先進企業に学ぶ、リモート・マネジメントCase1 Zapier(ザピアー)

10年の経験をまとめた「リモートワーク完全ガイド」を作成

グローバルIT企業をはじめ、従業員全員がリモートワークをして、成果を上げている企業では、自社の経験やノウハウを共有していることが少なくない。本コラムでは、米国Zapierのリモート・マネジメント術を紹介する。

●企業概要
【設立】 2011年
【本社所在地】 米国カリフォルニア州
【業種】 オンライン業務自動化サービス

●実践しているリモートワーク、リモート・マネジメントの特徴
・世界28カ国で300人以上の社員がリモートワーク
・フルリモートワークの運営経験、リモート体制での組織、業務拡大の経験についてまとめたリモートワーク完全ガイド“The Ultimate Guide to Remote Work”を作成し、公開している

●使用ツール
・Slack、Async、Zoom、GitHub、Coda、Help Scout、HelloSign、1 Passwordなど

リモートワーク完全ガイド

Zapierでは、2011年の設立当初から、米国、フランス、インド、タイ、クロアチアなど、社員全員が世界各国の好きな場所で働いている。同社は、約10年の経験をもとに、“The Ultimate Guide to Remote Work(リモートワーク完全ガイド)”を作成し、自社のウェブサイトで公開している。

完全ガイドは15項目からなる。冒頭の「リモートチームの運営方法」では、リモートチームの運営にあたって重要な要素として、「チーム」「プロセス」「ツール」の3つが挙げられている。
「チーム」では、リモートチームの編成方法を、「プロセス」では、業務を推進する方法を、「ツール」では、目的と場に合わせたツールの選択などについて紹介している。

リモート・マネジメントモデルとの共通点
⇔ チーム・マネジメント for リモートワーク(以下、TM for RW) Point1 《「ワークサイト」というバーチャルな職場の設計》
⇔ TM for RW Point2 《ワークサイトにおける作法の策定》

CEOのウェイド・フォスター氏は、「Zapierは3人の時代から200人以上の組織になるまで、リモートワークを機能させるために試行錯誤を繰り返してきた。いまだにベストな方法はない。以下はリモートワークの組織を作るために参考としてほしい」と述べている。

完全ガイド(コンテンツ)

Zapierのリモートワーク完全ガイドは、下記のような内容からなる。

1. リモートチームの運営方法
2. リモートチームのメンバーを採用する方法
3. リモートワークで企業文化を醸成する方法
4. リモートチームの人事評価方法
5. リモートチームの人間関係を強化する方法
6. リモートチームの社員旅行の実施方法
7. Zapier社員のホームオフィスの写真
8. リモートチームでスピーディに働く方法
9. 最適なリモートワーク環境をつくり、生産性を高める方法
10.時差のある環境での業務推進方法
11.リモートチームの燃え尽き症候群の防止方法
12.リモートワークで孤独や孤立感に陥らないために
13.リモートワークの仕事を見つけ、採用される方法
14.リモートワーカー向けのツール:生産性向上のためのアプリとツール30+
15.リモートワークを導入する企業の事例、関連情報

このガイドブックなどから、日本企業がリモート・マネジメントを実施するにあたって重要となるポイントを紹介する。

リモートワークに求められる能力

必ずしもすべての人がリモートワークに向いているわけではない。また、誰でもすぐにリモートチームをマネジメントできるというわけでもない。時間をかけて、リモートチームのマネジメントを学ぶ必要がある。
このため、Zapierでは、リモートワーク環境での業務推進に適したチーム編成をするため、人材を採用する際に、下記の4点を重視している。

1.自律的に動ける
自律的に動ける人(=セルフスターター)は、指示を与えなくても、自ら考えて動ける。Zapierはコアバリューのひとつに、“Default to Action”をかかげており、監督されなくても行動し、自律的に意思決定することを重視している。マネジャーは、重要事項についての方向性を示し、ガイダンスを提供することが必要である。

2.信頼関係を築ける
同僚を信頼できないと、リモートチームはうまく機能しない。部下や同僚が何をしているのかが気になりすぎると、製品開発やカスタマーサポートといった、もっと重要なことがおざなりになってしまうため、信頼関係の構築がカギとなる。マネジャー側も、メンバーを信頼し、それをメンバーに示す必要がある。

3.ライティング能力が高い
リモートワークの環境では、文字によるコミュニケーションが前提となる。リモートチームをうまく運営するために最も重要な要素のひとつはコミュニケーションであり、ライティング能力の高い人材がチームの成功に不可欠である。

4.人との関わりが少ない環境でも働ける
リモートワークの場合、リアルなオフィスと比べると、他者と交流する機会は少なくなる。そのような環境でも働ける人が求められる。会社の規模の拡大とともに、対面での交流の必要性も増しているため、一部の地域では、定期的に社員同士の交流イベントやコワーキングが行われている。

