研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.3人事のプロを養成する「HR学部」が無い日本の高等教育~欧米ではどのように“人事”を育成するのか~ 村田弘美

日本の高校生に人気の職業は、教師、公務員、看護師、製造業、保育士・・・。
将来どのような仕事に就きたいかという希望と、大学などの学部や学科の進路選択は密接に関係してくるはずだ。将来、人事部で働きたいという学生にはまだ出会ったことはないが、日本で、もし将来「人事」に就きたい場合は、法学部、経済学部、商学部、心理学部、社会学部・・・どの大学のどの学部で何を学べばよいのだろうか。

「HR学部」とはどのような学部か

欧米の人事部で働く人たち、HR関連の専門職に就く人たち。ジョブ型の国ではどのような専門教育を受けているのだろうか。日本の人事とは何が違うのだろうか。
米国では、HR関連職や管理職の需要は高い。米国労働省労働統計局では、HR関連の管理職の年収は10万6,910米ドル(中央値)と比較的高い水準にあり、2024年までに9パーセント増加するという予測をしている。
欧米では、人事関連職を養成するための「HR関連学部」「HR専攻」や「ビジネス学部」があり、仕事に必要な基礎知識、例えば、会社組織、労働法、コンプライアンス、労働経済、労使関係、人材採用、リーダーシップ、メンタルヘルスなどを学ぶ(図表1)。

図表1 大学学部のHRM専攻の授業内容例

item_works03_murata02_171106_chokan_murata01.jpg出所:Keiko Oka"米国のヒューマンリソース教育の現状:
http://www.humanresourcesmba.net/best/bachelors-in-human-resources-ranked-graduation-rates/
http://www.collegechoice.net/rankings/best-bachelors-in-human-resources-degrees/
各大学ウェブサイトより作成

インターンシップも人事部で

また「HR関連学部」のインターンシップでは、例えば低学年時、高学年時に、企業の人事部や職業キャリアに関連する企業などで、実務経験を積む。欧米ではインターンシップが卒業後の就職先に直結することが多いためで各校とも力を入れている。例えば、サンディエゴ大学では3年時、4年時に自分の興味のある企業に勤める登録メンターに1日8時間付いて、職場見学やジョブ・シャドウイング、会議への参加、就業のサポートなどを行っている。

「HR学部」の卒業生は就職率も高く、人事関連職に就くことが多い。補助職などを数年積んだ後、HRスペシャリストや労使関係スペシャリストのになるのが一般的だが、日本の新卒との違いは、卒業時にすでにいくつかの経験を保有していることと、卒業時にはHR関連の職業資格を保有していること。また、SHRMなどHR関連職が個人で加入する協会へも加入できる。入社後は一番下のキャリアからのスタートではなく、経験者として採用されることだ。また各協会が発行する職業資格は昇進や転職にも有利になる。

米国の「HR学部(学士)」は290校

例えば、米国の高等教育機関でHRマネジメントの学位(学士号)を提供する大学は290校、大学院は修士コースで153校、博士コースは25校と多い(2017年)(図表2)。
近年ではオンライン教育も充実しているHRM分野での学士コースは60校、修士コースは63校、博士コースは2校ある。学位の取得を目的とせず、社会人が働きながら学べる認定コースを提供する大学も36校ある。

また、英国や欧州でもHR関連の学士コース、修士コース、博士コースを持つ大学や大学院は一般的で学術資格はビジネススクールで提供されているようだ。英国では、「HR・HRM学部」という名称は少なく、「ビジネス・法律・観光学部」「(ビジネス)マネジメント」「科学・社会科学」などさまざまな学部でHR関連のコースを提供している。卒業後は米国と同様に職業資格の授与やCIPDなどの協会への加入ができる。西欧でもデンマーク、イタリア、オランダなど各国でHR関連の大学や大学院などがありHRMなどのカリキュラムを提供している。オランダのエラスムス・ロッテルダム大学院では、米国と同様に卒業後半数以上は人事関連職に就く。他には、コンサルティング職、研究職などに就くという。

日本の高等教育でも、職業の「プロ」の養成は必要

欧米の高等教育機関では、一部のアカデミック志向の人材を除いては、「実務」を学び「即戦力」となる職業プロフェッショナルとして企業に送り出すことを重視したカリキュラムを構成している。企業が提供するプログラムなども多い。

文部科学省が定める学科系統分類を見ると、日本の高等教育で、人的資源管理や組織マネジメントを学べる学部や研究科が全くないわけではない。また欧米との設置の考え方に教育や研究の組織区分の違いはあるだろう。ただ、多くの企業には人事関連の仕事があり、欧米の「HR学部」ようにHRやビジネスの「学びの場」と企業の「現場」とが密接に関係しているものは非常に少ない。日本的雇用慣行の中では、採用後に人事ローテーションをしながら経験する職業の1つという位置づけでは専門教育はあまり必要とされないのかもしれない。しかし、卒業後、「新卒者」としての職業能力の差は明らかに異なる。長い100年人生のうちの数年のことかもしれない。しかし、どの国が人的資源の豊かな国であるか、職業プロフェッショナルという観点でみると、「人事」という職業では他国に遅れをとっているように感じている。

図表2 参考・米国のHR専攻のある大学・大学院の例item_works03_murata02_171106_chokan_murata02.jpg参考:スタディサプリ2016

村田弘美

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