フランスの「働く」を考えるフランスのジェンダー平等への取り組み

ナポレオンの功罪

2022年7月に公表されたWEF(世界経済フォーラム)のThe Global Gender Gap Report 2022(世界男女格差報告書)において、フランスのジェンダーギャップ指数は146カ国中15位、EU域内では5位と好位置につけた。しかし、フランスがジェンダー大国となったのは最近のことであり、以前はヨーロッパ随一の男性社会であった。例えば、フランス史上最大の英雄とされるナポレオン・ボナパルト1世(1769-1821年)は、女性は赤ん坊、知的障害者と同じカテゴリーに属し「市民権を剥奪されるべき人物である」と民法に明確に示させたほど男尊女卑な人物であった。近代社会に男尊女卑の思考を定着させた張本人であるとされている。

フランス人女性が夫の許可なしに自由に職業を選択し、自分名義の銀行口座を持つことができるようになったのは、わずか半世紀前の1965年のことである。

抗議活動の様子

1968年5月には、学生運動から五月革命が起こり、これまで自由を蔑ろにされてきた女性たちの鬱憤が一気に爆発し、ウーマンリブのムーブメントが沸き起こった。これは後に女性解放運動(M.F.L.)となり、社会全体の意識改革をもたらす出来事となった。ジェンダーギャップを解消することが国の経済的発展に直結すると理解した以降のフランスは、国を挙げてジェンダー平等に取り組んだ。半世紀でジェンダー後進国から先進国へと生まれ変わったフランスの手腕に、多くの国々が注目している。フランスのケースをそのまま日本に当てはめることは難しいが、参考にできる事例があれば幸いである。

「パリテ」の理念がフランスを大きく変えた

3月8日は国連が定めた「国際女性デー」である。今年も男女間の平等や女性の支援などを訴え、多くの女性がパリのあらゆる街角でデモ行進を行っていた。当日はデモ行進を取材中であったがその場で、フランスのメディアから「今あなたが求める要求事項は何か」とインタビューを受けた。私はフランスに15年以上住み、男女の差で苦しんだ経験はないため改善点が思いつかず、正直言葉につまってしまったが、ジェンダー先進国のフランス人女性たりは現状に満足せず、さらなる改善を求めて発言し、路上へと繰り出している。そんな姿に感嘆され、気持ちを新たにした。

五月革命後にフランスの男女平等は一気に加速した。1972 年には、男女の賃金平等に関する「同一価値労働・同一賃金」の原則が確立され、2000年にはフランスにとって大きな転換点となった「男女同数原理」を義務化する、通称パリテ法が制定された。具体的には、例えば国民議会議員選挙時は、候補者が男女同数でなかった場合、その男女数差に応じて政党助成金が減額されるというペナルティが課される。このペナルティは効果を高めた。

パリテ法は、以降2度の改正を経て、現在はより厳しい内容となっている。パリテ法が、フランスを一気にジェンダー先進国に仕立て上げたとされ、政治・経済・社会活動において大きな理念としてフランス社会に定着している。パリテ法制定以降、政治の場における女性の活躍は目覚ましく、国会議員の女性比率は40%以上、大臣の男女比も10年前から常にほぼ半々で継続している。イル・ド・フランス知事もパリ市長も2014年から女性が就いており、2022年にはフランス史上2人目となる女性首相も誕生した。

フランスでは、状況を抜本的に変えたいのであれば、人為的であるものの、クオータ制などの義務化は避けられないと考えている。

女性の幹部職比率は46.4%

女性経営幹部登用率の図解

企業に関しては、パリテ法に押される形で、コペ・ジンマーマン法が2011年に施行された。同法は、250人以上の従業員を雇用し、5000万ユーロ以上の売上がある企業の取締役会と監査役会を形成するメンバーの女性の数が40%以上でなければならないとするクオータ制の導入である。違反した企業には罰則があり、さらに現役の取締役の役員報酬が減額されるという厳しい内容となっているため絶大な効果があった。以降は、企業における男女の平等が加速し、現在フランスのCAC40企業における女性の経営幹部の登用率は46.4%である(※1)。これは欧州でもトップである。2009年の登用率が10%であったが、クオータ制導入後の14年間で急速に改善されている。

フランスはさらに職業上の男女平等を目指しており、企業に対する具体的な施策を次々に導入している。2019年には「男女平等に関する指標」を導入した。男女平等を100点満点で評価する制度で、従業員数50人以上の企業は毎年、指標の算出とその公表を義務付けられている。3年間の評点が連続で75点を下回った場合に、罰金が科される。2022年には指標の導入以来で初めて16社が義務違反で罰金処分されている。

根強く残る男女間の賃金格差

パリテ導入に成功したフランスだが、男女の賃金格差は改善できていない。1972 年に男女の賃金平等に関する「同一価値労働・同一賃金」の原則が労働法典に記載されてから、様々な施策が取られたものの、現在でも女性は男性に比べて28.5%も給与額が低い。女性の高等教育進学率は世界で最も高い水準にあり、就労率も82.5%と極めて高い。専門職や管理職に占める女性の割合も40%近くに上昇している。

教育水準でもなく、就労率でもない。では何が原因なのだろうか。仏国立統計経済研究所の調査によると、この格差の多くは「職業的分離」によるものであるという。女性が多い職種や業種は、女性として働きやすいが賃金が伝統的に低く、また、女性は産休・育児休暇を取りやすい職種を選択する傾向もある。賃金以外の基準で仕事を選ぶ傾向が男性より高いことが原因とされる。出産後に子供のいる生活に合わせるため、働き方を変える女性も多く、出産数と比較して圧倒的に少ない託児所の数もその傾向を強める要因となっている。積極的に給与の交渉する男性は41%だが、女性は34%に留まっている。

ジェンダー平等に繋がる働き方とは

男女間の賃金格差の原因は、女性しか子どもを生むことができないという生物学的なものであるため、現時点での改善策は、男性の更なる家庭労働参加と育児参加を高めることである。フランスでは家事の72%、育児の65%を女性が担っている。家庭内の役割分担に国が介入することはできないが、現実により向き合えるような社会制度をつくることが必要である。

家庭内の役割意識の変化と父親の育児参加を促進させるため、2021年には育児休暇の男女平等化を推進する目的で、父親育児休暇の延長に関する新制度が施行された。期間が従来の14日間から28日間へと引き上げられた。7日間の取得は義務となり、違反した企業には7,500ユーロの罰金が適用される厳しい内容である。

フランスでは、女性が働きやすい労働市場の構築を求めてフレキシブルワークを熱心に奨励しており、コロナ危機で義務化されたテレワークは全国に浸透し、現在はテレワークとオフィス出勤を交互に行うハイブリッドワークが標準となった。ワーク・ライフ・バランスの更なる向上に向け、労働時間を短縮する方向へと動いている。週4日労働制の導入議論は加熱し、トライアル導入する企業も増えている。時短導入と労働生産性を上げることに力を注いでいる。

最後に

これまで、さまざまな制度の導入や取り組みによって改善されているものの、「無意識の偏見」はいまでも各所に根強く残っている。現在のフランス社会における女性の地位向上、ポジションが獲得されてきた背景には、フランスを代表する女性解放思想家のシモーヌ・ド・ボーヴォワールや、ユダヤの家庭に生まれ育ち、ホロコーストを生き抜いた後にフランスを代表する政治家となったシモーヌ・ヴェイユらだけでなく、多くの女性の日常的な闘いの上に成り立っている。

TEXT=田中美紀(客員研究員)