リモート・マネジメントモデルとの共通点
⇔ TM for RW Point2 《ワークサイトにおける作法の策定》

リモート・マネジメント・プロセス

Zapierのウェブサイトから、リモート・マネジメントを成功させるポイントを抜粋して紹介する。

・メンバーを気にかけていることを明確に伝える。仕事でストレスを抱えていないか、プライベートで悩んでいることはないかを電話やビデオチャットで尋ねる。

・リモートワークでは、社内の他のプロジェクトの情報を得る機会が少なくなる。情報を知りたい、参加したいと思っても言い出しにくい。マネジャーは、メンバーがキャリアに何を求めているのかを把握するために、意識的に会話する機会を設け、メンバーの興味や関心と合致したプロジェクトへの参加を促す。また、社内にある研修やコーチング制度への参加を促し、メンバーの成長を促進する。

・成果物の内容、納期、進捗の共有方法、メールやチャットへの返信日時などメンバーに何を期待しているのか、何を求めているのかを、マネジャーは事前に熟考し、それをメンバーに明確に伝える。

・メンバーの働きぶりについてのフィードバックを定期的に行う。良い成果については、プライベートまたは公に発表し、功績を称える。仕事の内容や成果などがマネジャーの期待や想定と異なる場合、担当のメンバーとできるだけ早く軌道修正する必要がある。

・チーム全体でともに課題に取り組み、クリエイティブな解決方法を推奨する。リモートワークをしていると、すべての問題や課題を一人で解決しなければと思いがちである。メンバー同士がどのように力を合わせ、課題解決策を見つけるのか、チーム内での共通認識を整えるのはマネジャーの役割である。また、プロジェクトやタスクの権限を小規模のチームに委譲し、課題について最もよく知るチームに解決を委ねる。

・オンライン会議の効果を高め、メンバーのエンゲージメントを維持するには、はじめに会議の必要性を考え回数を少なく抑える必要がある。また、欠席者と内容を共有するため録音する、といった基本ルールの設定や、うなずきや表情といった参加者の非言語的な反応に留意するといった工夫も大切となる。

リモート・マネジメントモデルとの共通点
⇔ TM for RW Point2 《ワークサイトにおける作法の策定》
⇔ TM for RW Point3 《仕事の進捗管理》
⇔ TM for RW Point4 《オンライン会議の生産性向上》
⇔ TM for RW Point5 《メンバーの異変に気付く》
 ジョブ・アサインメント for リモートワーク(以下、JA for RW) Point1 《シミュレーション》
⇔ JA for RW Point3 《権限委譲》
 JA for RW Point5 《互助》
⇔ JA for RW Point6 《危機管理》
 JA for RW Point8 《成果共有》

リモートチームの成果評価

リモートワークでは、メンバーは自分が今やっていることや仕事の進め方などが正しいのか不安になることが多いが、頻繁にフィードバックを行うことで、一人ひとりが自分の状況を理解できるようになる。年度末に1度だけではなく、毎週や毎月など定期的にチャットやビデオ通話による1on1などでフィードバックを行う必要がある。

リモート・マネジメントモデルとの共通点
⇔ JA for RW Point4 《モニタリング》
⇔ TM for RW Point3 《仕事の進捗管理》

チーム・マネジメント

リモートチームの運営を成功させる3つ目の要因は、プロセス、つまり業務の推進方法である。優れたプロセスを設計するためには、周りに人がいなくてもメンバーが自分の業務を推進できるよう、構造・骨組み(structure)と方向性・道筋(direction)を与えることである。とくに小さな会社では、フィードバックのループを細かく回し、会社と社員双方の成長をはかることが重要となる。
以下に、Zapierの業務プロセスを解説する。

1.週1回の全体集会
毎週木曜日、Zoomで全体集会を開き、メンバーによる自己紹介やカジュアルなスピーチ、製品デモ、CEOのインタビュー内容の共有などを行っている。異なるタイムゾーンに住むメンバーが交代で参加できるよう、毎週時間帯を変更している。
全社集会は、普段会えない同僚との交流、他のメンバーのプロジェクトの進捗共有、新メンバーの紹介、経営幹部によるウェルビーイングについてのワークショップなどの場になっている。会社の戦略などの重要事項は、すべての関係者と共有できるようにSlackやAsyncに記録している。

2.ランダムなペアチャット
組織が拡大するほど、メンバー全員がお互いのことを知るのは難しくなる。Zapierでは、SlackにインストールされたボットアプリDonutを使用し、毎週メンバー同士を2~3人単位でランダムにペアリングして、人生や仕事、興味のあることなど、さまざまな話題について約30分の短いグループチャットを行っている。このような工夫により、チームを超えた交流を促進し、一緒に仕事をしたことがないメンバーのことをよく知り、信頼関係を築くことができる。このチャットから、新製品のコンセプトや機能についてのアイディアが生まれることもある。

3.週1回の1on1ミーティング
マネジャーは週に1回、自分のメンバー全員とZoomのチャットで1on1を行い、業務の進捗について共有している。1on1の内容は、人事評価のためのオンラインツールSmall Improvementsに記録し、メンバーと共有する。
設立当初はCEOが全社員と1on1を行っていたが、社員数が15人に達した時点で、経営幹部と分担することに変更した。CTO、CPO、CFO、CMO、Platform Lead、VP of Support、VP of Engineeringといったリーダーが各部門のメンバーと1on1を実施し、CEOに直接報告している。

