第2章 研究探索 「生き生き働ける」人とは? 組織とは?第17回 「時間管理」 岡崎善弘 氏

時間管理よりも優先すべきは、仕事や予定を詰めすぎないこと

【プロフィール】
岡崎善弘(おかざき・よしひろ)岡山大学大学院教育学研究科講師。広島大学大学院教育学研究科博士課程修了。東京大学大学院総合文化研究科(日本学術振興会特別研究員PD)を経て、2016年より現職。専門分野は発達心理学、教育心理学、認知心理学で、主な研究テーマは「児童・生徒を対象とした時間管理の発達支援」「子どものファンタジー世界の科学的理解」「エビデンス(科学的根拠)に基づいた教育」など。2016年、未来教育研究所研究助成優秀賞受賞。

探求領域

「夏休みの宿題 計画と実際」

僕自身、もともと時間管理がうまくなかったので、多くの関連本を読んできたのですが、大半は時間管理“術”に終始していて、科学的根拠が記されていないんですよ。効果が検証されていない方法で「効果がある」ように言われても、本当かどうかわからない。もとより、時間管理はあまり因果関係がはっきりしない領域で、そこに踏み込んでみようと10年ほど前から研究を始めました。研究の出発点は、夏休みの宿題です。夏休みの宿題にストレスを感じる子どもたちを「何とかしてあげたいな」と思いまして。僕もそうでしたが、休み終わりギリギリになって宿題に追われた経験ってないですか? あのストレスを減らしてあげたかった。そんな思いから始めたのが児童・生徒を対象とした時間管理の発達支援で、調査・研究を続けています。
2018年に行った「夏休みの宿題 計画と実際」という共同研究があります。小学校3校を対象に調査し、回答が有効だった460人分のデータを分析したところ、「毎日こつこつする(継続型)」という計画を立てた子は61%、そのうち約8割が計画どおりにできていました。それに対して、計画と実際に最も乖離があったのは、「すぐに終わらせる(前半集中型)」という計画を立てた子たちでした。結果は約7割の子どもたちが計画倒れ、破綻しているんです。「夏休みだ」というテンションの高さが、無茶な計画を立てさせるのでしょう。子どもは、自分を客観視するメタ認知能力がまだ発達途上ですから、宿題を早く終わらせて遊びたいという気持ちに負けてしまうのは十分理解できます。

時間の経済的価値を気にしすぎると、人はストレス状態に陥る

時間管理は現代人にとって重要なスキルの一つですから、「時間を管理するのは良いことだ」と思ってきましたが、実は近年、「時間管理はしすぎない方がいい」という主張が出ているんです。アメリカの研究チームなどは、「時間の価値を強く意識している人は一般的にストレス状況にある」という結論を出しています。
実証実験の方法はこうです。参加者たちを2チームに分けて、全く同じ仕事内容と報酬を伝えるのですが、一方のチームにだけ、事前に1分当たりの報酬額を明示します(“Time is money”をしっかり意識させます)。すると、1分当たりの報酬額を伝えられた参加者たちのコルチゾール(ストレスホルモン)値は25%も上昇していました。これは明らかに健康を害するレベルです。時間の経済的価値を絶えず気にしていると、人はストレス状態に陥るということです。そうなると、例えば、子どもと一緒に遊んでいても、「この時間があったら仕事ができたのにな」とか、感動するような景色や映画を観ても気分が晴れないとか……余暇も楽しめなくなってしまいます。少なくとも、時間とお金を結び付けすぎない方がいいのかもしれませんね。

