世界の最新雇用トレンドHRテクノロジーコンファレンス&エキスポ2020参加報告 Vol.2

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2020年10月28日から4日間開催されたHR Technology Conference & Expoの初日に行われた基調講演では、HRテクノロジーの第一人者であるJosh Bersin氏(Josh Bersin Academy主宰)が、ニューノーマルにおけるHRテクノロジー市場全体の変化について講演した。本コラムでは、タレントマネジメント、従業員体験、学習プラットフォームなど、7つの領域で注目されているベンダーを紹介する。

1.基幹システム

従業員情報や給与管理といった従来の人事業務をサポートする人材管理(HCM)システムの市場規模は依然として大きい。2020年はUltimate SoftwareとKronosの合併や、Cornerstone OnDemandによるSabaの買収など、数十件のM&Aが行われた。
Oracle、SAP SuccessFactors、ADP、Workdayなどの大手ベンダーは、自社製品の機能拡張を図っている。例えばADPは、企業が部署によって仕様を自由に変更できるHCMおよび給与管理システム「Lifion」を開発した。Workdayは、従業員と候補者のスキルの表現を標準化し、自社に不足しているスキルを持つ人材を社内外から効率的に探すことができる「Skills Cloud」機能を発表した。しかし、独自開発では顧客ニーズの変化に対応しきれないため、学習管理、チーム管理、パフォーマンス管理、キャリアマネジメント、ダイバーシティ&インクルージョン促進などのスタンドアローンツールを提供する小規模のベンダーと提携する必要性を認識している。

2.タレントマネジメント

タレントマネジメントの市場は、人材獲得、パフォーマンス管理、ペイロール、学習、エンゲージメントなど複数の領域で構成されている。特に人材獲得の領域は、パンデミックの影響を受けつつも、需要が伸びている。HRテクノロジーの中でもAIの活用が進んでおり、Avature、Pymetrics、Phenom Peopleといった人材と仕事の高度なマッチング機能を備えるAI搭載のプラットフォームが複数ある。その他、応募追跡システム(ATS)のJobviteやLever、チャットボットのMyaやWade & Wendy、プログラミングスキルを重視したコード採用のHackerRank、テック人材(エンジニア・デザイナー・製品管理者・データ分析者など)の面接サービスKarat、アセスメントサービスのSHLなど、多数のベンダーが存在し、競争が激化している。
最近では、人種や性別などに関する公平性や多様性に関する問題の浮上や意識の高まりとともに、Eskalera、Workday、SAPなど、不当な行為や差別的取り扱いについてのデータを社内から匿名で収集し、リスクの予兆管理に役立つ機能を提供するベンダーが増えている。企業は自社のダイバーシティ戦略における現状を把握し、改善点を見つけることができる。

3.タレントマーケットプレイス

会社を職種別のヒエラルキー型組織ではなく、人材の需要と供給にもとづくマーケットプレイスととらえるという考え方が広がっている。これまでは、従業員の配置を決める際に、従業員がどの職務を遂行するための教育研修を受けたか、それによりどの仕事に配置するか、という点で、人事異動にはさまざまな障壁が存在した。しかしパンデミックの影響でこの障壁はなくなりつつある。
この変化を受けて、これまで別々に扱ってきた社外人材の採用と、人材の配置を1つのシステムで管理し、人材のモビリティ全体を促進する「タレントマーケットプレイス」と呼ばれる領域が拡大している。注目されるHRテクノロジー企業には、従業員の職歴やスキル、キャリアアスピレーション(強い願望)をもとに、AIで社内のギグ(単発・短期の仕事)や中長期プロジェクトと従業員とをマッチングして、人事異動を最適化するEightfold.aiや、Gloat、Fuel50、Hitch、365Talentsなどが挙げられる。

4.従業員体験

従業員体験の市場は、ベンチマーキングを目的とした年に1度実施する従業員エンゲージメントサーベイツールから始まった。その後、四半期、月、週単位で従業員のフィードバックを収集するパルスサーベイアプリが誕生し、人事やマネジャーの意思決定をサポートしてきた。
現在は、データをまとめたレポートを作成するだけでなく、データをリアルタイムに収集・分析し、ナッジ機能で人事やマネジャーに具体的な対策を促したり、アクションプランを提案するベンダーがある。Glint(LinkedIn傘下)、Percepty、Waggl、CultureAmp、SurveyMonkey、Qualtrics(SAP SuccessFactors傘下)、Questback、TINYPulseなどである。従業員が何を感じ、何を求めているのか、employee voice(従業員の声)をリアルタイムに拾い、特定の指標が目標値を下回った場合の対策案を示す機能を備える。

