労働政策で考える「働く」のこれから米国・中国・インドより「キャリア自律」が低い日本の行方

70歳まで働くことが当たり前に

政府は現在、「70歳まで働ける環境の整備」を掲げ、企業の継続雇用制度の見直しや年金の受給開始年齢の引き上げを検討している。

職業人生が70歳まで伸びるとすれば、個人のキャリア形成は、好むと好まざるとにかかわらず、変わらざるを得ない。60歳で引退し年金で悠々自適に暮らすことができた時代には、仮に50歳で役職から外れ、仕事にやりがいが感じられなかったとしても、給与をもらいながら10年間過ごすという選択もあった。しかし、これが20年続くとなるとどうだろう?

20年もあるのであれば、新たな学びや経験を通じて、やりがいのある仕事に取り組みたいという個人は多いだろう。

企業にとっても、かつて第一線にいた社員がモチベーションの低い状態で、20年も組織に残ることは、若い世代の士気を下げ、組織パフォーマンスの低下をもたらすと懸念せざるを得ない。

やはり、年齢を重ねても生き生きと働ける環境の整備は、超高齢社会の日本にとって必要不可欠なものである。「100年キャリア時代の就業システム」では、その重要なピースの1つを「キャリア自律」とおいた。

キャリア自律は米国・中国・インドより2割も低い

ところが、リクルートワークス研究所が行った国際調査によれば、日本人のキャリア自律の意識は低い。「キャリアは自分が決める」という意識は、米国・中国・インドが7割前後なのに対し、日本は5割を下回っている(図表1)。

図表1 「キャリア自律」意識の国別比較
出所:リクルートワークス研究所「五カ国マネジャー調査」

日本企業の人事権は強く、地域や職種を越える異動も命じることができる。社員が配属や仕事に対する希望をもっていたとしても、かなうとは限らないどころか、ともすれば、希望をもつたびに、それがかなわないという失望を、繰り返し経験することになる。そうであれば、中途半端に希望などもたず、企業の人事命令に受け身で応えていくのが、個人にとっては、最も合理的なキャリア戦略となる。

だが、1990年代にバブル経済が崩壊すると、企業は社員にキャリア自律を求めるようになった。キャリア面談を強化したり、社内にキャリアカウンセラーを配したりする企業が増えていった。労働政策研究・研修機構(2017)※1によれば、「社員の自主的なキャリア形成の促進」に現在力を入れている企業は27.7%で、今後力を入れたい企業は32.8%と、キャリア自律施策は依然充実させる方向にある。

職業人生が伸びれば、自分より年上のロールモデルを見つけるのは難しくなり、社外に次の仕事を求めることも増えていく。自身のキャリアを自ら舵取りする必要性がさらに高まっていくだろう。

企業が社員に求めているのは「キャリア」なのか、「自律」なのか?

キャリア自律とは、「めまぐるしく変化する環境のなかで、自らのキャリア構築と継続的学習に取り組む、生涯にわたるコミットメント」(花田、宮地、大木  2003)と定義される※2。だが、ここで悩ましいのは、社員にとって現在所属している企業内でのキャリアの構築と、企業外でのキャリアの構築、ひいてはライフキャリアの構築は、必ずしも一致しないということだ。

極論をいえば、企業によっては、キャリア自律とは、社員がその企業に所属している限りにおいて、主体性を発揮し、仕事で成果を上げることを望んでいるだけでである。自身でモチベーションを高め、仕事で成果を上げるための取組みを行い、企業が必要としなくなったら自ら退社する主体性を期待しているにすぎない。そのような企業で求められるキャリア自律は、企業内キャリアに限定されていて、企業外キャリアやライフキャリアの構築は本人任せである※3

その一方で、キャリア自律への関心が高まったこの20年間で、企業外キャリアの構築やライフキャリアの構築も視野に、社員のキャリア形成支援を強化してきた企業もある。

その最たるものは、40代、50代の社員を対象としたキャリア研修の導入である。かつては、その研修に参加すること自体が、企業から退出を望まれていると烙印を押されていると感じてしまう社員もいた。しかし、近年では、社内にそのまま残ることも、社外に出ることも含めて、これからのキャリアをあらためて考える機会として、対象年齢の社員全員に受けさせる企業が増えている※4

また、社員の自発的な学びを促進する企業も増えている。人事や上司が指名するのではなく、社員本人の意思による「手挙げ制」研修の充実や、副業やNPO支援、ボランティアなど、「越境学習」を行うための人事制度の導入も聞くようになった。

だが、このような環境が整備されているかどうかは、企業の人材活用ポリシーによる。社員を人材として尊重し、企業内キャリアの成長には、企業外キャリアの可能性やライフキャリアの充実を含める必要があると認識している企業と、そうでない企業では、キャリア自律支援策が異なっているように見える。

そこで、本シリーズでは、あらためてキャリア自律の今を、インタビューや調査データの分析から明らかにする。そのうえで、今後の政策対応についての方針を検討する。

※1 労働政策研究・研修機構(2017)「日本企業における人材育成・能力開発・キャリア管理」労働政策研究報告書No.196
※2 花田光世、宮地夕紀子、大木紀子(2003)「キャリア自律の新展開」一橋ビジネスレビュー51巻1号
※3 一橋ビジネスレビュー51巻1号(2003)「キャリア自律の新展開」やリクルートマネジメントソリューションズ(2014)『キャリア自律の過去、現在、未来』RMSmessage34
※4 中村天江(2014)「中高年のセカンドキャリアに企業はどう向き合うのか?」Works Symposium

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中村天江(文責)
大嶋寧子
古屋星斗

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