研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.4デジタル時代に学ばない日本人。社員の自己学習を促す2つの施策(上)──大嶋寧子

学ばない日本人と、高まる自己学習の必要性

英国ロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットン氏らが著した『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略』は、日本語版が2016年秋に発刊され、日本でも大いに注目された。同著は、人生100年時代の到来により、もはや「教育・仕事・引退」の3ステージの人生は崩壊していること、これからは生涯を通じて何度もキャリアを転換させていくマルチステージの人生になることを指摘し、キャリアの転換の鍵として継続的に学び続ける必要性を強調した。

imeages_ooshima.jpg2021年現在、継続的な学びこそが人生を切り開く鍵であるという点は、より切実な事実として私たちの前に姿を現している。ここ数年は、世界経済フォーラムなどで、テクノロジーが人の仕事を自動化することにより大量の失業が発生する「技術的失業」への懸念が繰り返し指摘されてきた。更に、コロナ禍で企業がDXを加速していることもあり、今後新たに生まれる仕事に就くためには、何らかのデジタルスキルの習得、すなわちリスキリングが必要であるとの認識が広がっている。

問題は、日本人が社会人になったあと、仕事のための自己学習を行わない傾向があることだ。リクルートワークス研究所が2018年に発表した『どうすれば人は学ぶのか ―「社会人の学びを解析する」―』は、全国の約5万人を追跡調査する「全国就業実態パネル調査」を用いて、日本人の学び行動を詳細に分析している。この報告によれば、社会人の大多数である約7割は自己学習しておらず、年齢を重ねるほどに学ばない傾向がはっきりしていく。学ばない本人の回答によれば、学ばないことに理由はなく、労働時間が減ったからといって自己学習が増える訳でもない。

自己学習の必要を実感しにくい日本の雇用慣行

しかし本人の意識の上で自己学習をしない理由がなくても、社会の視点で見れば、何らかの理由があるのではないか。

その一つとして考えられるのは、自己学習のメリットや必要性を、差し迫った形で実感しにくい社会の構造だ。海外では、原則として具体的な職務に基づいて雇用契約が結ばれる。契約を結びなおさない限り会社命令による異動はないが、勤め先に自分が担当する職務がなくなれば、組織で空席となっている別の職務に手を挙げ、その職務を遂行できるスキルや経験があることを示して異動しない限り、仕事を失う可能性が高くなる。

これに対して日本で正社員として働く場合、解雇を極力避ける長期雇用の慣行や職務を限定しない雇用契約が一般的である。会社には勤務地や職種が大きく変わるようなものも含め、配置転換を命じることが原則として認められており、その分だけ個人は自分でキャリアを選択することは難しい。

その一方で、事業の廃止や業務の遂行方法の見直しが行われ、今担当している職務がなくなったり、保有する知識やスキルが通用しなくなっても、それが直接仕事を失うことにつながらない。会社都合の解雇が裁判で有効と認められるためには、企業が様々な要件を満たすことが必要であり、特に要件の一つである解雇回避努力の義務を満たすために、今の職務がなくなっても、配置転換や出向などで雇用を維持するための対応が行われることが多い。

そのため、働く人から見ると現在の知識やスキルの陳腐化は、必ずしも仕事を失うリスクと結びつかない。結果的に自らの雇用を守り、次の仕事でより良いポジションに就くために、今の知識やスキルをアップデートしたり、新たなスキルを身に付ける切実な動機が生まれにくい。

本当の豊かさに関わる時間が不足している

もう一つ、たとえ労働時間が減少しても、自己学習に関わる時間を増やしにくい構造がある。図表1は、「仕事と生活に関わる5つの活動」(家庭生活、仕事、学び活動、地域・市民活動、個人活動)への時間配分(合計100)について希望と現実の配分を尋ね、両者のギャップを示したものだ。

図表1 「仕事と生活に関わる5つの活動」への希望と現実のギャップ「仕事と生活に関わる5つの活動」への希望と現実のギャップ

1.家庭生活(家事、育児、介護、家族や親族との交流や関わりなど)
2.仕事(現在の仕事に関わる活動、副業・兼業に関わる活動など)
3.学び活動(現在の仕事に関する学び、現在の仕事に関係しない学びなど)
4.地域・市民活動(NPO活動、ボランティア、自治会、PTAなど)
5.個人活動(芸術、趣味、スポーツなどの活動、くつろぎ、休息、知人との交流など)

