全国就業実態パネル調査「日本の働き方を考える」2018実はよく勉強していた?ゆとり世代 ―シグナリングから人的資本へ 茂木洋之

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最近の大学生は勉強熱心なのか?

「全国就業実態パネル調査(JPSED)2018」では「社会人の学び」について特集が組まれた。前回のコラムでは学生時代に学び習慣がある人は、社会人になってからも学びの意欲が失われていないことが発見された。

次の問いとして、学生時代に日常的に学んでいた人はどういう人なのか、ということがある。特に筆者の興味として、最近の学生と昔の学生のどちらが熱心に勉強に励んでいたのか、つまり学生時代の学び習慣における世代格差がある。

確かに年配の方と話をすると、昔の学生は授業をさぼって麻雀に勤しんでいた、みたいな話をたまに聞く。「大学はレジャーランド」という表現もある。一方で筆者の周りの、大学で経済学の研究・教育に従事されている方々から「今の学生はとても真面目で、よく勉強をする」という話を伺うこともある(注1)。話を聞いている限りだと、今の学生は昔の学生よりも熱心に勉強するという意見が多い。

総務省「社会生活基本調査」をみると(図1)、学業に割く時間は、統計を取り始めて以来、最新の2016年が最も高く、4期連続で増加している(1986年から2001年にかけての学業時間の減少は興味深い現象である)。勉強時間という意味では、40代の人たちはあまり勉強していなかった世代で、20代、50代は勉強をしていた世代となる。一方で学習・自己啓発・訓練など、自発的な学習に割く時間はあまり変化していない。

図1 大学・大学院生の1週間あたりの時間の使い方
(※1)「学業」は学校や学習塾の授業や予習・復習・宿題を表す。「学習・自己啓発・訓練(学業以外)」とは個人の自由時間を活用して、知識・教養を高めるため、就職のためなどの目的で行うものをいう(資格取得のための勉強などはこちらに含まれる)。
(※2)1996年以前は「学習・自己啓発・訓練(学業以外)」が「学習・研究(学業以外)」であったため、掲載していない。

(出所)総務省「社会生活基本調査」

今、就職協定の撤廃が議論されているが、その際に、協定の撤廃は学生の勉強を阻害する、といった意見をよく見かける。しかし、そもそも学生が勉強していないようなら、そのような意見はあまり意味がない。一方で、同時に大学改革も叫ばれているが、学生の実態を客観的に知ったうえでの議論は少ないように思う。昔の学生をベンチマークにして、最近の学生の学習習慣について論じることには一定の価値があると思われる。

そこで本コラムでは「新しい世代のほうが、古い世代よりも学生時代に学んでいた」という仮説を、データを使用して検証し、今後の大学教育のあるべき姿を探りたい。

20代、30代はよく勉強していた

今回は、JPSED2018の以下の質問事項を使用する。

質問:「あなたの学生時代の学び行動は、以下のどれに近いですか」

  1. 「授業やテストの対策のみならず、ふだんから関心をもった事柄について自ら調べものをするなど、習慣的に学習していた」
  2. 「授業やテストのために、直前だけではなく常日頃から学習をしていた」
  3. 「授業やテストのために、テスト直前に知識を詰め込むなど、単発的に学習していた」
  4. 「ほとんど勉強はしていなかった」

今回は1または2を回答した人を学生時代に勉強していた人、とする。1または2を回答した人は、講義に出席し、日常的に学習している人と解釈できるだろう。勉強時間で分析を試みると、もし最近の学生の勉強時間が少ないという結果が出た場合、学習の効率化(インターネットによる文献検索など)による効果と識別できない(注2)。「学び行動」という習慣の視点から考察している点で、JPSEDには新しさがあると言える。

このデータの限界として、「学生時代」という聞き方であるため、小学校から大学までのいつのことを質問しているのかはっきりしない。よって今回はサンプルを最終学歴が大学卒・大学院卒の人に限定し、大学時代の話として以下の議論を進める(注3)。また、学びの内容が個人や世代によって異なることもある。新書を読むことを学びと捉える人もいれば、単なる趣味の延長としての教養と捉える人もいるだろう。

