第2章 研究探索 「生き生き働ける」人とは? 組織とは?第20回 「ダイバーシティ」 入山章栄 氏

自分に小さな変化を起こし、多様性を広げていく

【プロフィール】
入山章栄(いりやま・あきえ)早稲田大学ビジネススクール教授。慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で自動車メーカーや国内外政府機関などへのコンサルティング業務に従事した後、米国・ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学し、2008年に博士号取得。専門は経営戦略論、国際経営論で、代表的な著書に『世界標準の経営理論』(2019)がある。雑誌の連載執筆やテレビ番組でのコメンテーターなど、各種メディアにおいても積極的に活動中。

探求領域

ダイバーシティがイノベーションを創出する

組織におけるダイバーシティは既に広く注目されていますが、これからの時代、特に重要になるのは「イントラパーソナル・ダイバーシティ」だと考えています。日本語で言えば「個人内多様性」。一人の人間が多様な経験と幅広い知見を持つということで、海外の経営学でも関心が高まっているトピックです。
そもそも、イントラパーソナル・ダイバーシティはなぜ重要視されるのか――経営学的に言えば、答えはいたってシンプルで、イノベーション創出につながるからです。このイノベーションの定義については、80年以上も前に経済学者・シュンペーターが示しましたが、変わらない本質は“新結合”にあります。既存の知と、別の既存の知の新しい組み合わせ。これによってのみ、イノベーションは生まれるのです。

重要なのは「知の探索」を促すこと

しかし、人間は認知に限界があるから、どうしても近くの知だけを見て組み合わせがちなんですね。だから、ずっと同じ場にいると、目の前の知と知の組み合わせに終始し、やがて尽きてしまう。日本でイノベーションが起きにくい理由の一つです。脱却する第一歩は、遠くのものをいっぱい見ること。経営学で言う「エクスプロラレーション」で、僕はこれを「知の探索」と呼んでいます。これが大事なんです。今、持っている知と遠くの知を新しく組み合わせるという作業が。そして、組み合わせてみて「いけそうだ」と思ったら深化させていく。このバランス感覚というか、“両利き”具合が大切なのです。
したがって、イノベーティブな人は、やっぱり知の探索に積極的なんですよ。そしてこれは、つまりはイントラパーソナル・ダイバーシティが高い人たちということになる。遠くのものを見るには幅広い経験をする必要があるから、結果、個人の中で多様性が高まるわけです。

多様性は個人に求められる時代へ

例えば、僕は「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」の審査員を何年か務めていますが、ここに選ばれた女性の多くはマルチキャリアの持ち主が多いです。
昨今では兼業・副業を認める大企業が増え、また、人材をベンチャー企業などに送って育成するといった動きも出てきていますよね。これらはまさに、イントラパーソナル・ダイバーシティを推進するものです。本業とは違う場に積極的に出ることで個人の中に多様性が養われ、それがイノベーション創出の契機になっていく。とにかく世の中の変化が激しいので、柔軟に対応し、新しい価値を生み出すには、多様性はもはや組織だけでなく、個人にも求められているということです。

探求領域×「生き生き働く」

失敗や苦い経験は、認知的には「いいこと」

かく言う僕自身、好奇心が強いのもあって、割に幅広いことをやってきました。人との出会いや、新しい仕事の縁を得たときに、「まずは動いてみる」を実践する中、徐々に広がってきたという感じです。数年前からは、外資系の投資会社からお話をいただいて、社外取締役もやっています。ただ、当初はこれが大変で……グローバル企業の経営会議ともなると、英語での専門用語がバンバン出てきて、一学者にすぎない僕には、最初はなかなかついていけなかった。必死になって勉強したものの、思うように価値を出せない状態が続きました。でも一方で、「これはいいぞ」とも思ったんです。なぜなら、近年、ここまで落ち込む経験がなかったから。
そう、失敗や苦い経験をするのは、実は認知的にはいいことなのです。人間ってうまくいけばいくほど、自分が認知している世界がすべてだと思うから、そこにとどまって知の探索をしなくなってしまう。自分にできる別の何かを見つける機会も失ってしまうわけです。「自分が見ている世界は狭いのかも」に気づけば、サーチにも動くようになりますから、その意味で、失敗や苦い経験をちゃんと認めるということは有効なのです。

