“ありのまま”と“何者”のはざまで。若者キャリア論2020第3回 成長した若手の理由

今回は、前向きなキャリアチェンジの秘密を明らかにしたい。
三国志に、「呉下の阿蒙にあらず」というエピソードがある。「もう昔の無知だったころの貴方ではないから、これからは軽く見ることはできないな」と、旧知の同僚に褒められる話だ。このことから、日を追うごとに進歩する人を指すことわざにもなっている。
誰しも日々変化しており、経験が浅いだけに若手の変化が最も急である。社会人1年目のときの上司に「呉下の阿蒙にあらず」と言わせたい、という人も多いのではないだろうか。

さて、この“変わる”に注目する。若手社会人のキャリアチェンジの実像をデータから見ることで、初期キャリアのダイナミズムを検証していこう。

若手の変化の全体像

調査データでは、若手社会人に対して「就職から3年目まで」と「現在」の2時点で仕事・キャリアの姿勢について同一事項を聴取している。このデータを用いて、若手がどのように変化したのかについて見ていく。「行動―情報モデル」のグループ間移動の状況を把握することで、変化の実像を明確にしていこう。
グループが変わらなかった人、グループが変化しキャリアの状況が大きく変わった人。そうした変化の全体像を図表1に示した。

図表1:変化の全体像(数字は、初期キャリア→現在)
図表1.jpg
図表2:
グループ間の流入・流出
(数字は全体に占める比率。四角枠は残留者、矢印は移動者。主な割合を記載)
図表2.jpg
この2つの図表からいくつかの事実が判明している。
〇グループ3のみが+3.9%と割合が増加している
〇全体の33.6%、およそ3分の1の若手はグループ3に残留している。
〇グループ1からは、5.8%の若手がグループ2に移動し、逆にグループ2から4.8%がグループ1へ移動している。
〇グループ2からは8.5%の若手がグループ3に移動しており、ここが全体で最も大きい移動群である。逆にグループ3からは5.7%がグループ2に移動している。

行動や情報の量は低下していくという事実

これら4点の事実を総合するとひとつの重要な事実が浮かび上がってくる。
それは、全体の傾向として「若手は年次を重ねるにつれて行動や情報の量(※1)が低下している」という事実である。グループ3のみが初期から現在にかけて割合が増加していること、グループ2からグループ3への移動群の割合が高いこと、また、グループ1とグループ2の間ではグループ2への流入割合の方が高いことなどにより把握することができる。
つまり、ほうっておくと、若手は社会人初期の段階から段々とキャリアに関する行動や情報取得をしなくなっていく、ということだ。
背景にあるのはどういった状況であろうか。職場にも慣れ、社内におけるキャリアのラダーが徐々に明らかになっていく中で、情報取得の必要性が消失し、同時に行動を起こすことの意義を見出せなくなっていく。いわば“会社への過剰適応”がその背景にあるだろう。
さて、この「若手の行動と情報の量が低下している」という事実をさらに延長して考えてみよう。今の若手が40歳になったときには、グループ1の割合はより少なく、グループ3の割合はより高くなっている可能性がある。つまり、この図表ではグループ3に大きな引力が働いており、グループ3がより多い状態である社会の均衡に向かって年を追うごとにグループ3の割合が増えると考えることができる。

前向きなキャリアチェンジの秘密

こうした全体の傾向は押さえつつも、今回のテーマであるキャリアチェンジのヒントを見つけていこう。
図表1において特に筆者が注目しているのが、グループ2→グループ1という若手の前向きなキャリアチェンジである。情報だけはあるが行動できずモヤモヤしている。そんな若手がこの“関門”を突破することで、キャリアに関する指標が大きくポジティブに変化することが期待できる。
この移動要因(※2)を検証してみよう(※3)。

前向きキャリアチェンジ:グループ2→グループ1移動の要因
①グループ2からグループ1への移動においては分類設計上、行動の量が増加していることになる。増加のあり方を検証すると、失敗経験や新規企画、勉強会への参加といった行動より簡易に経験することが可能な、“小さな行動”の量が多いという特徴がみられている。目に見える大きな行動を起こす前提となる“助走”のような事象があることが示唆されている。
②また、行動の内容については、社内での活動は効果がなく、業務外の活動のみが効果的であった。
③行動に加えて、重要なのが“振り返り”であった。自己についての探索・振り返りが有効であり行動したことを意味づけるプロセスが存在していた。この際に“他者と自分を比べない”姿勢であるほど、ポジティブな影響が観測されている。