以下で簡単に計量分析を試みる。左辺に「学生時代の学び習慣の有無」の2値変数を入れて、右辺に今何歳代かというダミー変数を加える(基準は60代)。また、性別や中学校3年生時点の成績をコントロール変数として加える。結果は以下のようになった。

図2 世代による学生時代の学びの確率
(※1)世代についてはベースは60代、性別についてはベースは男性、専攻についてはベースは文系。
(※2)サンプルは社会人経験のない学生を除き、24歳~64歳に限定した。ウェイトを用いたOLSで分析をし、サンプル数は8638人。プロビット分析での結果も同様。結果は20代、30代、女性のみ5%有意。

(出所)全国就業実態パネル調査2018

やはり現在の60代と比較して、20代、30代は日常的に学習している確率が有意に高い(それぞれ7.5%ポイントと8.0%ポイント)。一方で、40代50代はその確率は高いものの有意ではない。そして男性よりも女性のほうが13.3%ポイントよく勉強しているという結果だ。また、(以外にも?)文系と理系での有意な差は確認できなかった。

なお、20代についてはいわゆる「ゆとり世代」であることも付記しておく。ゆとり世代というと学習指導要領改訂により、勉強しない世代の代表のように扱われることが多いが、この結果からは学生時代に日常的に勉強している世代とも言える。

最後に「学び」の定義を変更して同様の分析を試みる。具体的には1を回答した人を学生時代に勉強していた人、と定義してみた。授業やテストがなくとも勉強するということで、ある意味理想的な姿勢と言える。結果は、全ての変数が有意では出なかった。これらの結果から大学の授業の充実などが、学生の学習を促進させている可能性が示唆される。一方で、本当に重要なのは自発的に学習し続ける人間の形成である。外発的な要因がない場合、どのように学び習慣を形成していくかについては、今後研究が必要と思われる。

シグナリング理論から人的資本理論へ

大学の存在意義を経済学的な観点から大別すると、人的資本理論とシグナリング理論がある。(注4)人的資本理論とは、教育を投資の一種として捉える。個人は大学に行くときに学費(と機会費用)を支払い、スキルを身につけて、社会に出てからより生産性の高い労働サービスを提供する、という考え方だ。「学生の本分は勉強だ」といった主張があるが、この背景にあるのは人的資本理論だと言ってよいだろう。一方でシグナリング理論は、大学教育自体は生産性を増すような意味のあるものとは仮定しない。大学教育は労働市場において、自分が能力の高い人間だと証明する「シグナル」として機能するという考え方だ。現実は、大学教育は両方の役割をもち、両理論を完全に区別することは不可能だ。

上の結果からは、昔の学生は、最近の学生と比較して、あまり勉強していなかったことがわかった。しかし昔のほうが就活で大学名などが重要だったとも聞く。これは、昔は大学がシグナリングとして機能していたことを示唆する。一方で昨今の学生は比較的よく勉強する。また文部科学省「学校基本調査」によると、大学院進学率は1985年度卒業の学生が5.5%であるのに対して、2018年卒業の学生は10.6%と増加している。最近は、大学で人的資本を蓄積して社会に出る学生が増加していると考えることもできる。

これからグローバル化やIT化に伴い、ますます高スキルの労働力が重要になることは論をまたない。大学入学時点の能力のシグナルのみとして、大学が機能する時代は終わったとも言える。

参考文献
川口大司(2017)『労働経済学―理論と実証をつなぐ』,有斐閣。
松島斉(2015)「宇沢弘文先生とわが大学生時代」(http://www.econexp.org/hitoshi/keisemi1518.pdf、2019年1月26日閲覧)。

注1)もっとも、筆者の周りの大学関係者は経済学部(研究科)の人がほとんどである。昔から経済学部は、理系や(司法試験のある)法学部生よりもあまり勉強しないようだ。例えば松島(2015)にその様子が書かれている。
注2)上述の通り、総務省「社会生活基本調査」からは最近の学生の勉強時間は長いことがわかる。ITが勉強時間を削減しているとすると、上述の結果は下限を推定していることとなる(実際には見かけ以上に勉強しているということ)。
注3)もちろんこれはかなり強い仮定である。
注4)この二つの理論は労働経済学における金字塔ともいうべき理論である。興味のある方は川口(2017)などを参考にして頂きたい。

茂木洋之(リクルートワークス研究所/研究員・アナリスト)

・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。