2020の人事シナリオVol.22 武田 和徳氏 楽天

圧倒的なスピード感。人事異動は月に2回

大久保 御社はインターネット・サービス分野での世界ナンバーワン企業になることを標榜していますね。そのためにはあらゆる面でスピード感が要求されると思いますが、人事がそこに対応するのはとても難しい。どんな課題をお持ちですか。

武田 いずれも進行形ですが、弊社はこれまで3つの大きな変化をくぐり抜けてきました。1つ目は規模の変化。会長兼社長の三木谷浩史が数名で立ち上げた小さな組織が、今や国内外含め1万人超を擁する大組織になりました。2つ目は事業内容の変化。ネットビジネスという基盤の上に、物販から始まり、旅行、証券、銀行、カードと、独立採算の個別事業が50近くもあります。3つ目は国際化も含む事業展開地域の拡大です。これが今後の最大の課題でもあります。

大久保 その3つに人事の課題が結びつくわけですね。

武田 はい。我々が理想とするのは戦略的思考を備えた自律型人材ですが、そういう人材を、外から、必要なだけ補充するのはなかなか難しい。かといって、既存の社員が全員、変化に対応できるスキルや、しかるべきキャリア意識を備えているか、といえば、そうとも言い切れません。今、全社をあげて取り組んでいる英語社内公用語化は10年前に入社した社員にとっては青天の霹靂だったでしょう。もっとも、その頃から三木谷は世界一になると公言していました。

大久保 ところで、組織が拡大するにつれて、変えなければならないことがある一方、どんなに組織が大きくなっても変えてはいけないものもあると思います。その点、いかがでしょうか。

武田 まずは採用基準です。戦略的思考と物事を徹底してやり切る力、それに改善力、この3つが必須です。特に大切なのがやり切る力です。過去に何かをやり切ったことがあるか、物事から逃げないか、力を出し惜しみしないか、そのあたりが大切なポイントです。

大久保 とはいっても、御社は今や押しも押されもせぬ大企業です。安定志向の学生も応募してくると思いますが、その辺の見極めはどうしていますか。

武田 見極めの方法は2つあります。1つは、本人がもがいて成長しようとするポテンシャルがあるか。もう1つは、たとえば最初はEコマースの玩具担当だったのが次は電化製品、さらには旅行事業や金融事業担当になるといったような異動があった際、仕事の変化に機敏に対応できるか、を見ています。

大久保 事業変化のスピードが速いので、仕事も変わらざるを得ない。

武田 その通りです。普通の企業の人事異動は毎年4月と10月ですが、うちは月に2回もあります。

大久保 それはすごいですね。リクルートは月1回ですが、それでも多いと思っていました。

武田 企業買収も多いのでそうせざるを得ません。そして、もう1つ、どんなに組織が大きくなっても変えたくないのはオープンな社風です。その典型が社員全員が参加する「朝会」です。トップが語り、各事業部の実績を共有する会を毎週1回欠かさず行っています。1カ月に4週あるとしたら、1週目は前月の振り返りと今月の目標、2週目はテクノロジー動向、3週目は英語強化に向けた各部署の取り組み、4週目は最新のマーケティング手法、といった具合です。すべての情報をオープンにし共有することは、「自分は楽天の社員だ」というオーナーシップの醸成につながっています。

大久保 世界で従業員が1万人超となり、国内だけでもユニットが50あったら、普通の経営者ならとっくに共有を諦めていると思いますが(笑)。

武田 三木谷の創業以来の信念なんです。我々が「楽天主義」と呼んでいる行動規範も、その場を使って共有しています。

順調に進む英語の社内公用語化

大久保 ところで、いよいよ2012年7月に英語の社内公用語化が始まります。三木谷さんがこの件を最初に発表したとき、社内の反響はどうでしたか。

武田 その話が出たのも朝会の場でしたが、皆、びっくりしていました。でも、なぜそうするのかは、すぐに理解されました。2010年から約2年間かけて徐々に移行を進めていくうちに、違和感を持つ人はいなくなりました。

大久保 役員会はもう英語ですか。

武田 はい。公用語化を発表した時点から英語です。マネジメント層のミーティングも既に英語になっています。7月からの全面実施というのは、小集団レベルの打ち合わせも英語でやる、ということです。現在グローバルで展開している日本のトップ企業の多くは、従業員を海外拠点や大学に派遣するなどして、15~20年ほどかけてグローバル化を図ってきました。そうしたトップ企業が長年かけて実現したグローバル化を、我々は5年で達成しようと決断し、まずは英語公用語化に舵を切ったのです。

大久保 今回、我々がお願いした人事部長アンケートでは、「2020年に向け、英語を公用語にする企業が増える」という意見が4割、「増えない」という意見が6割でした。

武田 そうですか。我々のようなインターネットのビジネスにおいてグローバルで勝ち抜いていくためには、世界の情報をいち早くキャッチすることが重要になってきます。特に最新のインターネットやテクノロジー情報は英語で発信されていることが多く、社員全員が英語で素早くダイレクトに情報をとっていくことが大切です。また弊社が典型ですが、外国人が執行役員として入ってくると、英語公用語化に弾みがつきます。私は外国人役員が経営会議の場で自由に発言できる環境をつくっておくのが、グローバル化に欠かせないステップだと思います。そこがクリアされないと、外国人を役員に登用する意味がありません。日本企業の場合、グローバル化というと、上から目線で、「自分たちの経営を全世界に展開しよう」という一方向に意識が向きがちですが、それだけでは不十分。ローカルの意見をどう取り入れるか、という逆の道筋もつくっておかないと。我々の英語公用語化はそういう意味もあるのです。

大久保 御社は新卒における外国人の比率が3割と非常に高い。「役員会を英語でやる」というのは、彼らに対する「自分たちにもチャンスがある」という、よいメッセージにもなるでしょう。

武田 おっしゃる通りです。週1回開催している経営会議には全執行役員と、世界の拠点のトップが全員集まり、テレビ会議システムを使い、すべて英語で、侃々諤々の議論を繰り広げています。経営層のグローバル化は、相当進んでいます。上が進むと下はついてこざるを得ません。三木谷は時間をつくって世界中を回っていますから、次はあの国を研究してくれ、あの国のあの事業を調べてみてくれ、といった指示も次々に入ります。

国ごとのプラットフォーム構築を誰が担当するか

大久保 海外展開に関しては、ほかにどんな課題がありますか。

武田 3つほどあります。1つは買収先から新たに楽天に入ってきた従業員のリテンションとポジショニングですね。楽天グループの一員として頑張っていただきたいのに、辞めてしまう人がなかにはいます。

大久保 ネット企業ですから、肝心の人材がいなくなると資産価値も落ちてしまいます。

武田 そうですね。あとは新しい国に出ていくとき、採用には苦労します。ネットビジネスの場合、本当に仕事ができるかどうかは、ある程度やらせてみないとわからない。そういう意味で、採用は非常に苦労しています。さらに、国ごとのプラットフォームの構築という問題があります。楽天のサイトには旅行やカード、広告、ゴルフと、ありとあらゆるサービスが集まっています。これを海外でも展開するとなると、国ごとに、次にどんな企業を買収して、楽天というプラットフォームをつくるかという高度な判断が必要になります。海外の責任者は、今までは自分の得意な事業単体を見ていればよかったのですが、それ以外の全体も見なければならない。そういう人材をどう育成するか、日本から送り込んだほうがいいのか、現地で採用して任せたほうがいいのか、難しい課題を乗り越えていく必要があります。

(TEXT/荻野 進介 PHOTO/刑部 友康)