コロナ禍、レジリエンスを高めた企業の挑戦 アダストリア

店舗休業でショップスタッフが「オンライン接客」、自ら考え工夫して仕事の幅を広げた

コロナ禍に対処するため、多くの企業が働き方の変革を迫られるようになった。最も大きな変化はテレワークの普及といえるが、対面での業務が不可欠な業種では、オンライン化だけでは対応しきれないケースもある。しかしながら、こうした業種の中でも、従業員の雇用を守るために新しい取り組みを始めたことで「不測の事態に対応する力=レジリエンス」を高める企業が現れた。ここでは30以上のブランドを展開するアパレル企業、アダストリアの取り組みをみてみよう。

株式会社アダストリア マーケティング本部長 田中順一株式会社アダストリア
マーケティング本部長 田中順一氏

同社は緊急事態宣言の発令に伴い、国内約1300店舗が休業に追い込まれた。しかし休業中、店舗スタッフは顧客と接する機会を奪われた分、自主的に商品を身につけ、動画や写真を撮影してSNSなどに投稿するように。投稿をみた顧客がネットを通じて商品を購入し、店舗販売の落ち込みを補った。危機に際して、従業員一人ひとりが自ら仕事を作り出す行動力の源はどこにあったのか、EC担当の執行役員で、マーケティング本部長の田中順一氏に聞いた。

「従業員を守る」トップの意思が安心感に

スタッフボードスタッフボード

同社は「グローバルワーク」「ニコアンド」などの衣料品ブランドをもち、国内外に約1400店を展開している。またインターネット上では、会員1300万人を擁する自社ECサイト「ドットエスティ」や、店舗スタッフが写真や動画を投稿し、コーディネートや着回しを提案するプラットフォーム「スタッフボード」を運営している。
2020年4月上旬から約2カ月間続いた緊急事態宣言の発令中、国内店舗の大半は営業時間の短縮や休業を迫られた。特に4月25日~5月7日の約2週間は、1179店すべてが休業し、5000人以上の従業員も、自宅待機を余儀なくされた。

当時、同社の福田三千男会長は「従業員と家族の健康と安全を最優先する」というメッセージを発信。さらに、従業員の給与を確保し生活を守る姿勢も打ち出した。
田中氏は、「従業員を大事にするという経営者の意思が伝わったことで、従業員に『守られている』という安心感が生まれ、自分に何ができるかを考える意欲が高まったと思います」と振り返る。また田中氏らマネジメント側も、トップが軸を定めたことで「迷いなく施策を打てた」という。
「トップが打ち出した以上『雇用を守る』ことは決定済みで、執行役はそのための施策を考えればいい。僕の場合は担当するECの領域で、具体的な行動に落とし込むことに集中できました」

会えない顧客にオンラインで向き合う

自宅から写真や動画を配信するスタッフ自宅から写真や動画を配信するスタッフ

自宅待機となった店舗スタッフには当初、接客の代わりにウェブ上で研修を受けてもらう案などが検討されたという。しかし次第に、自宅で動画や写真を撮影してスタッフボードに投稿する従業員が増えてきた。彼らは商品を手に取れない顧客にもわかるよう、自分で着こなして着用感や素材感を説明し、私物の小物との合わせ方などを提案したのだ。
中には自主的にInstagramで商品紹介のライブ配信を始め、顧客からの質問コメントにリアルタイムで答える「オンライン接客」をする人も出てきた。

田中氏らEC担当者も、フォロワーの多いスタッフの自宅に倉庫から新作の商品を届け、投稿をサポートした。プラットフォームの整備も進め、2020年5月末には、過去の配信動画をまとめて閲覧できる「ドットエスティチャンネル」を開設した(2022年現在はライブショッピングに統合)。
また当時は感染防止のため、プロのモデルを使った商品画像を撮影できなかった。このためECサイトの商品紹介ページにスタッフの投稿を連携し、着用画像をみられるようにもした。こうした取り組みの結果、投稿経由でECサイトから商品を購入する顧客が急増。2020年2~4月の国内EC売上高は、前年同期に比べ25.7%増となった。

