フランスの「働く」を考えるフランスのワーキングママンが安心して働き続けられる理由

90%以上の女性が働く社会

仕事を通じて知り合った友人のサビーヌは大企業の管理職で、いわゆるキャリアウーマンだ。より良い条件を求めて転職を繰り返すジョブホッパーでもある。いつもエレガントな彼女は1歳、3歳、5歳の3人の男の子のママンでもある。フランスでは、ワーキングママンの存在はごく普通で、子育てを理由に働くことを諦め、キャリアアップを断念することはない。

そもそも、フランス女性の就業率は85.5%(※1)と高く、正規・非正規を合わせると90%以上になる。3歳以上の子供を持つ母親に絞っても83.9%(※2)と高くほぼ変わらない。妊娠を理由にした解雇は法律で禁止されているし、妊娠中、産休中、育休中の解雇も同様である。職場復帰時には、以前と同じポストが保証されているため、安心して休暇を取ることができる。

フランスにはワーキングママンが活躍できる社会的土壌が存在する。それは、少子化対策をはじめとする多角的できめ細かい家族政策が大きく関係している。産まなければならないというプレッシャーをなくし、子供を産みたい、育てたいと思える社会環境の構築を目指す政策だ。

本コラムでは、各種制度の概略に加えて、フランスが政策を成功に導いてきた背景、根底にあるフランス社会のあり方も紹介したい。フランスと日本では文化や国民性などの違いがあるが、日本の状況改善の参考になれば幸いである。

世界で最もきめ細かい家族政策立案の裏舞台

高水準の出生率を保つフランスの取り組みは、様々な国の研究の対象になっている。特に、2010年に合計特殊出生率(※3)が2.03に達したことを機に、日本をはじめ、少子化に苦しむ多くの先進国がフランスの政策に注目した。2019年の家族手当金庫(CAF)の資料によると、家族支援に投じるフランスの公的支出は国内総生産比で約4%と、非常に高い割合である。家族政策は主に3本柱で機能している。1つ目は、国の中央機関から独立している家族手当金庫(CAF)が保育所などの育児支援、手当金など公的補助金の配給を担っている。そして、国の中央機関が主に税制を管理している。

家族政策の政策立案を主導するのは1982年に設置された全国家族会議(※4)である。首相の主宰で年 1 回開催する会議は、関係大臣、家族手当金庫、自治体、労使代表、家族関係活動の団体全国組織などでメンバーを構成している。現行政策の成果を検証し、課題について議論する。立案から実施を通して、正確な現状分析をするために、現場のニーズをリアルタイムで徹底的に把握する体制ができている。

私も、こうしたフランスの各種ある子育て支援制度のもと、仕事をしながら子供を出産した。妊娠したことを健康保険の事務所に届け出ると、国が現状を把握するために実施しているアンケート調査の依頼メールが何度も届く。アンケートの内容は非常に細かい。さらなる調査に承諾すると、電話でのヒアリングや調査員による自宅訪問、産院でのインタビューなどがある。リアルな要望や意見を伝えることができたのには正直驚いた。このように地道に国民(私は外国人であるが)の声を探り出し、エビデンスに基づく政策立案に繋げる努力がなされている。

出生率激減の危機を乗り越える

現在では欧州トップの出生率を誇るフランスも、1990年代前半に出生率が1.65まで落ち込む危機を経験したことがある。1999年には、左派政権による民事連帯協約(通称PACS)が同性カップルの保護を目的として導入され、協約を結んだカップルは法律婚と同様の社会保障を受けられるようになった(※5)。しかし蓋をあけてみると、実際には異性カップルが大多数であった。また、2002年には、週35時間労働制が導入され、ワーク・ライフ・バランスが改善された。仕事をしていても家族と過ごす時間が十分取れるようになり、出生率は2.0に達した。コロナ危機後の現在の出生率は1.85前後を行き来しているが、変わらず欧州トップをキープしている。

なお、2005年には「非摘出子」という言葉が民法から削除されている。そもそも、60%以上の子供が非婚カップルから生まれているフランスでは、子供の両親が結婚しているか否かによる不合理な差はない。2013年にはPACSから一歩進んだ、「みんなのための結婚(※6)」制度が施行された。これは、同性カップルでも法律婚カップルと同様に養子縁組が認められ、医療的な生殖補助(PMA)をも可能にしている。婚姻形態の歴史における大きな変革であったため、保守派が反対し、極めて激しい論争を巻き起こした。今年で10年経つが、パリ市内では同性カップルがベビーカーを押す姿が多く見られるようになった。

「産むほどおトク」なシステム

フランスの所得税はN分N乗方式を取り入れており、扶養家族が多いほど世帯の所得税の負担が軽減される。あらゆる手当も子供の人数に合わせて増える仕組みである。以下にて簡単に出産・子育て支援の概略を説明したい。

妊娠・出産の医療費は、原則的に国の医療保険で100%カバーされる。「苦しまなければ母親になる資格はない」という考えもないため、出産は無痛分娩が基本である。妊娠7カ月には乳幼児受け入れ給付(PAJE(※7))として、出産一時金の1,019ユーロが支給される(※8)。リハビリ、訪問看護師など出産後のケアも充実している。例えば、産後ウツなどに苦しむママンには、かかりつけ医をはじめ、社会福祉士のサポートがあり、心理カウンセラーにも無料で相談することができる。