5.学習プラットフォーム

学習テクノロジーの市場は、EdCast、Degreed、Valamis、360Learning、Cornerstone OnDemand、Skillsoft、NovoEd、Udemy、Courseraなど無数のベンダーが参入する巨大マーケットである。市場規模は約2400億ドルである。ラーニングエクスペリエンスプラットフォーム(LXP)、マイクロラーニングプラットフォーム、学習管理システム(LMS)、アセスメント&VR(仮想現実)など複数の領域で構成されている。
多数の企業から収集したデータによると、企業研修は数分の短い動画で学ぶマイクロラーニング(オンデマンド学習)が約40%を占めている。マイクロラーニングは近年その有効性が認められ、Glint、Inkling、Filtered、LinkedIn Learning、Microsoft Teamsといった仕事のあらゆる場面に学習を組み込むことができるプラットフォームの利用が進んでいる。
VRを活用した研修も急成長しており、特にVRを使った没入型学習プラットフォームを提供するStrivrは、この分野のパイオニア的存在である。WalmartやFidelityがStrivrを利用して、研修時間の大幅な短縮や顧客満足度の向上に成功している。

6.ウェルビーイング

ウェルビーイングはHRテクノロジーの中でも大きな分野であり、市場規模は約460億ドルに達する。企業がヘルスケアやウェルネス制度へ投じた額はこの5年間で42%増加している。パンデミック後、リモートワークや長時間勤務などからメンタルの問題や心理的ストレスを抱える従業員が増えており、ウェルビーイング対策は企業のリーダーに求められる課題の1つとなっている。健康や集中力の維持、ストレスの低下を促すサポートを従業員に提供することが求められている。
従業員のウェルビーイング向上をサポートするベンダーの数は急増しているが、その中でも特に革新的な企業としてLeague、Virgin Pulse、Limeade、Rallyなどが挙げられる。ウェルビーイング市場は、今後もさらなる成長が見込まれる。

7.ピープルアナリティクス

企業の多くがピープルアナリティクスを重要視している。興味深い活用事例としてNokiaが挙げられる。同社はパンデミック直後、ピープルアナリティクスツールを利用して、各国に住む従業員の現在地、年齢や家族構成、同居している家族の人数、在宅勤務の状況、出張による移動の有無やスケジュールなどのデータを整理した。マネジャーや従業員が、リスク管理に役立てられる情報を一目で把握できるしくみを構築した。
ピープルアナリティクスの分野では、ChartHop、Visier、Nakisa One Model、SplashBIなど多数のベンダーが成長している。ChartHopは、複数のHRシステムに保存されているデータを視覚化し、マネジャーやビジネスパートナーがデータを理解しやすいツールを提供している。

パンデミックが人事やHRテクノロジー業界に与えた影響

米国では、2008年の金融危機以降、高失業率時代に突入し、人々の関心事は生産性の向上、AIやロボット導入などによる自動化が雇用に与える影響などが中心だった。しかし、パンデミックの影響で「大きなリセット」が起こり、組織のあり方、顧客に対するアプローチ、人々の働き方や価値観に大きな変化が起きている。そしてこの変化を支えるテクノロジーを企業は求めている。
人事においては、リモートワーク環境下で働く従業員の仕事と日常生活のバランスや業務の推進をいかにサポートするかが喫緊の課題の1つとなっている。従業員の生産性を向上させるために、ServiceNowやMicrosoft Teams、Workplace by Facebookといった業務効率化ツールを導入する企業が増えている。これらの業務効率化ツールとスムーズに連携し、日常の業務フローの中で簡単に利用できるHRシステムが求められている。単に人材や人事業務を管理できる「HRテック」から、従業員のワークエクスペリエンス向上や成長を促進する「Workテック」へと、人事のニーズはシフトしている。

従業員を中心としたHRテクノロジーの環境設計

市場には多種多様なHRテクノロジーが存在するが、人事は手当たり次第に導入するのではなく、最初に今後数年間に解決したい課題を特定する必要がある。社内の既存のシステムとの連携性が高く、従業員にとって使いやすいツールを選ぶこと。そして、複雑なものや無駄な工程をできるだけ減らし、従業員のワークライフをよりシンプルなものにすることが大切である。

TEXT=杉田真樹