感情と認知を分けてマネジメントする

ただ、人間には感情があるので、失敗や苦い経験をすると気持ち的には落ち込みますよね。そんなときは「感情と認知を分けて考える」のがいいと思います。失敗も認知の問題にさえしてしまえば、むしろチャンスだと捉えることができる。だから、感情のマネジメントをうまくできる人や組織は強いですよ。一例として、知人である某企業の人事トップは、何か失敗した社員に対して「君は次に何をしたい?」と最初に聞くんですけど、これはすごいなぁと。気にしている周りの人の目や、恥ずかしいといった気持ちを早く取り払わせ、社員の感情をうまくマネジメントしているのです。
結局、人間は理屈より感情で動くので、「わくわくする」とか「面白そう」といった内発的動機をどう高めるかが重要なんですよね。その際に留意したい点は、研究でもわかっていることですが、感情は認知情報と違って遠くには飛ばないということ。空間を同じくしてこそ伝わるものです。ITツールの進展に伴って、最近はその機会が減ってきたでしょう。内発的動機を高め、リアルな意味で多様性を広げていくには、人と人が何らかの形で顔を合わせ、感情をシェアする機会を持つことも大切だと考えています。

「生き生き働く」ヒント

自分に小さな変化を起こしていく

まずは動く、自分に変化を起こしていくことです。小さなことでいいんですよ。例えば通勤経路で、降りる駅を一つ変えて歩くだけでも普段とは違う発見があったりするでしょう。僕がよくおすすめしているのは、書店に行って、目を閉じて本棚から一冊を抜き出し、それを絶対に最後まで読み切るというやり方。タイトルを見たら選ばなかっただろう書籍でも、自分とは接点がないからこそ新たなヒントを得られたりするものです。変化を起こす、新しいことをするのに何も気構える必要はなく、もとより決まりなどないのだから、楽しんで好きにやればいいんです。

「変わること」「新しいこと」を緩やかな気持ちで楽しむ

あと、これも単純な方法ですが、多様な人たちがいる場に自分をぶち込んでみる(笑)。意識改革だとか、メンタルモデルだとか、理屈で変化の重要性を説かれても、人はそう簡単に変われるものではありません。いろんな人に会って「こういう考え方があるんだ」と、いい意味でショックを受けるのが一番だと思います。さじ加減はあると思いますが、生き生きという意味で肝心なのは、やはり楽しめるかどうかです。自分に変化を起こすというのは、それなりに負荷がかかるし、不安を感じたりするけれど、まずは動かないと何も始まりませんからね。その上で、どうしても自分には合わないと思えばやめればいい話で、それぐらい緩やかな気持ちで変化を楽しんでほしいと思うのです。

暗黙知や感情の中にこそ「生き生き働く」要素が入っている

「生き生き働く」――何をもってそう表現するかは難しいところですね。否定的なことを言うつもりはありませんが、言葉から入ってしまうと少々厄介な気がするんです。「生き生き働く」というのは、あくまでも人間が作り出した形式知だから。端的な話、家に引きこもってずっとゲームばかりしている人を指して、一般的には「生き生き」と表現しませんよね。でも、本人はめちゃくちゃ生き生きしているかもしれない。ダイバーシティという言葉にもそういう側面がありますが、バズワード化してしまってはいけないと思うのです。人間はそんなに単純なものじゃなく、暗黙知や感情の中に「生き生き働く」要素がたくさん入っていることに目配りするのも大切ではないでしょうか。それこそが、多様性の証しなのですから。

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日本の大学・大学院では経済学を勉強し、
アメリカに留学してからは社会学と認知心理学を学びました。
僕の節操のない性格がそうさせたのですが()
経営学者としては珍しい存在かもしれません。
それがどう転ぶか……先がわからないからこそ、
日々が面白いんですよ。

――入山章栄

執筆/内田丘子(TANK)
※所属・肩書きは取材当時のものです。