「週休3日」で働く株式会社陣屋 代表取締役 女将 宮﨑 知子氏

旅館では異例の週休3日。「3連休」で従業員満足度が向上

年中無休が当たり前とされていた旅館業に休館日を設け、さらには従業員の「週休3日」を導入した陣屋。“業界常識”を打破した老舗旅館の取り組みは、どのような形で実現されたのか。株式会社陣屋の代表取締役であり、鶴巻温泉 元湯陣屋の4代目女将を務める宮﨑知子氏に週休3日の仕組みや体制の築き方、従業員にもたらされた効果などを聞いた。

1日10時間実働の変形労働制を導入し、週休3日を実現

陣屋は現在、1週間のうち火・水・木曜日の3日間を休館日にしている。旅館は年中無休で営業するのが一般的で、陣屋も以前は365日稼働していたが、2014年にまず火・水の2日間を休館日にし、2年後には木曜を加えて3日間にした。2020年には就業規則を変更して従業員の働き方を変形労働時間制に切り替え、それまでの8時間×5日勤務を10時間×4日勤務に移行。月曜日は宿泊客を取らず、食事や温泉を楽しむ日帰りサービスのみという形にしているので、チェックアウトや客室清掃など翌日午前までかかる業務も発生しない。休館日に合わせて全従業員が完全に休める週休3日を実現している。

鶴巻温泉 元湯 陣屋週休3日は従業員満足度、ひいては顧客満足度を高めるため、かねてより目指していたことだが、「実現に至ったのは、コロナ禍を契機に1日10時間勤務としたことが大きいです」と宮﨑氏は語る。まず夜警や配膳、布団敷きなど夜勤専門のスタッフを置くこれまでの夜の体制を変え、夜勤の当番も調理・接客部門のスタッフで編成する2交代制を考えた。「日勤ができるメンバーが夜勤も埋めれば、朝食のスタンバイもすべて彼らででき、(翌日の日勤者の)早朝手当も、夜警の手当も発生しません。また昼間は手が回らない事務作業も夜間に処理できます。実働を10時間拘束にすれば、1日の半分の12時間働いても、時間外労働は2時間内に収まりそうなので何とかなるだろうと試算しました。人件費の圧縮により経営スタイルとして長く続けられ、雇用も維持できる見通しが立ったことで、週40時間勤務に伴う週休3日に踏み切りました」(宮﨑氏)

従業員にとっては拘束時間が2時間増え、かつこれまでなかった夜勤が入るわけだが、「家庭の事情で夜勤ができないという理由で退社された方が2名いましたが、ほかのスタッフは特に反発もなく、全員残ってくれました。むしろ『休みが増える』と歓迎する人が多かったですね」と宮﨑氏。もっとも、夜勤当番が回ってくるのは数週間に1度のサイクルで、その週は体調を考慮して規則的に3日連続、金・土・日と夜勤に入る。休館日を経て翌週は4日間の日勤に戻るので、体力的にもそれほどの負担はない。

制度の概要

  • 休館日と同じ火曜・水曜・木曜の完全週休3日制
  • 夜勤は当番制で週3日連続、数週間に1回ペース
  • 1日10時間実働+休憩1時間の11時間拘束。時間外手当は1分単位で付与
  • 休日は副業OK

週休3日が機能する前提は、従業員のマルチタスク化

陣屋は大正時代に創業した老舗の名門旅館だが、2000年代に一時経営の存続が危ぶまれる状況となり、4代目経営者の宮﨑夫妻が再建に挑んで息を吹き返したことは、メディアでもよく報じられている。一連のさまざまな改革のなかで週休3日制につながるのが、従業員の「マルチタスク化」を進めたことである。今、陣屋の組織は「接客」と「調理」の2部門しかない。高級料亭並みの懐石料理を看板の1つにする陣屋は調理部門に力を入れ、正社員の半分を板前が占めている。接客部門の正社員はパート社員と協力し、接客はもとよりフロント業務からゲストリレーション、清掃の管理まで、調理以外のすべての業務を担当する。「料理を運ぶ」「布団を敷く」といった1つの業務だけに専従するスタッフをなくしたことにより、無駄な空き時間もなくなり、必要最小限の“適正人数”に効率化された。「週休3日も接客・調理の少数メンバーで2交代のチームをつくることが前提でした。マルチタスクでなければ実現できませんでした」と宮﨑氏は振り返る。

