専門家が語る、現地人材採用のコツ【最終回】フランス人管理職の「誇り」

Solenn THOMAS氏

フランスでは、経費削減のため社内外の人脈や求人サイトを使って直接人材を採用しようとする企業が増えている。
エグゼクティブ採用に携わるソレン・トマ氏が、人材紹介会社のコンサルタントが実践する人材サーチの手法と、知っておくべきフランス人管理職の意外な一面についてアドバイスする。

◆管理職を採用する方法は、大別すると①競合企業からの引き抜き方式、②卒業生名簿を使ったサーチ、③履歴書登録データベースや人脈の活用、④SNSの活用、の4通りが考えられる。
◆長いバカンスを取る国民性のイメージがある一方、フランス人管理職の中には職務に誇りを持って意欲的に働く人も多く、短期的な採算性要求の強まりとともに、「燃え尽き症候群」の社会問題化も見られる。

フランス人管理職の「誇り」

フランスでは、不況下で短期的な経営改善を迫られる企業が多いため、管理職の離職率も非常に高い。EDF(仏電力公社)のように、勤続40年の社員が珍しくない企業もあるが、ITや金融など再就職が容易な業種では有利な条件を求めて自発的に転職する者が多く、エリート層ではジョプホッピングも目立つ。

人材サーチの手法

人材紹介会社のコンサルタントが実践する人材のサーチ方法は、4つの手法に大別される。①競合企業の同等ポストにある人材を徹底的にサーチして声をかける、引き抜き方式(例えば、コカコーラ社からの求人に対して、ペプシコーラ社の同等ポストにある人材に声をかける)。この手法は、英米企業に比較的多くみられる。②学校の卒業生名簿をもとにサーチする方式。これは、フランスで多く見られる。③履歴書登録データベースや人脈の活用。④LinkedIn(リンクトイン)やViadeo(ヴィアデオ)といったソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の活用。

①~④のいずれの場合にも、各候補者の人柄と企業の社風の適合性を見極めることが重要であり、人材コンサルタントの最大の腕の見せどころでもある。同業種でジョブ・ディスクリプションの内容も同じような求人のポストがあったとしても、募集する企業ごとにその行間を読んで人材を探せるのが、有能なコンサルタントの証である。
大手の多国籍企業が市場を占有している化粧品業界では、競合企業間での転職は珍しくないが、フランス系大手からアメリカ系大手に移った管理職が1ヵ月で退職してしまった例もある。フランス系大手が伝統とプロセスを重視し、長期的プランを優先する社風であるのに対し、アメリカ系大手のほうは、社風は自由だが短期で結果を出すことを求められる。学歴や職歴を確認することで手早く確認できるコンピタンスと違って、人材の性格や人柄が企業にマッチするかどうかの見極めは面談で判断するもので、コンサルタントの経験がものを言う。
また、フランスに限らず、採用候補者が同業者への転職を禁ずる「非競合条項」に縛られていないかどうか留意することも重要である。

②の学校の卒業生名簿を利用する方法は、卒業時の「ディプロム(学位や資格)」が一つの「職業資格」をなし、その後に就く「職種」に直結することが多いフランスならではの特徴である。フランスで優秀な人材を探すには有効な方法である。あるポストの歴代の就任者がすべて同じ学校の同じコース卒という例もあり、とくに技術職でこの傾向が強い。エンジニア養成を原点として実践型エリートを養成してきた「グランゼコール」制度というフランスの高等教育も背景にある。

管理職を採用する場合、業務や勤務地を限定する、内密に進めるといった必要がある場合は、人材をサーチする手法を熟知していて信頼できる人材紹介会社に依頼するのが確実である。

情熱をもって働くフランス人管理職、「燃え尽き症候群」のリスクも

フランスにおける人材マネジメントの指南書の一つである『誇りの論理』(1989年)で、著者の社会学者フィリップ・ディリバルヌ氏は、人材マネジメントで機能している原理が万国共通と思い込むのは間違いであると述べ、アメリカが「契約の論理」、オランダが「コンセンサスの論理」であるとすれば、フランスでは「誇りの論理」が機能していると説いた。
「誇り」とは、フランスにおける「騎士の名誉」のようなものと考えるのが一番わかりやすいだろう。厳しい選抜試験を受けて難関の名門校に入学するのは、高貴な騎士団に入団する通過儀礼。名門校の卒業生は現実的な互助システムでもある貴重な学閥ネットワークを手に入れ、そのネットワークを通じて生涯追求すべき理想を共有する。騎士は、契約に書かれた高給につられるのでもなく、企業組織に従属するのでもなく、自らの理想と情熱をもって奉仕する。一見、時代錯誤に映るが、実際のフランス人管理職の行動パターンをまことによく反映した分析である。

フランスの管理職人材は、自分の職務に誇りを持ち、意欲的に働く。こうした人材を活用するフランスの官庁・企業では、意思決定は必ずトップダウン方式であり、指揮系統となるヒエラルキーが重要になる。このため、フランス人管理職に対しては、ジョブ・ディスクリプションにより、責任範囲と組織内のポジション(誰の指示を受け、誰に指示を与えるのか)を明確に示すことが絶対必要である。自分の責任を自覚した管理職は、情熱をもって職務を遂行し、会社の財務状況、発展戦略、将来の展望についても敏感である。
フランスの企業内ヒエラルキーは、個人の使命感や誇りを実現する場であり、日本風の組織への従属や融和とは違うことに注意したい。こうしたメンタリティーと表裏一体になるのは、意欲的に取り組んだ仕事に対する社会的な認知、つまりその仕事に値するような雇用条件である。時に、その要求が高くなり、労使間で対立や労働争議が起こりやすくなる。

また、意外にみえるかもしれないが、責任感ゆえに夕方6時に退社することに負い目を感じる管理職も多い。短期的な採算性への要求が強まるなか、経営者からのプレッシャーと部下からの不満の狭間で「燃え尽き症候群」の症状を呈する管理職も増えており、2015年5月に国会に提出された労使関係改正法案でも「燃え尽き症候群」の労災認定が議論になった。フランスでは現在、労働力人口の12%に相当する320万人が「燃え尽き症候群」予備軍とみられている。

万国共通でない人材マネジメント

日系企業については、仕事のアウトプットへの要求度が高い、イノベーティブ、個の論理より集団の論理が優先される、そのほかに、職場での女性の地位が低い、というイメージがある。人材も組織も行動原理は必ずしも万国共通ではない。個性や細かいミスが許容されない組織にフランス人が馴染むのは難しいだろう。外国語を喋らないという偏見が根強いフランス人も、今日では、幹部クラスの英語能力は完璧で、ビジネス上は問題ない。海外経験者や海外赴任意欲のある人材の需要も高い。長いバカンスはフランスの「国民的スポーツ」と受け止めてほしいと思う。まとめて長い休暇を取ることは難しくなっており、小分け(といっても1〜2週間以上)に有給休暇を消化する傾向が強まっている。

「取材・執筆協力」:  KSM NEWS & RESEARCH

Solenn Thomas (ソレン・トマ)氏
Managers by Alexander Hughesのクライアント・パートナー
ハイテク部門の採用を皮切りとして人材領域に携わり、Alexander Hughesに入社。現在は同社の子会社であるManagers by AHで主にハイクラスとエグゼクティブ人材の採用を担当している。担当部門は消費財、工業、企業向けサービス。フランスのビジネススクールを卒業し、オーストリア・ウィーンで経済学を学んだ。仏語のほか、英語と独語が堪能。哲学の学位も有する。