2020の人事シナリオVol.01 丸山 高見氏 アサヒビール

専門性に長けたT字型人材の育成に注力

大久保 8月18日の新聞にもニュージーランドの大手酒類企業を買収された記事が出ていましたが、御社はグローバル展開に非常に注力されています。それに付随して、どんな施策がありますか。

丸山 現在、アサヒグループ全体の売上高に占める海外比率は6%ですが、2015年までにこの数字を20%から30%に引き上げるのが当社の長期ビジョンです。そのために、今いる社員一人ひとりを、世界に伍して戦える人材に育てていく、というのが基本方針です。人事制度も、専門性をしっかり身につけてもらったうえで、別の能力を横展開で伸ばしていく、いわゆるT字型人材を評価・育成する方向に変えました。当社の社員は「体育会系で、突き進むと武田信玄の騎馬軍団のような強さがある」と言われるのですが、悪くいえば金太郎飴的な均一さがありますので、もう少し一人ひとりの強みを生かし、多様性のある風土のなかで、その専門性を深掘りさせたいのです。たとえば、犬・猿・キジといった違う能力を持った人材がそろい、個性あふれる部下を統率できる、桃太郎がいるといった組織が理想です。

大久保 以前、御社が「管理職」という呼称の代わりに、「プロデューサー」という呼称を導入された際、取材させていただきました。その時も痛感したのですが、「複線型人事の時代は終わった」と私は思っています。専門性で勝負する人も、リーダーシップやマネジメント能力がないと戦っていけませんし、逆にラインの管理職にも専門性が不可欠です。

丸山 その通りです。当社は典型的な日本企業で、人との連携によって成果があがる仕事ばかり、と言っても過言ではありません。研究所や工場で働く社員も積極的に外に出て、人と関わり合いながらアイデアや技術を磨いているくらいですから、社内外の人々との連携の中で、専門性を育み発揮するということです。

大久保 個々の仕事だけではなくて、今は企業そのものが多種多様なネットワークのなかで、さまざまな機能を果たせなければやっていけない時代に入っています。1次産業である農家が農産物の加工、販売、あるいはレストラン経営などを手がけることを「6(1次×2次×3次)次産業化」と呼びますが、同じように、生産から加工、流通まで、一気通貫で見られる人がますます求められる時代になると思います。

丸山 川下から川上をどう統合するか、ということですね。イノベーションは多様性から生まれますから、そういう視点が欠かせないと思います。当社の最も重要な人事課題がまさにお客さま、社会に新しい価値を提供できるイノベーションなのです。

イノベーションは悶々とした気持ちから生まれる

大久保 そもそもイノベーションはどのようにして生まれるとお考えですか。

丸山 世のため、人のために役立ちたい、という悶々とした気持ちが原点だと思います。当社の最近のイノベーションといえば、当社の定番商品である「アサヒスーパードライ」を特殊なサーバーを使ってマイナス2℃で提供する「アサヒスーパードライ エクストラコールド」という氷点下ビールが挙げられます。この商品も実は「悶々とした思い」から生まれたものでした。

大久保 どんな思いなのでしょう。

丸山 少子高齢化や経済不況などの要因から近年国内のビールの消費量は減少傾向となっています。発泡酒や新ジャンルといったビールより手頃な価格の新しいカテゴリーができたこともあり、ビールを中心に扱う居酒屋やレストランなどの飲食店のなかには厳しい環境のお客さまもいらっしゃいます。そこでビールを売っていただいている当社の営業社員が、飲食店さまの売上げを上げるためにはどうすればいいか悶々として苦しむわけです。「エクストラコールド」を開発した人間は、そういう営業に"武器"をもってもらいたい、居酒屋やレストランでしか飲めないお客様に喜んで頂ける新たな価値をもった商品を開発しよう、と考えたのです。

大久保 興味深いお話ですね。昨年、私たちの研究所でイノベーション人材についての研究を行ったのですが、「"青黒い"人材がイノベーションを起こせる」という結論が出ました。悶々とするような"青"臭い志と一緒に、社内力学をきちんとわきまえて行動するといった、腹"黒"さも兼ね備えている人材のことです。

