第2章 研究探索 「生き生き働ける」人とは? 組織とは?第6回 「ソーシャル・キャピタル」 小野公一 氏

組織に対する信頼感、特に上司の存在が重要

【プロフィール】
小野公一(おの・こういち)亜細亜大学 経営学部教授。1980年亜細亜大学大学院博士課程後期単位取得退学。同年(株)社会調査研究所入社。1983年より亜細亜大学経営学部講師、助教授を経て、1993年現職へ。主な著書に『働く人々のwell-beingと人的資源管理』(2011)、『働く人々のキャリア発達と生きがい-看護師と会社員データによるモデル構築』(2010)

探求領域

ソーシャル・キャピタルは、人々の関係の中に存在する資源

恩師が心理学者だったこともありQWLに関連して職務満足感に興味を持つようになりましたが、内発的動機づけに関する要因だけでなく、人間関係が与える影響にも興味を持ったことがソーシャル・キャピタルの研究を始めたきっかけです。ソーシャル・キャピタルというのは、1対1の人間関係を超えたより多くの人々の関係の中で醸成された、「信頼」「ネットワーク」「互酬性の規範」を基本的な要件とする雰囲気、あるいはそれが長期的に形成され伝播・定着した文化のことで、その文化の中にいる人々が利用可能な資産・資源だと考えています。ソーシャル・サポートと区別されるのは、「(特定の)誰かが助けてくれる」という関係ではなく、「この職場で仕事をしていて何か困ったら、みんな(誰か)がなんとかしてくれるよね」と思えるような、集団が持つ雰囲気である点です。

個々のwell-beingと組織の有効性、双方に作用

私が、看護師や金融機関の従業員を対象に行った実証研究では、自分の職場にソーシャル・キャピタルがあると感じることは、心理的well-beingに影響することが明らかになっています。ソーシャル・キャピタルを高く感じる人は、メンタルへルスが良好に保たれ、職務満足感や働きがいを感じ、他者へのサポートも進んで行う傾向が強いように思えます。そして職場には、協力や助け合い、人間関係を保全する努力があり、それらが、組織の有効性(効率や生産性)にもつながっているんですね。

ソーシャル・キャピタルにおける最大の要素は「信頼」

では、どのような要素があればソーシャル・キャピタル意識が高まるのか。これについてはもう少し研究が必要なのですが、一つ言えるのは、最もベースにあるものは「信頼」だということ。組織の人々を信頼できるかどうかです。「何かあれば誰かに助けてもらえる」という信念がもたらす安心感ですね。
その最たる存在が上司でしょう。しっかり部下に向き合ってくれるか、時間を取って理解しようとしてくれるか。さらにヒヤリングでよく聞かれたのは、スキルなり知識なり、仕事への態度・信念を持ってるかどうか、です。そして、仕事を割り振る力です。困っている部下を、見て見ぬふりをしていることへの批判は非常に強い。自分の仕事で手一杯な人にはそれに見合った仕事を与える、余力のある人には臨機応変な対応が必要な仕事を割当てたり、周りの人を手伝うように指示を出すなど、きちんと仕事を捌ける上司は部下から信頼されるようです。

探求領域×「生き生き働く」

一定のキャリア発達を遂げ、自己判断で仕事ができている状態

生き生き働いている状態とは、心理学または経営学的にはwell-beingということになりますが、基本的に、自分の判断で仕事ができている、自律的に仕事ができている状態であることは欠かせません。それには少なくとも自己効力感を持てるレベルのキャリア発達を遂げていることが前提になります。もう一つは、生理的に疲弊していないことも条件になるでしょう。過度に仕事に時間を捧げている状態は、生き生き働いているとは言えません。

人は一人では生きられない。安心できる居場所は必要

社会学的に、人は1人では生きられないので、集団の中で居場所がある、他者に安心して依存できる状態であることも、生き生き働く上で不可欠でしょう。ソーシャル・キャピタルにおいても、「居場所作り」「居甲斐」は、非常に重要な要素です。依存できる状態は、自律的に働ける状態と矛盾するように思えるかもしれませんが、大切なのは、それが道具的サポートや情報的サポートではなく、情緒的サポートであることでしょう。

「生き生き働く」ヒント

経営者・管理者が高い倫理観を持つ

経営者にしても管理者にしてもそうなんですが、部下を一人前の人間としてリスペクトできるかどうかが大切だと思っています。これができないと、部下はやらされ感でしか働けず、一緒に仕事をしているとか、共通の目標達成に向かってやっているという意識を、多分持てない。部下の方にもそれぞれニーズがあります。必ずしも全てを満たしてやれるわけではないですが、少なくとも受け止める、理解しようとする姿勢は、経営者・管理者に必要だと思います。それが人としての共感につながり信頼につながるように思えます。

人的ゆとりは、ソーシャル・キャピタルに欠かせない

もう一つは長時間労働の問題。長時間労働は止めましょうと言うだけではなく、できない量の仕事を割り当てている現状を、変えなければならないと思います。日本の場合、残業時間を当て込んで人を採用するのが当たり前になっています。それを改めない限り、人的な、ひいては、時間的なゆとりは生まれません。それがないと、他者を助けてなどというソーシャル・キャピタルの雰囲気は醸成されにくいと思っています。

ワーク・ライフ・バランスは、当人にとってのバランスが取れているか

私自身、一時期サラリーマンをやっていた時期がありますが、在籍した部署が、赤字を出してもいいから質の高い仕事をしてくれという部署で、労働時間など度外視で自分の満足のいくレベルまでやり、それでお客さんも喜んでくれるのですから、非常に生き生きと仕事をし、仕事が楽しくて仕方がないという人が多かった。当時の仲間とは、30年以上たった今も集まっています。疲労感を伴う長時間労働は避けるべきですが、自分はこの瞬間は仕事に集中したいという時期に、ある程度、自分の中でワークとライフのバランスを取れる自由があってもいい気がします。ただ、組織でそれを認めるのは難しい。だから、ここでも重要になってくるのが上司なんです。なぜそんなに長時間仕事をしたいのかを上司がちゃんと掘り返し、自分の成長のため仕事を覚えたいと言うなら、何を覚えたいのか、周りがどう働きかければ効率がいいのかを指導する。それもメンタリングやソーシャル・サポートなんですよ。上司の存在は、いろいろな意味で非常に重要ですね。

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よく、長期的な目標を持つことが大事と言われますが、
調査では、長期的な目標はさほど生きがいに
効いていないことがわかっています。
日本人の場合、未来よりも、今の、
そして、今までの自分の生き方に満足できるか、
自己肯定感を持てるのか、のほうが
生きがいとしての意味は大きいんですね。

――小野公一

執筆/荻原美佳(ウィズ・インク)
※所属・肩書きは取材当時のものです。