日本人の働き方を変えるために、人事は何をすべきか生涯現役の実現のため自らの"Willの仕事"を発見させよ 豊田 建 (富士通)

少子高齢化に向けた日本企業の対策として、ダイバーシティ推進による「外国籍社員の活用」、働き方改革による「女性の活用」とならんで、生涯現役化による「シニア社員の活用」が進められている。

2013年4月改正高年齢者雇用安定法の施行により企業は(1)定年年齢の延長 (2)継続雇用制度の導入 (3)定年制の廃止 のいずれかを選択することが必要となったが、ほとんどの大手企業は(2)継続雇用制度の導入を採用し、(1)定年年齢の延長や(3)定年制の廃止 を採用する企業は少ない状況であった。ところが、ここにきてホンダや日本ガイシなどの大手企業が2017年度より65歳に定年年齢を延長する動きも出てきた。これらはどのような背景によるものなのか、またシニア社員を真に活用するためにはどのような配慮が必要なのか論じてみたい。

継続雇用制度から定年年齢延長へと移行する企業の登場

そもそも多くの大企業が定年年齢の延長や定年制の廃止を採用せず、継続雇用制度の導入を選んだ主な理由は、①後進にポストを明け渡し、組織の新陳代謝を促せる定年制を従来通り維持したかったこと、 ②60歳までの雇用契約と切り離して報酬を半分程度へ下げることで総人件費管理がやりやすいこと、であった。
ところが、60歳を迎えて突然これまでとまったく異なる仕事ができるわけはなく、結果として60歳までと同じ職場で、ほぼ同じ仕事で、個人の働きぶりによる違いもなく、年齢だけを以て一律報酬が半減する継続雇用制度は「年齢による差別」として、シニア社員のモチベーションを著しく下げるものとなった。団塊世代が大量リタイアしベテラン社員のノウハウ継承が必要になる中、この状況は望ましくなく、大量リタイアで一時的に総人件費負担が軽くなったこともあり、継続雇用制度から65歳定年年齢延長へ移行する動きが出てきたのである。少子化と大学全入化で相対的に地盤沈下した大学新卒を売り手市場で採り合うよりも、わが社のやり方を十分知っているシニア社員をもっと活用したほうが得との計算も働いたのかもしれない。

生涯現役で働ける仕組みへの挑戦

しかし、このまま日本企業が定年年齢延長や定年制廃止へ向かえば、シニアが活き活きと働ける社会になるのだろうか。富士通では、中核部門であるグローバルサービスインテグレーション部門で2015年10月より役職定年を迎えた幹部社員150人全員をグループ会社(富士通クオリティ&ウィズダム:以下FJQW)へ出向させ、定年制を廃止し生涯現役で働ける仕組みを全社に先行したトライアルとしておこなっている。その取り組みから学んだ「シニア社員が活き活きと働く環境に必要な要素」を紹介したい。

1.まずシニアの仕事が事業として「新たな価値」を生む仕組みを作る

シニアの雇用を延長すれば、総人件費が増大する分を若い世代の報酬を減らすことで捻出するという議論が出てくる。これは会社が生む価値が変わらないまま雇用を増やすという前提から出発しており、ゼロサムでは世代間の対立を招くばかりだ。これまでできていなかったこと、失われていたことをシニア活用によって解決し、全体の価値が増える仕組みを作ることが大切である。当社では、なかなか改善しない「品質の向上」や十分力を発揮できていない「若手の育成」など、これまで手つかずだった分野の問題をシニアの活用で解決する仕組みとした。

2.年齢やこれまでの職位に関係なく、生み出す価値に応じて処遇

価値を生み出せるシニアを現役と同列で高く処遇することは、企業にとって理にかなっているが、厄介なのは過去のノウハウや経験だけで現在の仕事もやろうとしているシニアである。まして、過去に高い職位にあったシニアには、後輩である現役世代はなかなか物申せない。そこでシニアの業務はすべて業務請負契約で受注して各人に割り当て、半年毎に発注側である現役世代から業務品質を評価する仕組みとした。元の職場に在籍したままの先輩に対する人事評価として行うのではなく、発注する業務の品質に対する評価とすることで業務上の期待や貢献度を明確化・客観化し、シニアのやりがいを向上させるとともに組織への貢献も拡大させることを目指した。これにより過去の実績や貢献ではなく、現在生み出す価値によって以前より高い処遇をすることも可能となった。

