“ありのまま”と“何者”のはざまで。若者キャリア論2020若手キャリア改革円卓会議

大きな環境の変化にともない、画一的なキャリア論はもはや通用しなくなりつつある。そんな時代に、若手社会人はどのようにキャリアを設計していくべきか。

リクルートワークス研究所は、キャリア・労働分野における気鋭の専門家4人を招いた。
「若者キャリア論2020」の掉尾を飾るトークセッションとして、それぞれの専門を横断し、立場を越えて、2020年代の若手社会人のキャリアづくりを語り尽くす。

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目次
「経験」がカギになる
強制的に経験を積ませるべき vs 自発性を起点にすべき
スモールステップと「内省」の重要性
AI時代の到来。新時代のキャリア形成とは

「経験」がカギになる

古屋:始めにですが、私は常々「情報が多い」状況はキャリアづくりにとって必ずしもプラスにはならないと思っています。インターネットの普及により世の中は多くの情報であふれるようになりました。
★_MG_5729.jpgリクルートワークス研究所/古屋星斗

多くの情報を集めることは重要ですが、情報の集めすぎで選べなくなったり、動けなくなったりした経験が誰しもあると思います。キャリアについても同じではないでしょうか。過剰な情報が無用な「焦り」や「諦め」に繋がり、若者の新たなアクションの妨げになっている可能性があるように感じます。

松井:情報過多については、私も実感します。今後、人から見聞きした情報と自分で経験して得た情報の「格差」はますます広がっていくでしょう。
★_MG_5540.jpg松井孝憲 グロービス 研究員/(財)KIBOW インベストメント・プロフェッショナル

人やネットから情報を得た時点では、ただ「知っているだけ」の状態です。しかし実際に経験をすることで、手応えやフィードバックを得ることができます。同時に、それまで持っていた知識が一側面にすぎないと気づくことも。そんな社会との相互作用のプロセスを経るか否かで、学びの質が大きく変わります。

古屋:最近は、スマホで検索するだけで簡単に知識を得られます。手軽なので、調べただけなのについ「経験したつもり」になってしまいます。

鈴木:確かに。やってみて初めてわかることは、たくさんありますよね。
★_MG_5464.jpg鈴木敦子 NPO法人ETIC. 事務局長/ディレクター

最近、知人と「人間の成長は『拡大認知』だ」という話をしました。拡大認知とは、自分自身を客観的に見る機会の積み重ねによって視野が広がっていくことを指します。身をもって経験することは、自身を相対的に捉えるきっかけになると思います。

松井:おっしゃる通りです。そのような学習を、フィンランドの研究者・エンゲストロームが「拡張的学習」として説明しています。人間は、周りのメンバーとの対話や協働の体験を通して、自分を相対化し、見識を拡張していくものだ、と。

古屋:実体験を通して学びを得る。すると自分自身の理解も深まる、と。田中さんは、国際労働機関(ILO)に勤めていますね。情報と労働に関して、国際社会はどのように注目していますか。

田中:情報化社会における労働のあり方は、世界的に議論されています。例えば、「情報化社会において、仕事が時間的空間的制約から解き放たれた時、つまり“いつでもどこでもできるもの”になったとき、人は仕事にどのような価値を見出すのか?」という点。「仕事の価値」とは、必ずしも時間や給与といった数字の尺度のみで測れるとは限りませんよね。自己肯定感、やりがい、社会とのつながりといった、ソフトな価値もあるはずです。
★_MG_5624.jpg田中竜介 国際労働機関(ILO)駐日事務所・プログラムオフィサー

こうした議論を重ねていると、労働そのものの定義、そして働くことと個人のアイデンティティの話に辿り着きます。世界中の若者を対象としたILOの意識調査でも、仕事を見つけるうえでの最大の障壁は、「関連した職業経験のなさ」という回答が多く出ています。リアルな世界で「経験」を求めるという率直な欲求は、働き方のソフトな価値を形作るものとして、捉えられるかもしれません。

古屋:働くことのアイデンティティは、実体験によって補強されます。情報化が進んでいるからこそ、手触り感のある「リアル」な経験が、キャリアを拓くカギになりそうです。

強制的に経験を積ませるべき vs 自発性を起点にすべき

古屋:今回調査をやってみて、私が一番衝撃を受けたことの話をさせてください。2000名ほどの20、30代の若手社会人に行った今回の調査で、行動を起こすことのハードルの高さを感じました。
例えば、社外勉強会参加が13%、副業経験者は10%程度。起業・団体創設は3%です。さらに、飲み会の幹事経験のような「小さな行動」でさえ、行った若者は全体の約30%です。こうした行動ができる人と、そうでない人の二極化が進んでいます。

鈴木:私はこの結果を見たときに、報告書で「グループ1」(行動を積極的に起こしていて、キャリア観が充実している層)が全体の20%だったことが、自分の実感と近く納得しました。
付け加えれば、もしこの20%を50%にできるのであれば、日本の未来は明るいと思っています。ただ、若い人たちの“最初の一歩”の難しさは、活動していると日々感じています。

