世界の最新雇用トレンドHRテクノロジーコンファレンス&エキスポ2020参加報告 Vol.3

採用選考でビッグデータを用いる高度なアナリティクスに、関心を持つ企業が増えている。本コラムでは、そうした技術を活用した2つの企業事例を紹介する。1つ目は、採用選考の過程で収集するデータから、候補者の入社後の活躍や定着率を自動で分析・予測する技術「Deep Talent」。Walmartも利用しており、効果を感じている。2つ目は、外国人の採用において語学力、特にスピーキング能力を即座に採点するAIを提供する「Emmersion」。日本でも、候補者の英語力の確認や、外国人の採用において日本語力を判断する際にも利用できる技術である。

事例1)採用向けアナリティクスの最高水準である「Deep Talent」

Deep Talentは、深層学習や自然言語処理などのアルゴリズムと心理科学を駆使した最先端の採用向けアナリティクス技術である。これまでの人材マネジメントにおいては、予測解析が最高レベルのアナリティクスといわれていた。予測解析では、採用選考の過程で収集するデータ(履歴書の内容、採用試験への解答、面接での受け答えなど)が採用後のパフォーマンスを予測するかどうかを検証する。一方、Deep Talentはデータ収集と分析を自動で行う。採用担当者は、自動で導かれた分析結果からインサイトや示唆を得る。この技術は実現可能になったばかりで、Deep Talentを提供するModern HireのEric Sydell氏(イノベーションEVP)は、「世界でも導入している企業は1%以下」と推測する。セッションではAIを活用した採用を実現するためには、どういった事前準備が必要なのかを整理し、精度の高い予測につながる採用選考ツールを特定する方法を紹介した。

ロゴ1ModernHire_r.jpgのサムネイル画像なぜ人間ではなくAIが計算する方がよいのか。Modern Hireの顧客企業でその効果が如実に表れた事例がある。ある顧客企業がもともと使っていた計算モデルでModern Hireが候補者の分析を行い、その結果をもとにした採用を実施したところ、入社後のパフォーマンスによって収益面で160万ドルのインパクトがあり、定着率が2.7%向上したという。つまり、同じ計算モデルであっても、AIが分析した方が予測の精度が高いことが証明されたのである。

ただし、高度なAIを導入するだけで、正確な予測が可能になるわけではない。Sydell氏は、「AIの恩恵を『明日』あずかるためには、『今日』のデータが必要だ」と述べた。AIを導入する前に、分析に使うデータをあらかじめ整備しておく必要があるということである。セッションでは、WalmartがDeep Talentを行う前に準備したことを共有した。

● 社内に数十もあるHRシステムをつなげた。さまざまなHRシステムに散在するデータを分析にかけられるよう、データソースを1カ所の共通の場所に集約した。
● データ収集の方法を標準化した。これまでは分析に使う用途で収集していなかった履歴書のデータなども、初期段階から構造的に記録し、分析に活用できるようにした。
● スキルを客観的に検証するシステムを構築した。ホワイトハウスのタスクフォースとともに、現場・店舗で働く社員のスキルを分類し、レベルを認定するものを構築した。

人間の行動の中で、Aを購入した人はBも購入する、といった購買行動は予測しやすい。一方、人材が入社後にどのような働きぶりを見せるのかについては、考慮すべき要素が多く複雑であるため、明確な予測が難しい。どの採用選考ツールで収集するデータが入社後の活躍を予測できるのか、効果を検証する必要がある。検証の方法は、採用選考ツールを用いて人材を採用してから一定期間、マネジャーにその人の仕事ぶりについてさまざまな側面から評価してもらう。採用選考ツールで収集するデータを用いた予測とマネジャーによる評価が一致していなければ、そのツールは効果的ではないということであり、選考で使用するのをやめる。Walmartは、採用時のアセスメントによって入社後の成績と定着率を予測するモデルを構築できたことで、2019~20年のHRM Impact Award(人的資源管理において、科学的根拠にもとづいたイノベーティブかつ成功を収めた取り組みに贈られる賞)を受賞している。

事例2)AIによるスピーキング能力診断で定着率が向上

移民が多い米国では、18歳以上の国民のうち家庭で英語以外の言語を話す人は約15%いる(国勢調査、2016)。そのほかに永住権を持つ人、就労ビザで働く人やオフショアで働く人(コンタクトセンターのオペレータなど)も含めると、英語を第一言語としない労働者は非常に多い。そのため、採用選考で英語力を正確に測定する高機能なテクノロジーのニーズは高い。セッションに登壇したEmmersionは、AIが語学力を診断するサービスを提供する。特徴的なのは、候補者のスピーキング能力を客観的に、15分以下で測定する点である。その技術と、同社の顧客企業でオフショア人材派遣会社のCoDevの事例を紹介する。

ロゴ2Emmersion.jpgのサムネイル画像Emmersionがスピーキング能力を測定するために用いる方法は、「誘出模倣」である。受験者が、耳で聞いた文章を繰り返す。言語の熟練度が高い人ほど、長く複雑な文章を覚えて処理することができるため、その人のスピーキング能力を反映し、信頼性が高いといわれている手法である。受験者がスピーキング試験を行っている間にアルゴリズムがデータを収集・計算し、10~15分でその人の総合的な英語力の熟練度スコアを測る。同社は顧客企業が実施する試験結果のデータを蓄積し、それをビッグデータとして解析することで、アセスメントの精度が向上し続ける。顧客企業にはGE、Pfizer、IBM、Manpower Groupなどがあり、また企業人事やコンタクトセンターに限らず、教育機関や言語学校は語学の熟練度によるコース分けにも活用している。英語のほかにフランス語、ドイツ語、ロシア語、日本語などの診断が可能である。

Emmersionの技術を利用するCoDevは、主に米国の中小企業を顧客とし、フィリピンのオフショア人材、特にソフトウェア開発者を紹介する人材サービス会社である。人間がスピーキング能力を評価する従来の方法では、時間がかかるだけでなく、審査する人の主観が入りがちであった。合否の基準を「8点以上」と設定したとき、審査担当者たちは候補者を通過させたいとの無意識の願望が働き、全員が9点を付けたことがあったという。企業規模が大きいほど、審査の担当者が増え、客観的で一貫性のある評価をするよう訓練をすることは困難になる。

語学力の採用基準を高く設定すればいいというものではない。基準が厳しすぎると母集団を十分に集められない。一方、基準が低すぎると業務遂行に問題が出て早期離職につながる。CoDevの場合、ソフトウェア開発者に求める英語能力は最低限で、重視するのは技術的な知識である。人が英語能力を審査していたときは、顧客企業に紹介後、従業員から言語に関する不安の声が上がり、それが自主退職につながることもあったという。Emmersionは、CoDevの保有するデータから、語学力が一定のレベル以上の人は仕事がうまくいくが、それ未満の人はうまくいかない傾向がある、という基準点を見つけることができた。同社は、AI技術を活用して職務・会社ごとに適切な語学レベルを見つけ、候補者の語学力を素早く客観的に評価できる。そして、データを蓄積し続けることで、変化するニーズに対応している。

TEXT=石川ルチア