労働政策で考える「働く」のこれから家族手当は100年キャリア時代に必要か?

問われる家族手当の是非

100歳まで充実したライフキャリアを送るには、ライフステージにあわせて、さまざまな社会的役割を担いながら、その時々に適した働き方を柔軟に選択できることが必要となる。そのようになるための必要条件の1つが、どのような働き方を選択しても、納得感があり、次のキャリアを形成するための経済的基盤となるような公正な賃金が配分されることといえるだろう。

このような点から賃金を見た場合、これまで以上に議論の対象となりそうなのが「家族手当」である。家族手当とは、扶養家族のいる従業員の生活を支えるために、企業が基本給以外に支給する賃金のことをいう。人事院の調査によれば、2016年に民間企業の77%で家族手当(配偶者手当、子ども手当)の制度を導入しており、その支給額は配偶者に対する手当では平均1万4,024円、子どもに対する手当では第1子平均6070円、第2子5499円である(人事院「2016年職種別民間給与実態調査」)。

「男性正社員を支える」という責任への賃金

家族手当の一つとしての配偶者手当は、多くの場合、従業員の配偶者が専業で家族のケア労働に従事するか、ケア労働の傍らに家計補助的に就業する場合に支払われるものとして設計されている。実際、配偶者手当を導入する企業の85%が支給基準を設けており、うち66%が配偶者の年収103万円、30%が130万円を、支給するかしないかのメルクマールとしている(その他の基準を設ける企業は5%程度)。

戦後の日本では、家族総出で働く自営業中心の社会からサラリーマン中心の社会への移行が急ピッチで進んだが、そこで前提とされていたのが、男性が残業や転勤を厭わない勤勉実直な会社人間として働き、その男性を家庭で女性が支える性別役割分業であった。このような前提のなかで、従業員の妻子の生活に配慮した賃金体系が多くの企業に採用され、家族手当も普及していった家族手当は、戦後企業の成長を支えた(男性の)働き方、それを支える妻の責任に対する賃金という面をもっていた

特定の働き方・家族に結びついた賃金の妥当性

配偶者手当については、これまでも女性の就業に中立的でないという側面から議論の対象となってきた。たとえば、2015年末から2016年春に開催された厚生労働省「女性の活躍に向けた配偶者手当の在り方に関する検討会」では、配偶者手当が女性の就業調整(一定の収入の範囲内となるよう就業時間を調整する行動)を招いているとし、労使の真摯な話し合いによって、配偶者の働き方に中立的で、従業員の納得性の高い賃金制度に見直していく必要性が指摘された。

今後は女性の就業に中立かどうかという側面だけでなく、これからのイノベーションのあり方、100年キャリア時代の家族のあり方にフィットしているかという面からも、家族手当のあり方が問われるようになるだろう

これまで企業の基幹人材といえば、職務・働く場所・時間を限定せずに働く、いわゆる「無限定正社員」であった。しかし今後、組織のイノベーションは、無限定正社員と限定正社員(職務・働く場所・時間のいずれかまたは複数を限定して働く正社員)、プロジェクト型雇用の社員(専門知識・経験をもつ人材として企業に有期雇用され、数年単位のプロジェクトの遂行に貢献する社員)、フリーランスなど、多様な人材の強みを組み合わせ、これまでにないモノ・サービスを、より迅速に生み出す形へとシフトしていくと考えられる。このようにイノベーションに貢献する人材が多様化すればするほど、特定の働き方・特定の家族のあり方に対して賃金を支払う制度を、納得感のある形で維持することが難しくなる

さらに人生が長期化する時代には、人は何度でも学び直し、転職や起業などのトランジションを経験していくことになる。そのような不安定さのある時代には、たった1人の就業で家族全員の生活を支える「大黒柱の戦略」ではなく、家族の中の複数の稼ぎ手が多様な形態で組織に参画したり、独立・起業によって収入を確保する二本柱、三本柱の戦略をとることが、より家族の生活安定に貢献するだろう。こうした家族の戦略の変化も、従業員から見た家族手当の妥当性を低下させていくと考えられる。

なお、特定の働き方や特定の家族のあり方を前提とした制度は、企業の家族手当だけではない。たとえば、配偶者控除や社会保険の被扶養配偶者制度は、配偶者のいる女性の就業調整を引き起こしているとして、見直しの必要性が長く指摘されてきた。家族手当をはじめ、特定の働き方や家族のあり方を前提とした国・企業の制度の是非について、あらためて議論の俎上に載せていく必要がある

※ 家族手当は戦前にも存在したが、日本で広がった直接の契機は1939年の賃金臨時措置令とされる。これにより賃上げが凍結される一方で、物価上昇に歯止めがかからなかったため、例外的に扶養家族に対する手当支給が許可され、多くの企業が賃上げの代替として家族手当を導入した。さらに戦後には、企業の賃金体系において家族の生活保障の観点がより明確に組み込まれ、多くの企業で家族手当が採用されていった

ご意見・ご感想はこちらから

中村天江
大嶋寧子(文責)
古屋星斗

次回 「「賃金交渉」は集団から個人に移るのか?」 1/30公開予定