労働政策で考える「働く」のこれから就職ではない「新卒起業」というキャリア選択

24歳以下の起業家は全体の3.4%

我が国における若年起業家の数は少ない。2012年に新たに起業家※1 となった者のうち、24歳以下の者は全体の3.4%であった。このうちのどの程度が学生か社会人か、という点は不明であるが、100年キャリア時代の"school to work"には、新卒カードを使って企業へ就職するというキャリア選択のみならず、「起業」というキャリアトランジションがもっとあってもよいのではないだろうか。今回は、学生などの若者にとって「起業」が、100年キャリア時代に大きな選択肢となりうる可能性について検討したい。

若年起業家数は減少傾向

まずは全体の動向から見てみたい。若年起業家は、その数・年齢別に見た割合ともに減少傾向にある。2002年に2.7万人ほどいた15~24歳の起業家は、2012年には1.2万人ほどとなっており、数としては半減していることがわかる。また、15~24歳人口に占める割合でも、減少傾向にある。起業自体は景気の回復局面などの景況感のよい時期にしやすく、開業率と景況感には関係があるとされ※2 、若年起業家数についても景気動向の影響を受けているものと推測されるため、全体の動向として押さえておく必要がある。

図表1 15~24歳の年間起業家数と世代人口に占める割合
出所:総務省「就業構造基本調査」

若年起業を考えるにあたって、はずせない観点が、キャリア選択における新卒での就職との関係である。日本においては、就職活動を経て、新卒採用でファーストキャリアを踏み出すのが一般的となっている。新卒一括採用には、低水準の若年失業率、教育訓練投資の効率化など※3 の大きなメリットがあるが、100年キャリアの時代にschool to workのトランジションは新卒一括採用だけで十分であろうか。

学生から企業への就職が直結しているキャリアトランジションのみならず、学生から一旦起業をし、組織を立ち上げる経験をしたうえで、企業に就職する。または、学生で起業をし、失敗や成功を繰り返しながらシリアル・アントレプレナーの道を歩む。学生からのトランジションにはこうした幅広い選択肢がありうるのではないか。

ファーストキャリアとしての「起業」の魅力

「起業」を新卒就職と並ぶキャリアの選択肢として考える場合、学生が「起業」を選ぶことによって得られる価値がどういったものであるか、を考える必要がある。その最大の魅力は、やりたいことをやれる、という経験がもたらす価値があるだろう。裁量権が大きく、自身の選んだ物事に取り組むというキャリア選択は、仕事そのものへの満足度合いにもつながる。起業・独立を選んだ若者のほうが満足している比率は高く、また不満である比率は低い傾向がある(図表2)。また、生き生きと働けた度合など、仕事に前向きに取り組む指標にも同様の傾向が見られる(図表3)。こうしたポジティブな姿勢は、仕事における積極性や挑戦、そしてイノベーションにもつながる。

図表2 仕事そのものに満足していたか

図表3 生き生きと働くことができていたか
出所:リクルートワークス研究所(2017)「全国就業実態パネル調査」
※ 「起業・独立」は前年末時点で自営業・会社役員のもの

「起業」経験の価値

学生がファーストキャリアとして「起業」を選ぶ際のキャリア上の価値はどうだろうか。新卒で就職した企業は、初期研修やOJTによる教育訓練機会など、学生から新社会人になった個人に対して、多様な形で投資を行う。企業に就職した際に受ける"初期の人材投資"と比べ、「起業」の経験はどういった価値を個人に提供できるのであろうか※4 。以下に、想定されるいくつかの価値を提示したい。

何回でもチャレンジができる
現役学生であれば、起業により就労機会が損なわれることがない。さらに、現役学生の場合、時間的な余裕もある。サラリーマンの兼業・副業的な起業の場合、土日や夜にできることにビジネスが制約されてしまうが、学生であれば平日も活動できることも強みとなるなど、失敗しても再度チャレンジするだけの生活面・時間面の余裕がある。また、現役学生でなくとも若年者は単身であることも多いため、生活面についてのリスクやコストは相対的に小さいといえる。「30歳以下は新卒扱い」とするなど、新卒の範囲を拡大している企業も多く、若年者がチャレンジできる土壌は広がってきているといえる。

起業でしか培えない経験・勉強をすることができる
自己の裁量権が大きいなかでの大きな成功・失敗経験を積むことができ、また、起業家にしかない人的ネットワークを構築できる。こうした経験を通じて、経営者目線・ユーザー目線といった形で視野を拡大することができる。修羅場を早めに経験できることは経営者感覚につながり、経営者感覚は当事者意識につながり多くの組織において重宝される。

キャリア選択の幅が広がる
起業による経験を経たことで自信になる。特に小さくても起業による成功体験がある若年者は、就職した後に組織にしがみつく必要がなくなる。組織におもねりチームワークのみを重視するのではなく、個とチームワークの両立を考えてキャリアを構築できる。また、起業によるリスクを冷静に考えられるようになり、自己のもつ経験・スキル・ネットワークを最大限活用したビジネスを自分の手で開始することへのハードルが下がる。

