワーク支援型管理職である場合、社員が社外のものも含めた学びへの支援を得やすく、それを通じて社内外でキャリアの共助を持ちやすいのだ。まずライフ・ワーク支援型管理職かどうかで、部下の自分の学び活動にどのような影響があるのかを確認したものが図表3だ。ここでいう学び活動とは、職場で書籍を購入したり、研修や講座に参加するといったことを指している。

この図表によれば、学び活動について「職場で気軽に話せる」人の割合は、ライフ・ワーク支援型管理職の部下の場合に50.3%だったのに対し、上司がそれ以外の管理職の場合は20.7%と、29.6%ptという大きな差があった。ほかも、同じように両者を比較してみると、「仕事を切り上げられる」人の割合は、ライフ・ワーク支援型管理職の部下の場合に17.4 %pt高い。また学び活動のために「有給休暇を取得できる」と回答した人の割合は、ライフ・ワーク支援型管理職の部下の場合に14.6%pt高い。さらに学び活動への「参加を奨励する制度がある」人の割合は、ライフ・ワーク支援型管理職の部下の場合に7.4%pt高かった。

ライフ・ワーク支援型管理職である場合、育児や介護などのライフイベントに限らず、学びをはじめとする社外での多様な活動を尊重し、それらに積極的になり得る環境を提供することにも注力できているのではないか。

図表3 職場の学び活動に対する理解の割合(%)

図表3.png出所:リクルートワークス研究所(2020)「働く人の共助・公助に関する意識調査」
注:民間企業に勤める正規の従業員に限定している

企業は、ライフとワークを支援できる管理職の育成を

ここまで見てきたように、社外にキャリアの共助を持つことは、社員が自分のキャリアに主体的に向き合う姿勢を後押しするだけでなく、本人の成長スピードを速め、さらに社外で構築した関係性や身につけた能力を本業に還元することにもつながっている。そして上司がライフ・ワーク支援型管理職であることが、社外にキャリアの共助を持つための一つのカギとなっていた。

社員が社外に多様なつながりを持ち、そこで学び成長できるようにすること、そこで得た知のネットワークを本業に還元しやすくすることが、最終的に会社にとっても社員にとっても望ましい自立を育むのではないか。そのような好循環を生み出す具体策として、ライフ・ワーク支援型管理職の役割を見直し、育成に取り組むことを期待したい。


千野翔平

(※1)リクルートマネジメントソリューションズ(2020)『自律的に働くことに関する実態調査』 https://www.recruit-ms.co.jp/upd/newsrelease/2008272016_2088.pdf
(※2)キャリアの共助について、例えば左記を参考。https://www.works-i.com/column/hataraku-ronten/detail018.html
(※3)リクルートワークス研究所(2020)「『つながり』のキャリア論 希望を叶える6つの共助」pp.12-13.
(※4)キャリア自律とは、自らのキャリアの構築と継続的学習に取り組むコミットメントである(花田光世,宮地夕紀子,大木紀子,2003,『キャリア自律の新展開』 一橋ビジネスレビュー51 1 号,東洋経済新報社)。
(※5)『デジタル時代に学ばない日本人。社員の自己学習を促す2つの施策(下)──大嶋寧子』 https://www.works-i.com/column/works04/detail042.html
(※6)『ともに成長し、企業を変えるコミュニティに 「ONE JAPAN」約50社1600人が集結』 https://www.works-i.com/project/10career/mutual/detail004.html
(※7)本稿では、ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト(2014)「ワーク・ライフ・バランス(WLB)管理職に関する調査の概要と提言」で定義された5つの項目を一部修正し採用した。具体的には、「上司は、時間の使い方を考えて仕事をしている」「上司は、自分の生活を大切にしている」「上司は、部下の仕事以外の事情に配慮している」などである。