4.週次の進捗共有
毎週金曜日、全社員が1週間に行った業務内容と翌週の業務予定について、Async上に投稿している。これによって、プロジェクトの進捗を全員で簡単に共有でき、一人ひとりがほかの全社員に対して、自分の業務についての説明責任を果たすことになる。

5.対面でのコミュニケーション
Zapierは、対面での交流も重視している。全社員で夏と冬の年に2回、米国やカナダのさまざまな都市で5日間の全社合宿を実施している。それまでの成果と、今後の計画について全社員と話し合う。最近は、参加者同士でディスカッションテーマを決める参加者主導型の「アンカンファレンス」形式を取り入れ、生産性向上やエネルギーマネジメント(仕事に注ぐ自身のエネルギーの管理)、複数のタイムゾーンをまたぐマネジメント方法などについてアイディアを共有している。
全社合宿では、カラオケ、ハイキング、スキーといった業務外のアクティビティも積極的に行っている。また、主要プロジェクト開始などの折に、部門ごとに小グループで合宿を行うこともある。近隣の都市に住む社員同士でコワーキングセッションを行うこともある。

6.製品開発チームを小規模に保つ
Zapierでは、製品開発のスピードを上げるには、製品開発チームの規模を小さく保つことがベストであることが経験上わかっている。そこで、エンジニア(E)、デザイナー(D)、プロダクトマネジャー(P)から成る3~8人規模のEDPチームを編成している。各チームは、たとえば「オンボーディングの改善」といったミッションをひとつだけ与えられ、そのミッションの達成を追求する。権限は完全に委譲され、チームで独自にロードマップ(設計開発のライフサイクル)を作成する。自律的に運営でき、責任と権限を与えられるため、社員にも好評である。

7.自動化できるものはすべて自動化する
自動化は、Zapierの業務プロセスの中核を成している。自動化を進める理由はいくつかある。ひとつには、煩雑な定型業務を自動化することで、チームの規模を小さく保てるから、ふたつ目には、社員を事業へのインパクトが大きいコア業務に集中させられるから、である。
Zapierでは、2回以上繰り返しが必要な作業は自動化している。たとえば、全体集会の議事録の作成は完全自動化され、Slackのチャネルに流されるしくみとなっている。

リモート・マネジメントモデルとの共通点
 TM for RW Point3 《仕事の進捗管理》
 TM for RW Point4 《オンライン会議の生産性向上》
⇔ TM for RW Point6 《仕事外のコミュニケーション》
 TM for RW Point7 《チームを高める非日常の演出》
 JA for RW Point2 《サイズ調整》
 JA for RW Point3 《権限委譲》
 JA for RW Point5 《互助》 
⇔ JA for RW Point7 《完了確認》 
 JA for RW Point8 《成果共有》

情報共有ツール

Zapierはこれまで多数のツールを試してきたが、現在では下記のツールを主に使用している。ただしプロジェクト・マネジメントツールについては全社で標準化する必要はなく、各チームが最も生産的なツールを選べるようにしている。

Zapierが導入している主なITツール 杉田さん表1再修正0622.jpg

リモート・マネジメントモデルとの共通点
⇔ JA for RW Point8 《成果共有》
⇔ TM for RW Point1 《「ワークサイト」というバーチャルな職場の設計》
⇔ TM for RW Point3 《仕事の進捗管理》
⇔ TM for RW Point4 《オンライン会議の生産性向上》

メンタルヘルス・ケア

リモートワークの問題点は、仕事とプライベートの境界線があいまいになり、常に仕事を続けてしまうこと、また、人と関わる機会が少ないため、燃え尽き症候群に陥りやすいことである。Zapierではこれらについても対応策を公開している。

燃え尽き症候群にならないためのポイント
●ルーティンを作って続ける
●優先順位を設定し守る
●限界を作り守る
●人と関わる時間を作る
●短い休憩と長い休暇を取る

孤独や孤立感に陥らないためのポイント
●社交活動をセルフケアの一環と考え、ランニングクラブといった趣味の場、家族や友人との交流、地域活動に積極的に参加する
●服装を整える
●他のチームメンバーと積極的に交流する(ツールやその他交流機会を活用)
●マネジャーに助けを求める

リモートワークでは、他のメンバー同士のオンライン上でのやり取りや会話に積極的に参加することなく、ただ文字を追うだけの受け身な状態になりやすい。メンバーは、チーム内での人間関係を強化、維持するために、意識的にほかのメンバーと交流する機会をもつ必要がある。
またマネジャーは、メンバーに支援と励ましを与え、精神状態を良好に保つための方法をチームメンバーと一緒に考え、共有することが大切である。

リモート・マネジメントモデルとの共通点
⇔ TM for RW Point1 《「ワークサイト」というバーチャルな職場の設計》
⇔ TM for RW Point6 《仕事外のコミュニケーション》
⇔ TM for RW Point7 《チームを高める非日常の演出》

リモート・マネジメントモデルとの共通点

杉田さん表2.jpg