研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.2内定式前夜に想う。日本の新卒市場の「真の課題」は何か? 豊田義博

混乱が今も続く今年度の新卒採用

多くの企業が内定式を催す10月1日が迫ってきた。企業の新卒採用担当者にとっては、その年の採用活動の成果が問われる日だ。その内定式に異変が起きている。10月1日に開催することができない企業が相次いでいるという。採用予定数が確保できないのだ。人手不足が騒がれているが、新卒市場も例にもれず、売り手市場の様相を顕著に示している。「いい学生が来ない」「内定を出しても、辞退されてしまう」という採用担当者の嘆きは、例年になく大きい。

混乱は企業サイドに限らない。春から夏にかけて、大学関係者に会うと、決まって彼らが口にしたのは、学生の就職活動についてのものだった。「就活で、学生が授業に来ない」「研究がはかどらない」等など。
こうした声は、昨年までにもあった。しかし、その程度が、これまでとは比べ物にならないという。卒業論文、卒業研究といった、大学の教育機会において最も重要な課題が、前期中に全く進展しなかった、という話も聞いた。そして、こうした事態は、経団連の倫理憲章において、企業の選考活動開始時期を8月1日からと定めたことが大きく影響している、と口をそろえて指摘する。

今年度の新卒採用活動においては、学生の就職活動期間を短くすること、学業に専念できる環境を作り出すことなどを目的に、活動時期を後ろ倒しするという施策が採られた。これまで、4月1日からであった選考開始時期を8月1日へと4か月ずらしたのだ。しかし、学生の就職活動は短くなるどころか、かえって長期化したという意見が支配的だ。3年生の夏からはインターンシップ、春には外資系、新興企業などの経団連に加盟していない企業の選考、そして、8月からは経団連傘下の企業の選考。また、選考活動開始前にも、説明会や面談など選考活動と見紛う機会が多く織り込まれ、大学4年生・修士2年生の多くは、前期の講義、ゼミなどの学業に身を入れるどころではなかったというのだ。
そうした声が実態をどの程度映しているものかは、今の段階では分からない。そうしたことは確かに観測されたのだろうし、私が会った学生からもそのような話はよく聞いたが、事実を定量的に把握しないまま、風評のみで軽々にこの施策を批判するのは、適切な行動とはいえないだろう。

進路決定時期から、日本の特殊性が見えてくる

item_works02_toyota03_toyota09301-300x281.png画像をクリックすると拡大します

しかし、これだけは言える。日本の新卒採用、大卒就職の「真の課題」を解決しないままでは、このように活動時期を後ろに倒しても、就職活動期間は短くはならない、と。
その課題は、右のグラフに顕著に表れている。アジア、およびアメリカの20代、30代大卒者に、どの時期に職業の進路を決めたかを問うたものだが、日本のデータが著しく偏っているのが分かる。大学前期までに進路を決める「早期決定」の比率が圧倒的に低く、「後期決定」の比率が異常に高いのだ。

アメリカ、ベトナムのように「早期決定」が高い国は、将来の職業を仮決定して大学に進むという傾向が強く、過半数の人が、その仮決定がそのまま将来の進路となっている。大学後期で変更する、卒業後にリセットして再決定するという人たちもいるが、少数派だ。「卒後決定」が4割を超えているインド、タイ、マレーシア、インドネシアは、新卒・既卒問わずのエントリーレベル採用市場が、若年が就業機会を獲得する中心となっていることを物語っている。卒業後に社会との接点を持ちながら自身の進路を決め、職に就いていく人が多数派である。大学での専攻とは関係のない選択が、その多くを占める。しかし、「早期決定」も3、4割存在し、学びと職業の接続が効いている層も一定の割合で存在している。
「後期決定」が高い国は、中国、韓国、日本という東アジア3か国である。いずれの国も、明確な「就活シーズン」が存在するという共通の特徴がある。しかし、中国、韓国でも「早期決定」が3割程度は存在する。

日本では、高校で学んだことや大学選び、大学での学びと職業選択・進路選択との関係が極めて薄いことがはっきりと表れているデータだ。そして、それを補うように、大学後期の就職活動によって、大学生の3分の2が進路を決める。それは、就職先決定をも意味する。日本の就活の影響力の絶大さが如実に表れている。

大卒就職の「2つの市場」

諸外国の大卒者の就職には、2つの市場がある。ひとつは、タレント採用市場だ。そこでは、多くの学生が在学中に就職先を決め、卒業後まもなく働き出している。その市場では、いい人材を早くに見出そうと、企業も早くから大学にアプローチをかけている。ある時期に開設するクローズドなマーケットだ。そこで問われるのは、大学のランク、大学での専攻、成績だ。募集条件にかなった学習歴、一定以上の学業成績がないと、人気企業の選考対象にはならない。

もうひとつは、先にあげたエントリーレベル採用市場である。常時開設しているオープンマーケットだ。卒業後でも、いつでも参加できる。大学卒業後に進路を決めたとしても、職業を見つけることはできる。しかし、この市場には、すでに働いたことがある人も参入している。未経験者である新卒者が職を得ることは易しいことではない。諸外国の若年失業率の高さは、新卒者の一部がこの市場の中でなかなか仕事を獲得できない、という事態を表している。
こうした事態を避けるために、日本においては、在学中に就職先を見つけることが強く推奨される。つまり、日本の新卒採用システムは、競争的なタレント採用市場という顔とともに、セーフティネット機能という異質な顔も併せ持っている。

そうであるがゆえに、進路を「早期決定」する人は極少でありながらも、8割以上の大学生が在学時に就職先を決めることができる、という極端なモデルが出来上がる。
「教育と職業の接続が極めて弱い」「タレント獲得機能とセーフティネット機能を併せ持っている」という2つの特殊性を持つ日本の新卒採用市場。この2つの特殊性がある以上、日本の大学生の就職活動は長くならざるを得ない。そうしなければ、進路を決め、就職先を決めることはできないという大学生が大半を占めるからだ。
2つの特殊性を是正、改革することなしに、活動開始時期を変えても、本質的な解決には至らない。この問題は、複雑で根深い問題なのだ。

2つの改革シナリオ

改革に向けてのシナリオは、2つある。
ひとつは、学びと職業の接続を強化していくシナリオだ。変化のトリガーは、企業側が握る。職種別・領域別採用を推進するのだ。巷間に指摘される「ジョブ型雇用」を増やしていくのだ。そして、選考基準に大学での専攻や学習履歴、成績を問う。こうした施策を経団連傘下企業が実施すれば、日本の新卒採用市場は劇的に変わる。ゼネラルコースと専門コースに分ける形が想定される。
もうひとつのシナリオは、時期の規制をなくし、各企業が自由意思のもとに採用活動をする転換、つまりは「自由化」だ。1997年に就職協定が廃止された時の精神に立ち戻るのだ。私は、就職協定が廃止された時には、就職情報誌の編集長として、また、倫理憲章の中に時期の規制が規定された時には、研究者の立場で、一貫して時期の規制をなくし、自由化することが、日本の新卒採用市場を健全なものにしていく道筋だと訴えてきた。その想いは、今も変わらない。

理想は、上記2つのシナリオが融合したものだろう。現状の市場を見ても、その萌芽は生まれている。一部の新興企業は、時期を問わずに学生との出会い機会を作り上げているし、大学の中にも、企業や地域社会との協働の学習機会が増えてきている。入試改革が進む中で、職業と教育の接続が強化されることも期待できる。現状の混迷の先に、明るい未来が見えている。

豊田義博

[関連するコンテンツ]