人事変革のバディ三菱ケミカルの多様性を活かす人事制度改革

課題の理解者
福田信夫氏 Fukuda Nobuo

w167_bady_fukuda.jpg代表取締役・常務執行役員(サプライチェーン所管)
東京大学理学部化学科卒業後、三菱化成工業(現三菱ケミカル)入社。寧波三菱化学有限公司取締役社長、三菱化学(現三菱ケミカル)石化基盤本部ユーティリティー部長、執行役員化学品本部長などを歴任。2017年から三菱化学物流(現三菱ケミカル物流)社長、2019年4月より現職。


変革のエバンジェリスト
中田るみ子氏 Nakata Rumiko

w167_bady_nakata.jpg取締役・常務執行役員(リソース所管)
慶應義塾大学卒業後、エッソ石油入社。2000年ファイザー人事企画担当マネジャー。取締役執行役員人事・総務部門長を務めたのち、2018年、ダイバーシティ推進担当執行役員として三菱ケミカルへ。2020年取締役に就任。

いかに仕組みを整えても、それだけで会社は変わらない。制度改革は、目指すビジョンをどれだけ現場と共有できるかに懸かっている。

三菱ケミカルはまさに今、現場との対話を重ねながら、人事制度の刷新に取り組んでいる。その推進力となっているのが、人事のプロフェッショナルとして変革を牽引する中田るみ子氏と、現場に精通したリーダーである福田信夫氏だ。

同社は2017年、三菱化学、三菱樹脂、三菱レイヨンが合併して誕生。それぞれの歴史を持つ3社が1つになり、新しい会社を作りあげていくなかで、重要なテーマの1つがダイバーシティだった。経験も専門性も異なる多様な人材が集結し、次は、一人ひとりが個性を活かして主体的に活躍できる環境づくりが欠かせなかった。そこに招聘されたのが、外資系企業での人事経験豊富な中田氏だ。

入社した中田氏がまず取り組んだのが、現場の話を聞くことだった。
「会社のことを何も知らなかったので、最初はとにかく全国の事業所や工場を回りました。上長には席を外してもらい、直接現場の社員の話を聞きました。1年で700人くらいと会いましたね」(中田氏)

その頃、同社の歴史や風土を知りぬいた福田信夫氏が、グループ会社から本社に戻ってきた。2019年4月、技術生産部門全体(当時)を所管する代表取締役に就任。福田氏もまた、「多様性」や「心理的安全性」の重要性を痛感していた。「ものづくりの現場は伝統的に男性中心で、厳密なルールのもと、上意下達の組織になりがちでした。社会環境や人々の価値観が変わっていくなか、それでは立ち行かなくなるという危機感を持っていました」(福田氏)

ほかの経営陣とも変革の方向性と重要性を共有し、2019年6月には会社として取り組むべき施策を「30の宣言(三菱ケミカルは決めました)」として発表。目指す方向性を全社に提示し、変革が本格的に始動した。

現場に分け入って経営層の考えを直接伝える

人事制度改革を会社の変革の重要な施策の1つとして、役員会でも課題の一つひとつを俎上に載せ、何百時間と議論を深めていった。

しかし、実際に制度を変えるとなると、簡単にはいかないことも多かった。特に現場の懸念が大きかったのは、新しい公募制度の導入だ。本人が社内公募に手を挙げる主体的な異動を人材配置の原則にしようとした。ところが従来の公募制度から、現場の管理者には「必要な人材が抜けてしまう仕組み」というネガティブなイメージがあったのだ。

個人の主体的なキャリア形成を支援していくためにも、自ら手を挙げてやりたいことに取り組める仕組みは極めて重要だ。それだけに、多くの社員が所属する事業所や工場に、新しい公募制度がどれだけ受け入れてもらえるかが鍵となる。逆風のなか、人事からも地道に現場への働きかけを続けたが、何より大きな影響力を発揮したのが、現場のトップリーダーである福田氏の存在だ。事業所長や工場長との会議で公募制を取り上げ、人事も交えて徹底的に議論する。現場を訪れたときは部長や課長クラスとも積極的に対話するなど丁寧に意見交換をしていった。

「福田は事業のことをしっかり見ながら、同時に人をとても大切に考えています。最初に話したとき、福田から真っ先に出た言葉が“ダイバーシティ”と“心理的安全性”で、とても心強く感じました。経営層のなかで議論したことも、自分の言葉で組織に伝えていく。現場の部長や課長と対話してその意見に耳を傾け、改善につなげる。その行動力も含めて真のリーダーだと思います」(中田氏)

改革の成功事例が社内に生まれ始めている

一方の福田氏は、「現場に入り、対話するやり方は、中田を真似しているだけですよ」と笑顔で語る。会社の歴史とともに同社で経験を積んできた福田氏には、外からやってきた中田氏から得る刺激は貴重だ。既成概念にとらわれない、こんなやり方もあるのかと気づくことも多い。

「特に印象的だったのは、人事部内で若手を中心に多様なメンバーでチームを組成し、人事制度改革をどんどん進めていった姿です。多様な人々にしっかり任せれば困難なプロジェクトもうまく回せるという実例を見せられた。できるんだと確信しました」(福田氏)

コミュニケーションを通じて現場の理解も深まり、2020年10月、新しい公募制度がスタートした。総合職、部下を持たない管理職を皮切りに、現在ではその対象を広げ、3カ月に1度のペースで公募を行い、順調に組織に浸透しつつある。募集ポストも増え、合格率も上がっている。

社員からも率直な意見や質問がどんどん上がるようになり、徐々にカルチャーが変わりつつある。もちろん、改革はまだ始まったばかりだ。

「会社が本気で変わるのか、みんなが注視しています。ある意味、試されているともいえる。まだまだこれから、もっと進化していけると思っています」(中田氏)

Text = 瀬戸友子 Photo = 刑部友康