金澤:一歩踏み出したときの差も、どんどんと開く時代になりましたよね。SNSの発達も相まって、少し動いた人に情報と機会が集まり、また行動するというサイクルができるようになっています。
★_MG_5664.jpg金澤元紀 株式会社i-plug 人事チーム チームマネジャー

例えばFacebook。頻繁に情報発信をしている人のところに機会が集まって、行動する人同士で凝縮していきます。
それと「小さな行動」という言葉を聞いて少し思うのですが、優れた人のちょっとした行動って、全然ちょっとじゃない気がしています。あえてストレートに表現すれば、“ぶっこんでいる”んですよね。

古屋:ぶっこんでいる、ですか。

金澤:割いている時間は少ないですが、その瞬間ののめり込み具合が違うというか。なので、自分の直感や好きを信じて、「一点投下で集中すること」を意識してみてもいいかもしれません。

古屋:面白いですね。かける時間は一瞬だけれど、その瞬間のエネルギーは凄い、と。

松井:しかし深い経験を短時間で得られる人はごく一部ですよね。そうでない人は、ちょっとした経験への第一歩ですら、二の足を踏んでしまう。だからこそ、強制的にこれまでとは違う場に飛び込む環境をつくるのもひとつの手ではないでしょうか。
例えば、人事に「行ってこい」と言われて他の職場に飛び込んでみる、とか。「越境」をするための一歩を踏み出す機会をつくってあげるんです。

金澤:そういう「見えざる手」を働かせる方法もありますね。とはいえ、強制的に環境をつくることが、必ず本人のためになるかは少し懐疑的です。
なぜなら、自分で一歩踏み出し、「自分の力で、何かを得た」という事実が自信に繫がるからです。つまり、チャンスを自分の力で得たと思えることが、「一歩踏み出している」状態ではないか、と。

古屋:今の「松井・金澤論争」は、いずれも正しいと思います。今回の調査結果では、自発的なスモールステップが効果的な若手と、自発性に依存しない越境が効果的な若手、両方が存在することがわかっています。つまり、対象とする層が違うのではないでしょうか。
自分のキャリアに対して行動を起こしておらず、知識やマインドもまだ十分に備わっていない人。彼らには、松井さんの「強制して経験させる」ことで、開花する可能性があります。
一方、情報を集めたり、意識は高く持っているものの、ちょっとした行動が取れない若者。この層には、金澤さんのアプローチが有効です。機会を自分でつかみ、経験を振り返るステップを設けてあげるんです。

松井:なるほど。いずれの対象者に対しても、行動を取った後の「意味づけ」が重要ですね。行動の強制性を問わず、振り返ることへの促しが必要になってくると思います。

古屋若者の行動の「きっかけ」を誰がどのように作るか。これは、議論の余地がありますね。

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スモールステップと「内省」の重要性

古屋:ちなみに調査では、誰かに自慢できるような起業や副業といった「大きな行動」ではなく、自分の目の前の「小さな行動」=スモールステップにこそ価値がある、という結果も出ています。
ではスモールステップをどのように設計すべきでしょうか。簡単な例をあげたいと思います。例えば、今はサラリーマンをやっているけど起業したい、という人がいたとします。
でもそういう人の多くは、何もせず5年後も同じことを言っている可能性が高い。なので、彼・彼女に実現に近づくための「今できる一番小さな行動」を考えてみてください、と言います。
すると、じゃあセミナーに行こうか、とか、人に会ってみようか、と話が進みます。これこそがスモールステップです。

松井:そうした「小さな行動」を繰り返して、そこで得た学びを振り返る。そうして、次の行動に繋げていくんですね。

古屋:はい。スモールステップにはいくつかの分類があります。「自己開示」、「相談」、「目的のある探索」、「試行」そして「内省」です。
図表2.jpg金澤:その分類は面白いですね。とはいえ、学び方、行動の仕方も含めて本当に人それぞれです。だからこそ、自分に合う形でスモールステップをデザインしていくとよいでしょう。
ちなみに、「内省」はつい見過ごしがちですが、ぜひ取り組んで欲しいですね。どれくらい日常に埋め込まれているかが大事です。行動を通して得た学びを、Twitterでつぶやくだけでもいいと思います。

鈴木:正直、どのような形であれ「発信」は考えが整理されていないとできないですからね。逆に言えば、少し発信するだけで自分が「何者なのか」を考えるきっかけがつくれます。

金澤:そうですね。ちょっとした振り返りもひとつの行動である、と改めて強調したいです。行動と振り返りをセットで行うことが、次なるスモールステップの好循環に繋がっていくと思います。

AI時代の到来。新時代のキャリア形成とは

古屋:最後のトピックに移りましょう。これからの10年で、テクノロジーの発達とともに、産業構造や働き方は急速に変化していく。
そんな時代に、個人はどのようにキャリアを考えるべきか。そして社会や企業はどう支えていくべきか。みなさんの意見をお聞きしたいです。

田中:世界でも、AI時代の仕事についての論争は盛り上がっています。「AI発達で、なくなる仕事と残る仕事は何か?」といった話に加えて、2つの議論があります。
ひとつは、AIとプラットフォームエコノミーの話。テクノロジーの発達により、仕事は拘束された時間の中での「労務提供」から、タスク別での「仕事の切り出し」が進んでいます。

