研究員の「ひと休みひと休み」どうすれば、人が学びたくなる環境を作れるのか──辰巳哲子

リクルートワークス研究所presents「研究員の『ひと休み ひと休み』」は、研究員が「何を考えているのか」「どんな思いで研究活動をしているのか」、そんな研究員の「生の声」をお届けするPodcast番組です。
第3回は、主任研究員・辰巳哲子に話を聞きました。本コラムでは、収録音源から抜粋した内容をご紹介します。
※podcast番組はぜひこちらからお聴きになってください。

――辰巳さんは「学習を阻害する職場の研究」に取り組まれていますが、この研究をやりたいと思ったきっかけは?

辰巳:赤ちゃんをイメージしてほしいんですが、赤ちゃんはなぜ、お母さんのお乳を吸うということを学んでいないのに、それができるのか。そうしないと自分が育っていけないからということもあるだろうし、本能的に学ぶことを身につけているはずです。たとえば「友達と海に一緒に行きたいから、自転車に乗れるようになりたい」「お母さんのところに行って抱っこしてほしいから、歩けるようになりたい」とか、学ぶことは、もともと楽しいこととして人の身体の中に埋め込まれていたはずなんですよね。それが、小学校・中学校に進むと時間割が決まっていて、場所も、カリキュラムのゴールも決まっている。学ばせる側にとってはすごく効率の良いやり方なんですけど、そういう時間割型の学びに慣れてくるうちに、学びというか勉強は、つらいことを強いる、という形でやらされることに慣れてきてしまう。個人の学習意欲がどこかに置いてこられたまま、学びがつらいものに変わってきてしまっているんじゃないか、と思ったんです。学びの研究、たとえば今リスキリングの研究なんかも盛んに行われていますけども、「学ばせる」「やらせる」という要素が非常に大きくて、やらせても人は学ばないだろう、じゃあどうすれば、人が学びたくなる環境を作れるんだっけ、ということを考えるようになったんです。一方で、個人がもともと持っている学びたい気持ちというのを邪魔してしまっている環境もあるんじゃないかなと思って、それで「学習を阻害する職場の研究」を始めました。

――何が邪魔しているのか、すごく気になりますね。

辰巳:そうですね。詳しくは報告書にまとめているんですけど、「個人に学習の主導権を持たせない」ということが第一にあります。個人が自律的に何かをしようとしている行動に蓋をしてしまうような行動が邪魔につながっていたり、「今やっていることを確実にやることが大事」というようなことを重視して、個人が変わっていくことを邪魔してしまう、それらが学習を阻害する職場を作り出しているということが、研究の中からは見えてきています。

――「学習阻害」の研究をする上で、おもしろいエピソードなどがあれば聞かせてください。

辰巳:「今度こんな研究をするんだけどどう思う?」と、いろんな企業の人事の方や大学の先生に聞いてみたら、「辰巳さん、そこで言っている『学び』ってどういうことなの?」という質問をされることがすごく多かったんです。多くの人が「学び」と言われたときに、「本を読む」とか「講義や研修を受ける」とか「資格取得のための勉強をする」というような、学校でしてきたような学びをイメージされるんです。でもその一方で、「一番学んだのは先輩からだよね」とか「お客さんから学んだ」というような、人とのかかわりあいの中で学んでらっしゃる方というのがすごく多いということもわかってきて……。「自分は、人から学んでいることがすごく多い」と言っているのに、「学び」と言われると学校の勉強をイメージしてしまう、そのギャップが面白いなと思いました。

実際に学んでいる人の職場の状況を見ると、いくつかのキーワードが見えてきました。一つは、個人の中長期の成長を支援している職場であること。職場で、個人の長期的な成長に必要な仕事のアドバイスが得られる、上司が自分の将来のキャリアイメージとか実現したいことを知ろうとしてくれている、というようなことです。二つ目は、学んだ個人から互いに刺激を受けられる場として職場が機能しているということ。三つ目は仕事以外のやりとりの機会があること。職場の中で雑談をする機会だったり、仕事以外のこと……たとえば「先輩はなぜその仕事を選んだんですか」というような会話ができたり、自分の職場以外のまったく価値観の異なる人と接する機会がある、そういったことがどうやら個人の学びを促進していくようだ、ということが調査結果からは見えてきています。実際にこれを実現していこうとすると、学習コミュニティを企業の中に作っていくということになるんですけど、この学習コミュニティってどういうものなのか、どうしたら立ち上げられるのか、イメージできますか?