こうした経験は、大企業が新卒採用の選考にあたって重視する能力である、「主体性」(60.7%、2位)や「チャレンジ精神」(51.7%、3位)※5 にも直結する経験となり、また、企業規模を中小企業まで広げても「主体性」(84.7%、1位)や「実行力」(63.4%、2位)※6 を重視する姿勢が見られている。こうした企業が若年者の選考にあたって重視する項目に対するエビデンスとして起業の経験は位置づけることができ、また"経営者感覚"をもつことで、起業していない学生とは一線を画する個人となることが可能である。

若者が「起業」することの社会的インパクト

100年キャリア時代の就業システムを考えるうえで、個人のキャリアトランジションが組織のイノベーションにつながることは好循環をもたらす重要な要素である。若者個人にとっての「起業」の価値に加えて、若年層が起業というキャリアを選ぶことが組織のイノベーションにつながるか、という点についても考察したい。

この点については、より若い年齢層が起業したほうが、高成長となりやすい傾向がある。「中小企業白書2017年版」によれば、起業後に新興市場上場企業以上の売上高伸び率を記録した「高成長型企業」のうち、39歳以下が起業した企業が15.5%であった。これは、この調査における39歳以下の起業家数比率の7.5%や、企業規模が数年経過しても不変・または縮小した企業(図表4において「持続成長型」と呼称)における39歳以下比率の6.1%と比較して、高い水準にある。もちろん、データの年齢の幅が大きく、決して学生での起業家でも同じことがいえるとは断言できないが、「より若い年齢層の起業家が、大きく成長する会社をつくっている」という点は押さえておく必要がある。

図表4 起業家の年齢分布 企業の成長タイプ別
出所:中小企業庁「中小企業白書2017年版」

加えて、1回踏み出した経験はそれが失敗であれ成功であれ、もう一度ビジネスを自分でやってみようというきっかけとなる。最初の1回目の起業を学生や若年者のうちに行うことで、社会としてシリアル・アントレプレナーの予備軍を形成することができる。

起業家が若者のキャリアの選択肢になるための施策

若年起業家に足りないものは資金だと言われるが、同時に、不足しているのはビジネスに関する経験と人的ネットワークである。

経験や人的ネットワークといった"資源"を再分配する仕組みを考える必要がある。たとえば、企業の経営層として現役時代を過ごしたシニアを若年起業家とマッチングする。シニアと若者のチームで起業をする仕組みをつくることで、社会にある知見やネットワークを再分配することはできないだろうか。また、仕事を与えることで成長機会にもなる。公共調達の一定割合を若年起業家に受注させるのも経験の社会的分配になる。

第一歩を踏み出す環境づくりも重要である。中小企業庁の調査では、高成長の起業家の一定割合(12.8%)が「企業や商店における職場体験を学校在籍時に受けた」、と回答している※7 。早いタイミングでアントレプレナーシップ教育をカリキュラムとして取り込み、座学とともに体験の場をつくり出すことが、起業というキャリアをつくる血肉になっている。場づくりは学校内に限らず、インターンシップなどの機会も有効に活用することが可能だろう。

失敗しても評価できる仕組みづくりも欠かせない。学生生活に挫折を経験した者のほうが、社会人になってからうまくいくという研究結果もある※8 。学生や若年のうちに起業をし、数年たってから就職する人は新卒で就職する人と比べて数が少ない。数は少ないが稀有な経験を積んだ若者が評価されるよう、起業経験がもたらす価値について解明し、その意義を広く社会に流布していく必要がある。

起業と就職を"いったりきたり"できる環境が理想であり、就職から起業の障壁を下げると同時に、起業から就職の障壁も下げる支援が重要である。

さらに、資金面でも、失敗したことを適切に評価する仕組みも必要である。我が国では失敗した起業家に対しては融資や投資が民間レベルでは集まりにくい。1度自力で起業した者が、2度目に起業するときにも創業補助金を申請できるような公的施策は、起業による失敗という学びを再度のチャレンジにつなげる効果がある。

100年キャリア時代には、しなやかで強い多様な個人のキャリアパスを構築するともに、社会全体としてイノベーションを起こす人材を作っていくことが必要となる。若年層から始めることで、個人のキャリア形成とイノベーションの創出という好循環の実現可能性が高まるのではないだろうか。

※1 この場合の「起業家」は過去1年間に職を変えたまたは新たに職についた者のうち、現在は会社などの役員または自営業主となっている者をいう
※2 中小企業白書など
※3 太田聰一(2010)「若年者就業の経済学」など
※4 起業が学生に与える価値については、株式会社コラボラボ 代表取締役 横田響子氏、株式会社ウィルフ 代表取締役社長 黒石健太郎氏への聴き取りをベースに整理している
※5 一般社団法人日本経済団体連合会「2017年度新卒採用に関するアンケート調査結果」なお、1位はコミュニケーション能力である。
※6 株式会社マイナビ「2018年卒マイナビ企業新卒採用予定調査 非上場企業を対象
※7 中小企業庁「中小企業白書2017年版」 成長タイプ別に見た、在学中に受講した起業家教育の内容
※8 豊田義博(2011)「キャンパスライフに埋め込まれた学習―何が、社会人としての適応をもたらすのか?

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中村天江
大嶋寧子
古屋星斗(文責)

次回 『30年で4倍「シニア起業」の潜在力』 2/22公開