整理すると、『日々の小さな行動の開始→拡大振り返り』という要因が存在しているといえよう。
グループ2の状態の若手は、情報は持っている。その情報を活かすために、少しずつ始めて行ったことを振り返ることで、自身だけが持つ情報を増やしながら、自分がやってみたいことを小さく試していく。こうして自分の世界が広がっていくことと並行して、他者と比べる必要性は低下していく。
このプロセスを経ることで、自分のキャリアを大きく変えるような事象に出会う確率を上げていく。情報過多の状態にある若手の、ひとつの「成功へのセオリー」をこの結果は伝えようとしているのではないか。

図表3:前向きなキャリアチェンジのイメージ
Aでは、キャリアを変える可能性のある事象が1つしか「知っている」世界になく、そこに向かって小さく「行ったこと」を増やしている。Bでは、その結果として自分の世界が広がり、新たなキャリアを変える可能性のある事象に向かって行動量が増加している)

図表3.jpg

前向きなキャリアを続ける秘訣

グループ2→グループ1の反対側には、グループ1→グループ2という、グループ1に留まることができなかった若手が存在している。では、グループ1であり続けるためのポイントは何だろうか。グループ1に所属し続ける人の要因を検証しよう。

前向きなキャリアを継続・発展させる:グループ1継続の要因
①まずグループ2→グループ1移動でも重要であったが、“小さな行動&振り返り”の習慣化がポイントとなっていた。
②更に、SNSなどでリアクションしてくれる者の獲得も有効であった。行動を続けることはストレスや体力的な困難性も高いが、他者からのリアクションには次の行動に向けた力の回復力を高める効果があるものと考えられる。
③また、グループ2→グループ1移動との最大の違いは、“目標の発見”であった。自身の身近で数年後の理想像と言えるような“目指す人物・モデルの発見”が有効であった。さらに、グループ1継続については“他者と自分を比べる”姿勢であるほどポジティブな影響が観測されている。

整理すると、『小さな行動の習慣化目標の発見と“競争”』が重要であるといえよう。
グループ1の若手は、小さな行動を起こしそれを振り返り、自分の世界を広げていくというアプローチを継続している。ただ、行動を続けることは時として非常に大きなエネルギーが必要になる、このエネルギーを調達するために、応援してくれる人や相談相手を見つける。その媒体として、もちろんSNSなども有用である。
そして行動を続けた先にあるのは、“比べない世界”からの脱出である。グループ2→グループ1移動では、他者と比べないことが重要な要因であったが、グループ1継続では身近な目標を発見し、例えば目指す人物の数年前と今の自分を競争させて、キャリアをさらに前に進めるエネルギーを得ている。

“小さな行動”で広がるキャリア

グループ2→グループ1移動とグループ1継続の要因分析を行い、若手における2つのポジティブなアプローチを提示した。

さて、要因の分析結果からは、次のような世界も見えてくる。
“比べない世界”という揺り籠で、自身が良いと思うことを大事にし「ありのまま」の働き方・キャリアづくりを確立した若手が、揺り籠から立ち上がり、“比べあいながら”発展していく職業社会に羽ばたき、「何者」かになっていく、という世界である。(参考:第1回 若者はなぜ焦るか

図表4:前向きなキャリアチェンジとポイントの整理
図表4.jpg

また、2つのアプローチに触れたうえで気になるのが、両方に出てくる“小さな行動”という要素であろう。越境や失敗経験、新規企画といった目に見える日々の具体的な行動の“前”に、重要な要素が隠れている可能性がある。

第4回では、この“小さな行動”を掘り下げることで、いよいよ若手社会人の素敵なキャリアを作るための法則を提起したい。

(※1)キャリア形成における行動、キャリア形成に関する情報。以下単に行動、情報。
(※2)被説明変数を特定方向へのグループ移動の有無とするプロビット分析により、その要因を検討。説明変数については、情報の量・行動の量に関する各種項目のほか、性別や初職企業規模をダミー変数として投入して分析した。
(※3)分析の詳細は結果報告書P.20以降に掲載している。『若手社会人のキャリア形成に関する実証調査』結果報告書