労働政策で考える「働く」のこれから100年キャリア時代、 転職を未来への「機会」にするために

キャリアトランジションの核となる「転職」

100年キャリアの時代、「転職」は個人・企業双方にとって、今までより身近で、未来に向けた大きな機会となる。

前回紹介した「100年キャリア時代の就業システム」において、「転職」を、個人が自らの能力を元手として、組織に参画※注していくための、キャリアトランジションの重要な一形態とした。「転職」において、個人が円滑で最適な転職を行うことや、企業や社会が「転職」が当たり前の世の中に対応してその行動様式を変化させていくことは、100年キャリア時代の好循環をつくり出すための重要な要素の1つとなる。

個人が組織に参画する。組織は参画してきた個人を最大限活用し、イノベーションを持続的に生み出す。そして、生み出された利益を企業が個人に投資・分配する。個人はこうして得た能力や収入を支えとして、次なる挑戦に踏み出すことができる。
これこそが、我々がイメージする100年キャリア時代の「転職」を起点とした好循環である。

※注:我々は個人のキャリアトランジションの在り方を、「転職」・「独立・起業」に分けて整理しており、本稿では企業での雇用関係を前提として組織に参入する「転職」について扱う

100年キャリア時代の就業システム

この30年間で、大企業や35歳以上にも浸透した転職

転職はこの30年間でずいぶん一般化してきた。厚生労働省「雇用動向調査」によれば、年ごとの景況感により変動はあるものの、転職入職者は増加傾向にある。転職しやすいパートタイムなどの非正規雇用を除いた一般労働者で見ても、1985年から2015年に転職入職者は187万人から308万人へ、実に1.6倍に増加している。

特に1000人以上の大企業に限定すると、転職入職者は29万人から89万人へと3倍に増えており、大企業においても中途採用を活発化する動きが広がっており、企業の採用行動の変化がうかがえる。

また、「35歳転職限界説」といわれるように35歳を過ぎると極端に転職ができなくなるといわれてきたが、35歳に限ってみても、1985年の77万人から2015年の171万人と2倍以上増加している。このことからも、多くの人にとって転職は身近なものになっている。

転職入職者の推移(一般労働者)

出所:厚生労働省「雇用動向調査」

加えて、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2017」によれば、同業種同職種での転職は24.4%のなか、異業種異職種での転職は45.1%となっており、異なる分野への転職となる割合が大きい。多くの転職者は過去の職業経験を十二分に活かせない可能性もあり、その意味では、転職は個人にとって、「当たり前だが、非連続な」キャリアトランジションとなっている

「転職」をとりまく4つの問題

一方で、100年キャリア時代にあるべき「転職」の姿を前提とした場合、転職をとりまく現状には見逃せない問題が存在する。

その第1が、転職をすると賃金が低下する問題である。転職によって賃金が増えたという人は、日本では22.7%にとどまり、G7とBRICSなどをあわせた13カ国平均の56.6%を大きく下回る※1。多くの国において賃金が上昇する人が半数を超えている状況と比べ、日本だけが転職で賃金が上がらない状況にある。
転職によって賃金が下がる労働市場では、キャリアトランジションを重ねるほど、処遇は低下することになる。この状況のままでは、転職は好循環のチャンスとはならない。転職で賃金が低下する状況を変えることが、人生100年時代におけるあるべき転職を実現するための大前提といえる。

第2に、「転職者=即戦力」と考えられているにもかかわらず、メンバーシップ型の日本の組織では、転職者が必ずしも活躍できていない問題がある。長期の人間関係を重視する組織において、外部労働市場を通じて異なる組織での経験や知識を持ってやってくる転職者のソフトランディングとその後の活躍を可能にする条件は整っていない。

なかでも近年、転職者が若い世代から次第に中高年に広がりを見せるなかで、入社後の「適応」に関わる問題が浮上している。人材サービス産業協議会が2013年に行った調査では、企業が中高年採用を敬遠する理由を尋ねている。これによると、企業が中高年採用を敬遠する第一の理由は「給与の高さ」(37.6%)であるが、第二位以降は「新しい仕事を覚えるのに時間がかかるから」(27.0%)、「自分のやり方を押し通そうとするから」(23.2%)など、新しい職場への適応に関わる不安要素が続いている。「転職者=即戦力」という幻想が、我が国における転職者のソフトランディングとその後の活躍を困難にしていると考えられる。

第3に、転職の増える時代に企業が人材の能力開発を継続的に行っていけるのかという問題である。

企業は自社に資する人材を育成しているが、個人が業務を越えて自身の活動を広げていくための自己啓発活動でさえ、今日その支援の大きな主体は企業である。正社員の95.4%、正社員以外でも87.5%が勤務先の会社からの費用など補助を受けて自己啓発活動を行っている※2。転職が一般化する社会は、こうした能力開発投資を行った企業が損をする構造を生み出すこととなりはしないだろうか。能力開発の対象となった個人が転職をしてしまい転職前の企業にリターンが望めなければ、そもそもの投資を行う意味が失われる。長期雇用を前提として設計されてきた能力開発の意義が、転職が一般化するなかで再度問われている。

第4に、日本の税・社会保障をはじめとする制度が、個人が人生のなかで何度も転職を経験することと整合的な設計となっていない問題である。たとえば、所得税制上の退職金税制はその典型である。退職金への所得控除は、勤続年数に応じて控除額が拡大する設計となっており、勤続年数が20年を超えると所得控除額が大幅に拡大し、長期勤続を税制面からサポートしている。しかし、退職金税制以外にも、日本の働き方との関わりにより転職のコストを高めている制度が存在する。社会のなかに埋め込まれた諸制度が転職というトランジションにどのような影響を与えているのかを総点検する必要がある。

「転職」を個人にとって最大の「機会」にするために

100年キャリア時代の就業システムが好循環を起こしていくためには、転職というキャリアトランジションが、個人のキャリアと組織のイノベーションをつなぐ「機会」として機能することが必要である。しかしながら、これまで見てきたように、現状の転職はそのような機能を果たせていない。

そこで次回以降は、本稿で取り上げてきた4つの問題
①転職が経済的損失につながる問題
②メンバーシップ型の組織で転職者の適応が難しい問題
③能力開発が転職を前提とした仕組みになっていない問題
④税・社会保障などの制度が必ずしも転職を支える設計となっていない問題
に焦点をあてる。

それぞれの問題点をより掘り下げた議論を行うとともに、その解消に向けた糸口を示し、100年キャリア時代の就業システムにおいてあるべき「転職」の姿を指し示していきたい。

※1:リクルートワークス研究所・BCG(2015)「求職トレンド調査2015
※2:厚生労働省(2016)「能力開発基本調査 平成28年度」

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中村天江
大嶋寧子
古屋星斗(文責)

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