対話型社会の学び方私たちはどのように学べばよいのか。

これからの学びに必要な4つの対話モデル

集合研修がなくなる時代

1990年代までは「仕事に必要なスキル」は企業が考え、そのスキルを獲得できるよう、自社内で研修が企画・開催されていた。しかし、この仕組みは2000年に入って大きく変化した。コロナ禍で企業主催の集合研修の激減が加速する中、どのように自分にとって必要なスキルを獲得すればよいのだろうか。

図1 スキル獲得方法の変化の歴史図1.jpg注:the future workplace experience: prepare for disruption in corporate learningを参考に著者作成

2000年代に必要なスキルが変化してきた背景には、仕事の内容がより複雑化してきたこと、一人ひとり異なる仕事の経験や専門性に対して「一斉研修」が価値を持たなくなってきていることが理由として挙げられる。
以前は「同じ量・質のスキルを持った人」がたくさんいる状態が望ましいとされていた。こうした時代には、「正解」のあるトレーニングを通じて、「正解」を教え込むことで、同じスキルを持った人が効率よく大量生産されていたのだ。しかし、産業構造が変わり、職場で必要なスキルが複雑化してからは、仕事を通じてスキルを獲得すること、個々人がそれぞれ異なるスキルや経験を持つことが求められるようになってきている。

近年のパーソナライズド・ラーニング(個別化された学習)の潮流は、一人ひとり自分に合った学習内容・学習スタイル・学び方が求められる。学習テクノロジーの影響もあり、より個別性の高いオーダーメイドの学びを実現することができるようになってきている。

学び方がこのように個別化し、さらに記憶を重視した「蓄積型」の学びがより実践的な学びに変化している中、私たちはいったい何をどのように学べばよいのだろうか。リクルートワークス研究所では、2016年に「学びプロジェクト」を立ち上げ、学習テクノロジーの進化に伴い、学びの行為そのものが変化してきていることについて、これまでに2つの報告書を発表した。そこでは、大人の学びを取り巻く環境がどのように変化しているのか、学びが変化する時代にどのようなスキルが必要なのかということに言及してきた。まず、これらの報告書を概観しておこう。

学習テクノロジーがもたらした「学び」の多義性

学習テクノロジーは、学習プロセスを省力化しただけではなく、「学ぶ」という行為そのものの意味を変えてきている。「創造する」大人の学びモデル(2017)でも取り上げたように、学習テクノロジーは、これまでに「学び」と呼ばれていた行為を、「発芽する」「試す」「活かす」「変容する」「共創する」といった行動へと変化させてきた。そのことによって、長らく「知識を取り入れる行為=インプット」に象徴されてきた学びは、試しながら知恵を変容させ、対話をしながら他者と創り出す、アウトプットを起点としたやり方へとその変化を加速させてきているのだ。

図2 創造する大人の学びモデル図2.jpg引用:「創造する」大人の学びモデル

なぜアウトプット型学びが大切なのか

ではなぜアウトプット型の学びが必要なのか。
先に見たように、これまでの学びは、決められた日程で、研修や勉強会といった場に「正解」を持った講師がいて、その正解を効率よくインプットすることだった。しかし、「正解」と思っていたものが急に変化したり、人によって違っていたりする時代の学びは、自分の疑問や気づきを発信しながら他者と一緒に新たなを創造することになる。

学びプロジェクトでは、自分らしく学びながら、変容を繰り返してきた社会人にも取材した。
「人生100年時代 学びの進化モデル」と題し、個人の学びを尋ねたインタビューでは、学びの捉え方は多様で、より個人のやり方に沿った実践的でかつ発信を伴う学びが行われていることが明らかになっている。彼らは、「何をしたいか」を声に出して周囲を巻き込みながら学んだり、「ゴールのある学びはやる気が出ない」と、仲間との実験結果のアウトプットを繰り返していた。自分に合ったやり方を自分で創り出して、誰かとの知恵の交換や協働を通じて、アウトプットからのフィードバックを得ながら学んでいるという特徴がある。

図3 学びを実践で活かす人の学び方manabi01.jpg引用:「創造する」大人の学びモデルvol.2~アウトプットからはじまる、学びのサイクル~

その後実施された調査(※1)の分析結果を見ても、アウトプットの場面を想定して学ぶ人、学んだことをリアルな場の中で役立てる機会のある人が、より主体的な学びをしていることが明らかになっているのだ(※2)。

図4 主体的な学びとアウトプット行動の関係
図4.jpg

アウトプット型学びとは

アウトプット型学びの特徴は、学びのすべてのプロセスが外部に開かれているということだ。他者の存在を前提にした学びのプロセスのため、1人だけが何かを獲得するのではなく、問いを投げかけた人も、問いを投げかけられて、その対話に参加した人も、意図せずそこから何かを学ぶことに繋がる。
また、アウトプット型の学びサイクルは、職場や家庭など場所や環境問わず、誰もがすぐに実践しはじめることができる。まずは、自分の気づきや問い、探究したいテーマなどを自分からアウトプットする(他者に伝える)ことで、それに対する他者からのフィードバック(感じたことや考えなど)を得て、対話を進めることができる。この対話のプロセスを通して、この対話に参加した全員がこれまでとは違う新たなものを創っていくことができるのだ。