注目すべきは、こうしたサポート体制において、横の繋がりが確立している点である。私は産後の仕事復帰時に、寝不足と激務で体調を崩してしまったが、その異変に最初に気づいてくれたのは、子供を預けていた託児所の若い担当保育士さんだった。その日のうちに所長の耳に届き、すぐにサポート体制を準備してくれた。家族から離れて外国での初めての子育てに心細さを感じていた私に、フランス社会が温かく手を差し伸べてくれている気がしてとても有り難かった。親子を孤立させず、社会が一体となって協力体制を築こうとする取り組みが実感できた出来事であった。

痒いところに手が届く家族手当

十数種類ある子育て支援に関する家族手当は、国籍や法的な立場(婚姻、PACS、ユニオンリーブル、パートナーの有無)にかかわらず、16歳(場合によっては20歳)未満の子供を持つ親なら誰でも受給することができる。給付条件に子供の人数制限や、所得上限がある手当もあるが、条件に関係なく受給できる手当が大半である。手当の種類はとにかく細かく、痒いところに手が届く内容となっている。

乳幼児受け⼊れ給付(PAJE)、住宅補助、大家族手当、低収入家庭補助、障害者援助、学童資材手当、バカンス手当、引越し手当、労働活動補助手当など多種多様ある。必要に応じて、子供一人につき平均で10種類の援助を受け取ることができる。昨今高騰するエネルギー価格と物価に対応して、インフレ手当やエネルギー援助も追加されている。ほかにも、パートナーとの別離後に養育費を受け取っていないひとり親への家庭支援手当など、対象者の状況に応じて金額が決定される手当や、自治体やアソシエーションによる援助も存在する。

ひとり親へのサポートで言えば、最近では、養育費の滞納に関する請求制度が簡素化された。養育費滞納による被害者は35万人と言われ、その85%が母親である。2023年から、CAFが債権者として取り立てを代行し、その間の養育費を肩代わりする。養育費の滞納はひとり親への不払いから、国への不払いという扱いになった。

保育園の料金はもともと手頃であるが(※9)、これも税金控除の対象になる。また、保育アシスタント(※10)を雇用する場合、国からの手当と税制優遇も受けられる。2019年からは、共働きする親の託児手段を早めに確保するために、義務教育年齢が幼稚園(école maternelle)の3歳へと引き下がった。義務教育の学費は公立校なら無料、大学も安価な登録料のみである(※11)。医療費も基本的には健康保険でカバーされる。歯の矯正も16歳までなら無料だ。2022年からは15〜18歳の若者を対象に、1年に1回文化芸術活動を支援するための「カルチャーパス」と呼ばれる助成金が支給される。金額は18歳で300ユーロである。

フランスでは子供を持つか持たないかは純粋に個人の意向による。経済的リスクを懸念して、子供を持たないという人が稀な理由は明白である。

「ジェンダー問題」の解決が鍵

少子高齢化が深刻な日本では、その要因に「非婚化」が挙げられることが多いが、婚姻率が上がったとしても出生率が比例して上がるわけではない。事実、フランスの婚姻率は年々下がっているが、少子化対策は成功している。きめ細かい支援体制とは別に、長年の男女平等政策などの努力の積み重ねにより、「子育ては女性がすべき」という概念が、社会から完全になくなっている。保育園の送り迎えにも、公園にも父親の姿が多く見られ、子育てはパパとママンが共同で行うのが大前提である。

しかし、ジェンダー先進国のフランスも、かつては女性が低年齢児、知的障害者と同じ社会カテゴリーで括られ、市民権がない時代があった。既婚女性が夫の許可なしに銀行口座を開き、働くことを可能にしたのは、ほんの半世紀前、1965年の民法改正時の話だ。それ故、結婚に良いイメージを持っているフランス人が少なく、結婚したがらない女性が多いのは、以前の結婚制度が「女性を男性に従属させるもの」だったからだろう。出生率を回復させて国を維持していくには、「非婚化」に注視するのではなく、社会全体の男女格差是正に本気で取り組むしかない。さらには、長時間労働、残業文化をなくし、ワーク・ライフ・バランスを改善する必要もある。

「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」は、今や、世界的に重要なテーマであり、その実現のために多くの国が取り組んでいる。家族政策は、国の成り立ちや、国のジェンダーロールの歴史と深く結びついている。また、社会の価値観などが複雑に絡み合っているため、フランスの少子化対策は国内では効果があったが、他国では効果が上がらない可能性も高い。

しかし、ワーキングママンが活躍できる社会環境を構築するには、子育て支援、少子化対策といった枠を超えて持続的発展が実現できる政策と、社会における女性の立場の底上げが必須である。このような、フランスの姿勢は日本でも参考になるはずである。

(※1) 海外領土を除いたフランス本土の数値
(※2)国立統計経済研究所(INSEE)による25〜49歳の女性の就業率に関する2020年の調査数値
(※3)15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの。一人の女性がその年齢別出生率で一生の間に産む子供の数
(※4)2016年に家族児童高齢者高等評議会(HCFEA)に改組されている
(※5)婚姻、PACS、ユニオンリーブルの3種がカップルの関係として公式に選択ができるようになった
(※6)Mariage pour tous
(※7)Prestations dʼaccueil du jeune enfant
(※8)双子は2,039ユーロ、三つ子は3,058ユーロ、養子を迎える場合は2,039ユーロ。出産一時金は収入の上限額がある手当だ
(※9)2023年、託児所の価格は0.15ユーロ/時間から3.71ユーロ/時間の間で変動する
(※10)保育アシスタントは国家資格を取得する必要がある
(※11)学士課程で170ユーロ、修士課程で230ユーロ

TEXT=田中美紀(客員研究員)