3.プライドは保つ一方、シニアにも成長を求める

役職定年でポストオフしたシニアがモチベーションダウンする要因の一つに、呼称が変わることがある。長年「部長」と呼ばれてきた人が、同じ環境で仕事をしながらそう呼ばれなくなることは頭では分かっても、なかなか受け入れ難い。富士通では部長でなくなっても、生涯現役の会社FJQWでは「部長」の呼称を継続することにした。また、過去の遺産ではなくこれから新たな価値を生み出してもらうために、コーチングやアサーションなどのソフトスキル教育を実施し、シニアであっても成長することを求めた。

4.シニアの役割は「専門性の発揮」と「後進の育成」と定義し、一人ずつWillの仕事を見つけさせる

ポストオフし報酬が下がるのに新たな役割を明示しないことは、本人にも周囲にも不健全である。これまでは好むと好まざるとにかかわらず、会社が求めるMustの仕事を次々とこなすことを期待されてきたが、これからは自分は何をやりたいのか、エドガー・シャインのキャリアアンカー理論を学び、自分の30年余のキャリアを振り返るカウンセリングを受けた上で、「専門性の発揮」と「後進の育成」をキーワードに一人ひとりWillの仕事を探させていく。

シニアが活き活きとカッコよく生きていくためには、マネジメントからプレイヤーとして専門性を追求する立場に戻り、後進を育てる役割を担うべしと、この二つの役割を定義した。しかし、ジョージ・E・ヴァイラント著『50歳までに「生き生きした老い」を準備する』(ファーストプレス)を読んでこの考えが正しかったことが確認できた。「幸せな人生を送れたか否かは社会的成功や能力に関係しない。人が成長するということは、『アイデンティティ』を持って両親から独立し、『親密性』を持って自己愛でなく相互愛でパートナーと関われるようになる。次は『職業の強化』により自らの仕事の社会における価値を見出す。さらに次の世代の世話をする『生殖性』を身につけ、『意味の継承者』となって過去と未来をつなぐ立場になる。最後は自分の人生と世界を『統合』し自分が生まれてきた意味を見出し平安を得られる。これが幸せな人生を送れる条件である」とのことである。

「職業の強化」から「生殖性」を身につけ、「意味の継承者」を経て、最後に「統合」に至るプロセスは、まさにFJQWが実現を目指しているものである。

生涯現役とは、役割を変えてあらためて世の中に貢献すること

この取り組みをスタートしてから1年半が経過した。スタート時には「これまではMustの仕事、早くあなたのWillの仕事を見つけて」とシニアに話すと、一部では「新たなリストラではないか」と猜疑の目で見られることもあった。しかし、いまではみな現役時代よりはるかに活き活きとし、すでに150人中30人は自分のWillに従って新たな仕事を見出し、その他も自分も続こうという者ばかりである。

「生涯現役化」――少子高齢化の日本の処方箋の一つであるが、それは過去のノウハウや経験を使って働き続けることではない。大切なことは、一人ひとりがキャリアを振り返って自分を見つめ直し、役割を変えてあらためて世の中に貢献する。それを通じて、最後には自分の人生の意味を見出せる。そのような環境を企業や社会が創っていくことではないか。

プロフィール

豊田 建
富士通
グローバルサービスインテグレーション部門
ビジネスマネジメント本部長代理(人事・人材開発担当)
1986年横浜国立大学教育学部を卒業し富士通に入社。ビジネスラインの人事やグループ会社の秘書・経営戦略等を経て2009年人材採用センター長。「Challenge & Innovation採用」や「職種別採用」などの新たな採用施策を企画・実施。2014年よりグローバルサービスインテグレーション部門の人事を担当。