アウトプット:疑問や気づき、考えや仕事の成果を発信する
フィードバック:発信したものに対する社会や人からの反応を受け止める
アンラーニング:反応と自分の考えを融合させ、考えの枠組みを再編集する
クリエーション:再編集された考えの枠組みをもとに、新たなものを創造する

アウトプット型学びと蓄積型学びをつなぐ理論的枠組み

ここまで見てきた2つの学び――すなわち、「蓄積型でインプット型の学び」と「発信や他者の介入を前提としたアウトプット型の学び」、これらについて理論的に説明する方法はないのだろうか。
佐藤(1999)は、『学びの快楽―ダイアローグへ』の中で、学びには2つの意義があるとしている。1つは、「修養としての学び」であり、もう1つは「対話としての学び」である。佐藤によると、修養としての学びとは、「何か重要なものを欠落した存在としての人間が修養を通してより完成した存在へと接近する営みとしての学び」としている。一方の「対話としての学び」とは、十分な研究が蓄積されていないとしながらも、「他者とのコミュニケーション行為を通して対象の意味を探究する行為として展開される」である。対話としての学びでは、知識を個人の中で所有するものとしてとらえるのではなく、「人々のなかで共有し、知識を公共性に開かれたものにするところに成立する学び」であると説明している。
つまり、正解のある学びは、修養としての学びのように不足を埋める学びと考えてよいだろう。その一方で正解の見えないものを創り上げる過程は、「対話としての学び」として扱うことができそうだ。

「対話型社会の学び方プロジェクト」のねらい

これまでに見てきたように、「学ぶ」という行為そのものの意味が変化する中で、私たちは学びの効用を広く、「考え方を変えること」とした上で、新たな学びモデルを検討した。
その際、「正解のある学び」と「対話としての学び」の違いに留意して、「正解を知っている」「正解を知らない」および自己と他者の二軸によって作成された以下図5の枠組みに沿って議論を展開する。

図5 考え方を変える枠組みと4つの対話モデルillust_01_A.jpg参考:矢野(2019)

アウトプット型の学びは、モデル1、モデル3、モデル4の前提となる学びだ。「知っている」(または知らない)ことを他者や社会に発信し、発信を基にしたフィードバックを得ながら考え方を変える方法である。
モデル1は、自分が知っていることを知らない他者に伝えることによって自分の考えを変える方法である。モデル2は、旧来型の「勉強」だ。知識を保有している他者=例えば教師が、自分の保有する知識を参加者に分け与えるやり方である。ここでは扱わない。モデル3は、お互いにまだ知らないことを相互作用によって作り上げる学びである。モデル4は、「正解」と思っていたものが急に変化したり、人によって違っていたりする時代の学び方だ。これまでに「知っている」と思っていたことを疑いながら新たな知識を作り上げる学び方である。

モデルについての詳細は第1章を参照いただきたいが、第2章以降の研究は上記枠組みのモデル1からモデル4についての研究とインタビューで構成されている。

第1章 「考え方を変える」枠組みと4つの対話モデル 矢野眞和氏
第2章 対話を通して他者と新たな知恵を創り出す過程とはどのようか
―ケネス・ガーゲン氏インタビュー
第3章 アウトプットの効用①職場での実験結果
第4章 アウトプットの効用②実験室実験の結果
第5章 学校での学び「探究の時間」から学ぶ
第6章 問いを創るということ
第7章 「知的謙虚さ」が学びに与える影響
第8章 対話の技法
(※各章のタイトルは、今後変更になる可能性があります。)

私たちはどのように考え方を変えればよいのか。
理論と実証研究を通じて、実践場面で活用できる研究成果を紹介することが、このプロジェクトの目的だ。

(※1)調査概要
国内の「働く学習者」に対する調査
学習行動の有無、学習の目的、方法を明らかにした。
調査手法:インターネットモニター調査
標本設計:全国の1564歳の就業者を母集団とし、性×年代(10歳刻み)×就業形態
3区分)×居住エリア(4エリア)で母集団構成に合うように回収
※母集団のデータソース:総務省統計局「労働力調査」(平成24年~平成28)
サンプル数:5,624s
調査期間:20171214日~1219
調査名称:「働く喜び調査」
調査者:リクルートキャリア、リクルートワークス研究所

(※2)ここでいう、主体的な学びとは、「現在あなたが自主的におこなっている「学び」について、内訳を教えてください。※学び行動とは、新たな知識を身につける行為、すべてを指します。1 今の仕事に関連する学び ( )% 2 今後やろうとしている仕事に関連する学び ( )% 3 仕事には関連しない学び( )% 4 自主的に行っている学びはない」という問いに対して、13のいずれかに数値を当てはめた場合をいう。13のいずれかに正の数値がある場合には14を選んだ場合には0をとるダミー変数を作成して、上記の分析をおこなった。