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Uberがよい例ですが、いつでもどこでも働けるという自由度の高まりと同時に、長期的な安定や保障、スキルアップの機会、成果物を生み出すために必要な時間・労力に対する評価の機会などが少なくなります。こうした働き方が流動化する一方で、身分保障の有無による「格差」、正規非正規の格差などが論点になるでしょう。もちろん、このプラットフォームエコノミーをチャンスに変えて大活躍する人もいるでしょう。
もうひとつは、バイアスの問題です。AIとはいえ、元の入力するデータにバイアスがかかる可能性を忘れてはいけません。特に、元となるデータプールに男性が多いのであれば、ジェンダーバイアスに特に注意を払う必要があります。こういったバイアスにとらわれず、価値観をリアルに体現していくことができるのは若い人の特徴だと思いますので、期待は高まっています。

金澤:AIに関してはいくつか論点があると思います。そもそも、AI化は止めることはできませんから適応していく姿勢が必要です。
それを踏まえて、私は部下にこう投げかけています。「自分の仕事をなくす仕事をしてください。それは価値のあるスキルだから、仮にここで仕事がなくなっても、別の会社で10年ぐらいは仕事に困らないはずです」と。

古屋:「自分の仕事をなくす」ですか。

金澤はい。「なくす」というと角が立ちますけれど、これからの時代、非常に重宝される発想だと思います。テクノロジーに怯えるのではなく、活用しながら仕組みをつくる。この経験は、10年単位で需要があるノウハウとなるでしょう。

古屋:企業は留学や資格など目に見えるスキルを提供しようとしがちです。しかし、「仕事をなくす」ような「経験の場」の提供にも重きを置くべきですね。

松井:私も同じ意見です。AIが発達する仲で、自分の「身銭を切る」経験がますます重要になると思います。私の言う「身銭を切る」とは、自分でやったことに責任を持つ、自分が矢面に立つといった経験をすることです。
AIは、過去データからの推測によって判断をするテクノロジーです。つまり、AIがはじき出す結果は、過去のデータから成り立つ解にすぎません。しかし自分の経験、身銭を切った中で得た経験則は、自分以外にはアウトプットできませんよね。そんな、経験から培った実践知こそが、他に代えの効かないものとして価値を持つと考えます。
キャリアという意味では、実体験に紐付いた知識と経験を持っていることが、キャリア形成の視野を広げると考えます。

鈴木:私はAI時代の到来を楽観的に捉えています。日本の若者は優秀だし、悲観しすぎなくていいかな、と。だからこそ社会に出ていって潰されない、「否定されないこと」が重要だと思います。

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「一人ひとりが大切にされているという感覚」が実感できる社会になってほしいですね。そのためにも、企業も社会も過保護になりすぎず、失敗してもいいからまずは「見守る」姿勢を大切にしてほしいです。


古屋今後もキャリアを取り巻く環境は変化していきます。今回の会では、その中で若手がキャリアをつくり、社会が支えていくためのヒントがたくさん見つかりました。
経済情勢の急変もあり、今後のキャリア形成は高いリスクを許容しづらくなると考えています。高いリスクや大きなコストをかけない小さな行動、「スモールステップ」は一層重要なポイントになっていくでしょうし、若者のキャリアのカギになっていく。私はそう考えています。それではみなさん、ありがとうございました。

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【プロフィール(発言順)】

松井孝憲  グロービス 研究員/(財)KIBOW インベストメント・プロフェッショナル
早稲田大学大学院卒業後、コンサルティングファーム、NPO法人二枚目の名刺常務理事を経て、現在、グロービスで研究員/教員と同時に、KIBOW社会投資でインパクト投資(社会起業向けの投資)に従事。社会起業/NPOの経営とリーダーシップ開発について研究・実践を行っている。

鈴木敦子  NPO法人ETIC. 事務局長/ディレクター
早稲田大学卒業。NPO法人ETIC.を創業期よりともに立ち上げる。年間約2000名の起業家や学生の起業相談、キャリア相談を受け、約100社の企業のインターンシップをコーディネート。現在はマネジメントサイクル全般、人事、組織作りに取り組んでいる。

田中竜介 国際労働機関(ILO)駐日事務所・プログラムオフィサー
立命館大学大学院、米ニューヨーク大学卒業後、弁護士として法律事務所にて勤務の後、現職。ILO駐日事務所では、行政・企業・労働組合・市民社会とのパートナーシップを推進するほか、グローバルサプライチェーンと CSR に関するプロジェクト等を担当。外務省「ビジネスと人権行動計画作業部会」委員。

金澤元紀 株式会社i-plug 人事チーム チームマネジャー
慶應義塾大学大学院修了。現在、新卒採用逆求人型サービス「Offerbox」を運営する株式会社i-plugの人事企画・労務の責任者。現在法政大学大学院に在籍し、人的資源管理、組織活性活動やHRテクノロジーなどの研究を行い、実務に展開するパラレルキャリアの実践者として活躍。


(執筆:高橋智香)
(撮影:平山 諭)

(2020年3月実施)