丸山 まったく同感です。当社でイノベーションを成し遂げそうな人間も青黒い人間ばかりです(笑)。実に志高く、また"したたか"です。

大久保 御社は愛社精神にあふれた社員が多く、離職率も低い、非常に働きがいのある会社ですが、半面、同質な人間が集まり組織が内向き、ということがいえるかもしれません。一方でグローバル化というと、多様な人材を取り込み、組織自体も外向きになる必要があります。難しい舵取りを強いられるように思えるのですが、この点はいかがでしょう。

丸山 それはあまり心配していません。日本人だろうが外国人だろうが、同じ人間ですから、根っこの部分は同じだと信じているからです。ダイバーシティ(多様性)の基本は相手に対して敬意を払うことです。当社のいいところがまさにそれで、キャリア入社の社員だから、外国人だからといって差別する風土はまったくないのです。今オーストラリア人の30 歳の男性が人事部にいて、社内で英語やビジネスマナーを教える研修(国際塾)を開いているのですが、彼自身の明るく誠実な人柄もあり、各地で大変好評です。英語を学ぶと面白いよ、人生が豊かになるよ、という内容が大いに受けています。

信頼も愛社精神も継承せれていく

大久保 ダイバーシティでいえば、女性に関してはいかがですか。

丸山 ビール会社というと男性のイメージが強いのですが、1990年代初めに100人規模で女性を新卒採用して以来、女性活躍を推進してきました。現在は新卒の3~4割が女性です。外国人と同じように、女性だから排除したり、差別したりすることはまったくないのですが、女性がいきいきと働ける組織をつくるにはある程度の時間がかかります。今では大量採用した世代から管理職になる女性が多数出ていますので、今後はますます女性が活躍しやすくなるはずです。

大久保 多様な人たちがいきいきと働く組織をつくるには、「人を信頼する力」が不可欠です。実は、人を信頼することは大切な能力の1つなのです。そのためには2つのことが必要で、まずは自分に対する自信があること。もう1つは良好な人間関係です。この2つがないと、他者とうまくコミュニケーションできず、 仕事の領域を自ら狭めてしまうことになります。

丸山 おっしゃる通りだと思います。当社には昔から、先輩が後輩の面倒を見るブラザー/シスター制度というものがあり、そこで培われた信頼関係が一生の宝になることも稀ではありません。

大久保 自分は上司に育ててもらっている。会社も自分のことを認めている。そういう思いのある若手にいざ後輩ができたら、自分が上司から受けた恩を返すように、その人を親身に育てようという気持ちに自然になるのです。「後輩を一人前に育てるのが先輩の務めだ」と頭ごなしに伝えても無理です。

丸山 当社には「キャリアアドバイザー制度」というものがあります。定年後のOB数名に入社3年目までの若手全員と、それぞれの上司を訪問してもらい、細かく話を聞いてもらうのです。毎年、OBの訪問を受けた若手が「会社はここまでやってくれるんだ」と大いに感激します。

グローバル化の軸はやはり日本

大久保 それは素晴らしい制度ですね。御社はそうやって愛社精神も継承しているのでしょう。最後に伺いたいのは、再度、グローバル化についてです。グローバル化というと、本社も海外に移すなど、一種の無国籍化を図るものと、あくまで日本という軸を大切にしつつ、それを外に伸ばしていくという2つの方向性が考えられますが、御社の場合はどちらでしょうか。

丸山 当社は後者です。本社も浅草にあることですし、日本らしさを失ったらアサヒビールではなくなってしまいます。冒頭に触れたように、今M&Aを積極的に手がけていますが、「安全・安心・高品質」という、日本のものづくりに対する信頼は絶大なものがあり、ノウハウの提供を相手側から求められる場合が 非常に多い。そうした強みを保持しつつ、より一層のグローバル化を進めていきたいと思います。