――自習室が思い浮かんじゃいました。

辰巳:自習室ですか()。それはつらい、しんどい勉強ですね。今、いい感じで学習コミュニティを作られている企業にも取材をさせていただきながら、職場の学習コミュニティについての研究を進めています。対話型の学びについての報告書を来年1月にリリースする予定です。

おもしろい「問い」が見つかった時はワクワクします

――研究をしていてグッとくる瞬間ってありますか。

辰巳:いろんな人と話す中で、おもしろい「問い」が見つかった時ですかね。先ほどの「学習を阻害する職場の研究」でもそうなんですけど、「どんな人が学んでいるのでしょうか」とか「どうすれば働いている人は学びたくなるのでしょうか」というようなことを言ってもピンとこないというか、おもしろくない。個人に養成ギプスのようなものを着せて無理やり動かすようなイメージしか私は持てなかったんです。システムシンキングという考え方があって、何か起こっている事象があるときに、それには理由があるわけで、そうさせているものに目を向けてみようという考え方です。個人が学ばない、と言ったときに、「どうすれば学びに向かわせられるのか」ではなく、そもそも学びに向かわせない環境があるんじゃないか、その環境に目を向けた研究はどんな切り口でできるのか、と考え始めました。そういう風に、おもしろい「問い」が見つかった時は、自分の中でも気分が上がりますし、どうやって研究を進めていこうか、とワクワクしますね。おもしろい「問い」をどうやって立てていけばいいのか、日常生活の中でも、これ面白いな、これを問いの切り口で考えるとどうなるのかな、ということを結構考えたりしています。

――研究する上でのこだわりはありますか。

辰巳:べき論とか人の答えに簡単に乗っからない、ということです。社会ではこうあるべきだとか、誰それは悪いことをしたから叩かれて当然だとか、こういう制度は支援をするべきだ、みたいなことが言われていると、ん?それって本当にべき、って言っていいのかな?と一瞬立ち止まりますよね。「当然こうあるべきだ」ということを、日常のコミュニケーションの中でも人から言われることがあるんですけど、本当に当然なのかしら?と。「研究者は良い天邪鬼たれ」ということを私自身の師匠にもよく言われましたが、今正しいと言われていることって本当に正しいんだっけ、ということを、一歩止まって考える癖みたいなものはついていますね。特に、世の中の流れが一つの方向に引っ張られそうになっているときはすごく危ないと思っていて、それは本当かな、そうさせている要因はきっと一つではなく、複数ある、それらは何なのか、ということを考えるようにしています。最近は日本人以外の国籍の方とお仕事をすることも増えてきていて、日本人の常識がすべてではないので、そこの前提はやはり変えていく必要があるんだろうなと思っています。

――ありがとうございました。

辰巳哲子
株式会社リクルート入社後、組織人事のコンサルティング(企業理念の浸透、組織活性化)に従事した後、社会人向けのキャリア研修の開発を行う。20034月より現職。全国の自治体や学校と共同研究を行い、文部科学省や経済産業省にて委員を務める。博士(社会科学)。研究領域は、キャリア形成、大人の学び、学校の機能。『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会リーダーの創造』『社会人の学習意欲を高める』『「創造する」大人の学びモデル』『生き生き働くを科学する』『人が集まる意味を問いなおすーリアル/リモートの二項対立を超えて』を発行。

学習を阻害する職場の研究
https://www.works-i.com/project/interruptlearning.html
自分にとって「良い仕事」とは何か
https://www.works-i.com/project/newcareer/hypothesis/detail003.html

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