第8章 研究展開 今後の「働く×生き生き」研究に向けて第2回 「文化心理学研究」の観点から 北山 忍 氏

純日本企業と外資系企業の差異を多面的に検証してみる

【プロフィール】

北山先生プロフ写真.jpg北山 忍(きたやま・しのぶ) ミシガン大学心理学部 ロバート・ザイアンス冠教授。京都大学大学院哲学研究科心理学修士課程修了、1987年にミシガン大学にてPh.D.取得。専門は文化心理学、社会心理学。オレゴン大学、京都大学などを経て、2003年より現職。当該分野の権威として、今年度(2020年)は、ニューヨークにあるラッセルセージ財団で主に「文化とこころの関係」を脳神経科学の観点から研究している。また現在、科学的心理学の中心的国際学会である心理科学学会(Association for Psychological Science, APS)の会長も務める。主要著書は『文化心理学-理論と実証』(1997)、『自己と感情-文化心理学による問いかけ(認知科学モノグラフ9)』(1998)、『Handbook of cultural psychology (2nd edition)』 (2020)。

「働く×生き生き」これまでの研究結果を読み解く

社会的なトスレス要因も、免疫機能を低下させる

今回の調査でも、心身ストレスが「生き生き働く」を阻害することは明らかになっています。これを、生物学的な視点から見てみると、免疫機能とのかかわりが大きいのがわかります。もとより生物は、バクテリアやウイルスに対する免疫システムを持っており、菌なり感染症なりをやっつけようとする仕組みを備えています。例えば、傷を受けてしまうと、この免疫反応が自動的に起きるようになっていて、この仕組みがあって初めて、人類の生存が可能になっているのです。

ところが、この免疫反応は、傷を負うような状況が予測できると、その予測だけで活動を始めるという特徴があります。「傷を負うような状況」とは、つまり、何某かの脅威を感じるような状況で、現代社会では、例えば職場にイヤな上司がいる、自尊心を傷つけられたなどといった脅威を認識すると、炎症反応が高まってしまうわけです。ただ、この場合はバクテリアが相手ではないから、炎症反応が自分の体に向いてしまう結果になります。免疫反応は血流に乗って移動しますから、まず循環器系がダメになり、次いで、アレルギーなどの自己免疫疾患が出てくる。そうすると、感染症に対する免疫機能も低下し、風邪をひきやすくなったりと、結局は全てつながっているのです。新型コロナウイルス感染症による死亡率が社会的弱者で高いのも、このあたりと関係している可能性があるでしょうね。

社会的なストレス要因が心身とどう関係しているか。アメリカの研究では、人生に対する意味、生きる目的といったものがあるとストレスが下がるということが、遺伝子の発現レベルで解明されています。先述の自分に向く炎症反応が抑えられ、感染症に対する免疫も上がってくるというわけです。以前、日本企業でも組織人を対象に、炎症反応を司る遺伝子の発現を見る実験を行ったのですが、同様の結果が出ました。炎症反応にかかわる遺伝子は、職場で「周りの人が自分を認めてくれている」と報告している人では、特に抑制されていることが示されました。逆に、周りからの孤立感が高い人は炎症反応を促進し、感染症などに対する抵抗を低下させる方向で遺伝子が発現していたわけです。

精神健康に大きく影響する“周りからの評価”

「どれだけ認められているか」は、今回の調査の中にあった「働いた分評価される」「必要とされる」などといった言葉に近い感覚ですが、日本の職場ではなかなか得難いかもしれませんね。単純な年功序列ではなく、メリットに基づいた評価をしようとすれば、結局、誰かが評価しないといけない。それを担うのが必ずしも優秀な人材とは限らないし、システムそのものに透明性、公平性がないと、逆に働く人の意欲を削ぐことになりかねません。

その点、外資系企業は様相が違います。精神健康について、ある純日本企業と、ある外資系企業とを比較研究したことがあるのですが、時代の変化に合致する規範をうまく見いだせない日本企業に対して、外資系企業は詳細な就業基準と、それに基づいたクリアな評価基準を持っていた。印象的だったのは、職場に対するコミットメントや、職場の人間関係が非常にうまくいっていることです。評価というものが流動的になればなるほど、それをどう扱って、実際のマネジメントに実装するかという点に関して言えば、外資系から学ぶことはけっこうあると思います。

「働く×生き生き」これからの研究課題を紐解く

「生き生き働く」とパフォーマンスの相関に時間軸を入れる

まず、前述の流れから言うと、今回のデータを生かして純日本企業と外資系企業の違いを出してみると面白そうです。「生き生き働く」も「生き生き働けていない」も、個人が持つイメージは多様性に満ちていますが、組織文化や風土が明らかに違う両者を比較すれば、その差異の傾向が見えてくるかもしれません。

あとは、経時的変化も見てみたいですね。調査対象者の現在の評価が、将来のパフォーマンスにどう関係していくのかを調べると、これも面白いと思います。「生き生き働く」がパフォーマンスと相関しているのは確かですが、パフォーマンスがいいから生き生きしているのか、あるいは逆で、生き生きしているからパフォーマンスがいいのか。それをエビデンスのレベルで、どっちの因果的な効果のほうが強いのかを見極めるのは重要でしょう。

インターベーションの「ある」「なし」比較も一つの手掛かりに

そして、「生き生きしているからパフォーマンスが上がっている」を見ようとするならば、実験的に“生き生き感”をつくるのも一つの方法です。一種のインターベーション(介入)ですね。考えられるのは、例えばshowtellのようなトレーニング。英語圏の幼稚園や小学校で行われているもので、自分の身の回りのアイテムや出来事などを材料に、クラスメイトの前で発表する教育科目です。プレゼンテーション能力が身につき、自己肯定感や多様性を理解することにもつながるとされています。つまりは、仕事や役割を主体的に捉えることができるような、何らかのインターベーションの「ある」「なし」で、生き生き感やパフォーマンスにどういう違いが出てくるか。変化するか。それを、「会社における満足度」などといった様々な指標で見てみると、新しい手掛かりを得られるのではないかと思います。


執筆/内田丘子(TANK)

※所属・肩書きは取材当時のものです。