鶴巻温泉 元湯 陣屋 女将 宮﨑 知子氏さらにマルチタスク化に貢献したのが、業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進である。まず自社で予約システムを開発し、それまで紙の台帳でフロントが集約管理していた顧客情報をオンライン化して、タブレット端末で従業員が誰でも見られるようにした。予約状況の確認をはじめリピート客の料理の好み、浴衣のサイズといった「おもてなしに役立つ情報」が共有されることで、サービスレベルが向上するとともに、スタッフ一人ひとりが効率的に複数の業務をこなせるようになった。その後も機能の追加、改善を続け、現在は業務フローに関わる情報から同社の経営状況まで可視化されており、従業員がより「当事者意識」を持って仕事に取り組むようになったという。またサービスや料理の評判が高まり、多くの“陣屋ファン”を獲得したことにより、休館日を設けても売上が確保できるようになった。なお、このシステムの発展形は現在、クラウド型旅館・ホテル管理システム「陣屋コネクト」として外販されている。

“3連休”を活用してさまざまな体験を。副業も業務委託の形式で許可

「陣屋のお客様は観光より、何もせずにゆったりと寛ぎたいという滞在志向の方が多いです。客層もビジネスパーソンの方が中心なので、宿泊客のチェックインは顕著に土曜に集中しています。もともと平日の売上は少なく、営業すると経費もかかることから平日休館には踏み切りやすかったです。また周辺は終業後に過ごせる施設があまりないので、毎日早く帰るよりも週末に集中して働き、まとまった休みが取れるほうがありがたい、という声が大半でした」(宮﨑氏)

宿泊業も今は週休2日の働き方が中心だが、シフトの関係で休みは飛び石になることが多く、「ホテル系の学校を出たある若手社員は、『同窓生と会うたびに、連続して休めることを羨ましがられています』と嬉しそうに報告してきます」と宮﨑氏。翌日も休みという安心感から、早朝から夜までお気に入りのテーマパークで思いきり遊ぶ、また国内旅行を楽しむ、といった過ごし方をする従業員も少なくない。「話題のホテルやレストランに行き、客の立場でサービスを享受する経験をすることで、新しい気づきや発見を陣屋に反映してほしいという期待もあります」(宮﨑氏)

さらに「役職のない従業員のなかには、残業時間の圧縮により給与の手取り金額が減ってしまう人もいるので、休日の副業を認めています」と宮﨑氏。ただし副業先が時給制だと、主たる事業所である陣屋が時間管理をしなければならないので、業務委託で行い、確定申告も自ら行うよう伝えている。現在は、舞台やライブハウスの道具づくりなど、それぞれ自分の好きなジャンルで副業を見つけている人が多いという。また、グループ会社の陣屋コネクトで働く従業員もいる。プロジェクトごとに業務委託の形で、サイトの構築や地方の観光協会との交渉などを担当している。

4dayww_004_03.jpgさまざまな改革を成功させてきた陣屋が、いま謳っているのが「旅館を憧れの職業に」というスローガン。「旅館業に従事する人を増やすために、これからも若い人が働きたいと思う魅力的な環境をつくり続けていかなければなりません」と宮﨑氏。その1つとして陣屋が先鞭をつけた週休3日が、どのように他社に影響するか注目される。

ポイント
  • 稼働効率を考えて2016年から平日の火・水・木を休館日に。併せて従業員の働き方を見直し、変形労働制を採用して2020年5月から休館日と同日の週休3日制を施行。月曜日は宿泊なしにして、翌日まで業務がもつれこまない「完全週休3日」を実現。
  • 金・土・日の営業日は2交代制の11時間拘束(うち休憩1時間)が基本。時間外手当は1分単位で支給する。夜勤にも通常業務ができる日勤メンバーを当番制で配置することにより、日中に積み残した事務作業等が夜間帯に行えるようになり、残業時間も圧縮された。早朝出勤手当も不要に。
  • 配膳や布団敷きなどの専従スタッフをなくし、調理以外の全業務を接客スタッフが行うマルチタスクに。これにより当番制がうまく機能し、週休3日体制がスムーズに実現した。マルチタスク化の実践にあたってはDXを推進し、顧客情報を共有するなどして効率化を図った。経営情報まで広く可視化することで、従業員の「当事者意識」が向上した。
  • 休日は業務委託に限って副業を許可している。グループ会社の業務に参加する機会もある。

プロフィール

宮﨑知子氏
株式会社 陣屋 代表取締役 女将
「陣屋」4代目女将。リース会社を経て2009年より夫・富夫さんと共に「陣屋」の経営立て直しを図る。2010年にはクラウド型旅館・ホテル管理システム「陣屋コネクト」を導入し、2012年に黒字化を達成。2014年には週休2日制、2020年には週休3日制を実施し、さまざまな働き方改革に取り組んでいる。