(注)「仕事と生活に関わる5つの活動」への希望と現実のギャップは、睡眠などを除く生活時間を100とした時の「家庭生活」「仕事」「学び活動」「地域・市民活動」「個人活動」の5つの活動への希望の配分と現実の配分を尋ね、差分を求めたもの。
(出典)リクルートワークス研究所(2020)「働く人の共助・公助に関する意識調査」

これによると「仕事」で現実が希望を大きく上回る一方、他の4つの活動すべてで現実が希望を下回っており、ギャップの大きい順に「個人活動」「家庭生活」「学び」「地域・市民活動」となっている。最もギャップの大きい「個人活動」は芸術、趣味、スポーツなどの活動、くつろぎ、休息、知人との交流など、余暇活動や人との交流など、人生の豊かさに関わる部分と言える。また「家族生活」は家事、育児、介護、家族や親族との交流や関りなど、一番身近な支え合いの関係を維持するための活動である。このようなギャップが存在する結果、「仕事と生活に関わる5つの活動」への時間配分に満足していると回答する人は3割しかおらず、さらに5年後に5つの活動について希望が叶っていると予想する人も3割しかいなかった。

より切実に不足する活動の存在が、学びを阻害する

現実と希望のギャップが大きいほど切実に欲している活動だとすれば、前述したような自己学習の必要性の実感しにくさに加えて、「個人活動」や「家庭生活」などより強く不足を感じる活動があることが、労働時間が減っても学び時間を増やす行動に至らない問題の背景にあるのではないか。

実際、「仕事と生活に関わる5つの活動」の時間配分に満足する人と満足でない人に分け、自己学習をする人の割合を見たものが図表2だ。ここで言う自己学習とは、職場でのオン・ザ・ジョブトレーニング(OJT)や会社が提供する研修など(OFF-JT)以外で、自ら「読書やウェブサイトでの検索によって、新たな知識やスキル、仕事のやり方を身に着ける」ことや「社外のセミナーやスクール、勉強会などに自主的に参加して、新たな知識やスキル、仕事のやり方を身に着ける」ことを指している。また、個人の就業時間や職種、雇用形態をそろえて議論するために、週就業時間が40時間以上50時間未満の事務職の正社員に限定して状況を見ている。

これによると、自己学習する人は、5つの活動への時間配分に満足する人で62%を占めたのに対し、満足でない人で28%に止まった。同じ就業時間や職種、雇用形態の人の中でも、仕事と仕事以外の様々な活動の組み合わせへの満足度によって、自己学習をする人の割合には大きな差が存在する。

図表2 「仕事と生活に関わる5つの活動」への時間配分の満足と自己学習(%)「仕事と生活に関わる5つの活動」への時間配分の満足と自己学習(%)

(注)週就業時間が40時間以上50時間未満の事務職正社員。「仕事と生活に関わる5つの活動」(家庭生活、仕事、学び活動、地域・市民活動、個人活動)への時間配分について「満足」または「どちらかと言えば満足」と回答した人とそうでない人について、それぞれ自己学習を実施した人の割合を見たもの。
(出典)リクルートワークス研究所(2020)「働く人の共助・公助に関する意識調査」

自己学習には、動機と余白が必要だ

ここまで見てきたように、日本で社会人が自己学習を行わない背景として、自分の雇用やキャリアを守るために新たな知識やスキルを習得する動機が生まれにくいことに加え、仕事以外の多様な活動への希望を実現できず、労働時間を削減してもより切実に不足する活動に向かいがちであることを指摘してきた。

切実さを感じにくく、自分の生き方が希望以外の活動で埋め尽くされているままでは、自己学習は増えにくい。そうであるならば、学びたいと思った時にそれを実現できる余白や学びの動機を作る必要がある。

すぐ思いつくのは労働時間の削減だ。これまでも働き方改革や労働時間の上限規制に関わる法改正を受けて、多くの企業が労働時間の削減に取り組んでいることではあるが、その成果が本格的に出るためには若手の育成のあり方、非効率な業務やプロセスの洗い出し、取引先との調整などに幅広く手を付ける必要があり、時間がかかるのも事実である。

それでは他に出来ることはないのか。続くデジタル時代に学ばない日本人。社員の自己学習を促す2つの施策(下)では、労働時間の大幅な削減がすぐには難しいことを前提に、社員の自己学習を促す新たな2つの方策を提案する。