探求領域×「生き生き働く」

予定を詰めすぎると生産性は低下する

また、「予定の詰めすぎ」は生産性を下げるというエビデンスも出ています。2018年に行われた調査によれば、「次の予定があるかどうか」によって人の時間の使い方が変わると。調査対象を「次の予定が入っている」と「次の予定が入っていない」の2グループに分けて、「60分間のうち、どれくらいの時間を読書にあてることができるか」を尋ねたところ、「次の予定が入っている」グループの読書時間は、もう一方のグループより10分も短かったのです。つまり、次の予定が入っていると、持ち時間を短く見積もってしまうということです。そして、「持ち時間は短い」と認知すると、人は簡単な作業を選択してしまうため、時間がかかる難しい課題は先延ばしにされます。研究者たちは、これらの結果から、予定を詰めすぎると大事な仕事(難しい仕事)は先延ばしにされるので、結果的に生産性は下がるという結論を出しています。対処方法として、難しい課題はタスクを小さく分割しておくことを挙げていました。“時間的に追いかけられている感覚”は主観的幸福感・ウェルビーイングの低下にもつながる可能性があるので、「予定は詰めすぎない」方がいいということです。

「援助行動」「畏敬の念」は、主観的時間や幸福感を増大させる

逆に、主観的な時間の長さや幸福感を増大させる方法は「援助行動」です。アメリカの研究によると、他者のために時間を費やすと、自分自身に費やすよりも「時間が増えた」ような感覚になることがわかっています。自己効力感というか、ウェルビーイングの高まりが関係しているのでしょう。ボランティアなども結構いいと思いますね。ボランティアはお金にならないし、時間の無駄だと感じる人もいるかもしれませんが、援助行動は、心のゆとりとして自分に返ってきます。
そしてもう一つ。壮大な自然やアートなどに感じる「畏敬の念」も有効です。例えばグランドキャニオン、オーロラ、大きな仏像などを前にすると、すごく圧倒される感じってあるじゃないですか。そういうとき、人は自分の持っている時間が少し増えたような感覚になり、しかも、先ほどの援助行動のような向社会的行動が促進されることがわかっています。こういった時間の充実感と主観的幸福感はリンクしていますから、「生き生き働く」にも十分関係性があると思います。

「生き生き働く」ヒント

時間の単位を小さくしてみる

僕の結論としては、「時間に追われるほど仕事は詰めすぎない方がいい」なんですけど、組織の中で働いていて、現実として多くのタスクを抱えていると、「そうはいっても」という話になると思います。時間管理をしなければならないのなら、対応策として、時間の単位を小さくすることをおすすめします。年単位より日単位、日単位より時間単位というように、小さな単位を用いた方が“将来の自分に近い課題”として認知されやすく、より早く仕事や行動に着手するようになります。先述のタスクを小さく分割するのと同様、先延ばしが減るということですね。

時間のランドマークを利用する

もう一つは、「フレッシュスタート効果」を利用する方法です。年の初めである1月はモチベーションが最も高まりやすいタイミングで、例えば、「ダイエット」で情報検索をかける人って1月が一番多いんですよ。これがフレッシュスタート効果と呼ばれていて、物理的なランドマークが基準地点として機能するように、1月が時間的なランドマークになっているという考え方です。そして、次にモチベーションが高まるのは月初め、週初めで、目標や自己改善に関連する行動開始が促されるようです。計画を立てたり、修正したりするときは、こういったタイミングを利用するといいかもしれません。

優先すべきは、時間管理よりもタスクの削減

繰り返しになりますが、大切なのは、やはり「詰めすぎないこと」。仕事だけでなく、やりたいこと、魅力的に感じることが多々あっても、「今必要なものは何か」「目的から逆算して、今、必要なことは何か」など、優先順位をつけることが肝要です。「あれもこれも」では時間的コストが膨らむばかり。限られた時間を有効なリソースとして配分するには、課題を限定しておく方がいいと思います。換言すれば、ガチガチに時間を管理しなければならないほど仕事があるのなら、優先すべきは時間管理ではなく、タスクの削減だということです。

岡崎先生.jpg

最近、体調を崩したときに、
いろんな予定をキャンセルして
家で過ごしていたら、心がすごく穏やかになって……。
まさに「あれもこれも」で、
ストレスを抱えていたのだと思います。
健康を害さず、充実感を持ってやっていくには、
「仕事は詰めすぎない」が一番だと実感しました。

――岡崎善弘

執筆/内田丘子(TANK)
※所属・肩書きは取材当時のものです。