「従業員は、店舗で会えなくなったお客さまとの接点をどのように作るか考え、僕たちも数年かけて取り組むはずだったEC事業の整備を、数カ月で一気に進めた。その結果、『手に取れなくても商品について知りたい』という顧客ニーズに応えることができました」
田中氏はまた、一連の取り組みを通じてスタッフの「底力」にも驚かされたという。
「休業中、スタッフも不安だったと思うのですが、一人ひとりが会社の動きに連動して、工夫しながら当たり前のように動いてくれた。現場で働く人の価値を改めて実感しました」

リアルとデジタルを掛け算、EC事業は500億円規模に

店舗営業が再開すると、同社は「リアル店舗とデジタルを掛け算し、お客さまとの接点をさらに増やす」(田中氏)ことに取り組み始めた。スタッフには引き続き、店舗や自宅からのライブ配信やSNSへの投稿を続けてもらい、約4000人がスタッフボードに参加するように。投稿を経由した売り上げを投稿者の所属店舗の営業成績に織り込むなど、人事評価のうえでもデジタルでの活躍を反映させるようにした。

さらに発信力の高い人気上位のスタッフを教育係に登用し、顧客にアピールしやすいコンテンツの作り方を他の店員に伝授させる、ライブ配信で全国にファンをもつようになったスタッフを、全国各地の店舗イベントに招いて接客してもらうといった取り組みも始めた。
「リアルとの相乗効果でコンテンツの支持率も上昇し、顧客満足度も高まりました」
2022年2月期の国内EC事業の売上高は、前期比6.8%増の574億円となり、国内売上高の3割を占めるまでになった。

一斉休業は、「お客さまはお店に来てくれるものだ」という当たり前の状態を覆す出来事だった。従業員はこうした経験を経て、改めて顧客が来店してくれることのありがたみにも気づかされたという。
「『目の前のお客さまを大切にしよう』という気持ちを再確認できたという意味で、コロナ禍の一斉休業は社内の意識を改革する良いきっかけだったと思います」
またEC事業が拡大したことで、リアルの店舗の重要性も一層浮き彫りになった。
「お客さまの多くはやはり、商品を実際に触って確かめたい、迷ったらスタッフに相談して、一番似合う商品にたどり着きたいと考えています。スタッフが五感を使って商品を提案できるリアルの場があるからこそ、オンライン接客で相乗効果も生み出せるのです」

リアルでもデジタルでも、軸はぶれない

コロナ禍での店舗休業に直面して以来、田中氏ら同社のマネジメント層は「自社の強みをとことん考え抜いて」きたという。その結果、行きついたのが豊富なブランドの力と、何よりも従業員の接客力という「働く人の価値」だった。
「リアルの店舗をみていると、スタッフからお客さまへのさりげない声掛けなど、優れた接客が良い売り場を作っていることがよくわかります。EC事業も、リアル店舗でスタッフが培った接客スキルを生かせる場をデジタル上にも作る、という発想で進めてきました」
リアル店舗であれデジタル上であれ「スタッフがお客さまと向き合い、より良い体験を提供する」という姿勢は一貫しており、「デジタルの特性を踏まえて、多少表現方法を工夫する必要はありますが、根幹部分は変わっていません」と強調する。

コロナ禍が次第に落ち着く中、店舗への来店者数も回復しつつある。田中氏は「今後もリアルの店舗をベースにしつつ、ECサイトをより魅力的な場へとバージョンアップさせていきたい」と語った。
同社は危機に直面した時、「働く人の価値」こそが自社の強みだという考えを貫き、経営者もその価値=雇用を守るという軸を早いうちから明確に定めた。従業員も、自分たちに寄せられた信頼と期待を感じ取り、仕事を作り出すことで応えたといえそうだ。

執筆:有馬知子