第2章 研究探索 「生き生き働ける」人とは? 組織とは?第2回 「ワーク・エンゲイジメント」 島津明人 氏

仕事と家庭、双方向の流出効果を活かす

【プロフィール】
島津明人(しまず・あきひと)慶應義塾大学総合政策学部教授。公認心理師、臨床心理士。ユトレヒト大学(オランダ)客員研究員、東京大学大学院医学系研究科准教授、北里大学一般教育部人間科学教育センター教授などを経て現職。ワーク・エンゲイジメントを核に、ワーク・ライフ・バランスと健康に関する調査、労働生産性向上に寄与する健康増進手法の開発などに従事。

探求領域

ワーク・エンゲイジメント=肯定的で充実した仕事への態度

ワーク・エンゲイジメントは、今世紀に入って生まれた比較的新しい概念です。提唱者のオランダのユトレヒト大学シャウフェリ教授は「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力(就業中の高い水準のエネルギーや心理的回復力)・熱意(仕事への強い関与、仕事の有意味感や誇り)・没頭(仕事への集中と没頭)によって特徴付けられる」と定義しました。つまりワーク・エンゲイジメントが高い人は活動水準が高く仕事への態度・認知も肯定的。一方ワーカホリズムにある人は、活動水準は同じように高いけれども、追い詰められながらやっているので仕事への態度・認知は否定的です。このワーク・エンゲイジメントの考え方は、昨今、メンタルヘルス対策や、能力開発・生産性向上を考える上で、とても重要な観点となっています。

探求領域×「生き生き働く」

生き生き働くとは、主体的かつ喜びを感じながら働いている状態

私たちワーク・エンゲイジメントの研究をしている人間にとっては、「仕事にどう向き合っているか」は常日頃考えているテーマです。生き生き働けている状態とは、一つは、やらなくてはならないからやるのではなく、「これは楽しい」「充実感がある」と感じて主体的に取り組んでいること。もう一つは、その仕事をしたことによって「やってよかった」「楽しかった」という喜びや気持ちの高ぶりを感じていること。この2つの要素が欠かせないと思います。私の専門であるワーク・エンゲイジメントの定義と、生き生き働くという概念は非常に近いと思っています。

仕事に内包される資源と個人資源に相関して高くなる

ワーク・エンゲイジメントは、その仕事にどれだけ職場の上司や同僚のサポートがあり、自分に裁量権があり、成長機会があるかといった、仕事の資源の多寡、あるいは、その人自身の自己効力感やレジリエンスなど個人資源が、大きく影響すると言われています。この2つの資源が多ければ多いほど、ワーク・エンゲイジメントが高まり、生き生きと働ける可能性が高くなります。また、ジョブ・クラフティングと言って、自分から、今やっている仕事を意義あるものにしようと働きかけたり、仕事の資源を取りに行ったりすることができる人も、自分のエンゲイジメントを高めやすい。


ライフの満足度も、ワーク・エンゲイジメントに大きく影響

仕事以外の領域にも、ワーク・エンゲイジメントを高める要素は存在しています。それが生活の満足度です。ワーク・ライフ・バランスという言葉が定着していますが、ワークとライフは切り分けられているわけではなく、一人の人間の連続体として影響し合っているのです。朝出がけにパートナーと喧嘩してしまったら、オフィスに着いてパソコンに向かっても「あんなことを言わなければよかったな」なんて思い出したりするもの。仕事も乗らない。家庭生活でマイナスに働いた満足度が、ワーク・エンゲイジメントを低下させているのです。反対に、仕事でいいことがあると、家でも一家団らんが弾むことがあるでしょう。こうした相互の影響を、スピルオーバー(流出効果)と言います。

「生き生き働く」ヒント

生き生き働くことは、パートナーにも子どもにも影響大

私は、2008年から継続して、東京で共働きをして子育てしている夫婦を対象に、ワーク・ライフ・バランスと健康に関する調査研究を行なっているのですが、そこでは、さらに面白い結果が出ました。例えば、夫がいい仕事をしてすごく気分良く家庭に帰って来た日は、家族が円満に過ごせたせいで、翌日パートナーまでもいい気分で仕事に行け、パフォーマンスが上がる、と言う具合に、密接な関わりのある人へのクロスオーバー(交差効果)もあることがわかったのです。つまり夫が生き生き働いていると、パートナーも生き生き働けるようになり、反対に妻がワーカホリックだと夫のメンタルヘルスも崩れるということです。数年後に行なった子どもへの影響も加えた調査では、親が生き生き働いていると子どもの問題行動が少ない、父親がワーカホリックだと子どもの肥満につながる、張り合いのある仕事をしている男性の家庭では子どもの数が増えるという傾向が見られました。妻がファミリーフレンドリーな会社で働いていることより、男性の張り合いのある職場の方が、子どもの出生により強い関連があったのです。主体的に動く男性は、おそらく家庭生活でも主体的で、その結果として子どもが増えるのでしょう。仕事以外の領域の影響も非常に大きいと言えます。

休日の過ごし方、休み方も重要。疲労からのリカバリーには工夫が大切

オフの時間をどう使うか。「休み方」も非常に重要です。2週間の夏休みを取った後の効果を調査した研究がありますが、ストレスの数値を見ると、夏休み終了直後は明らかに下がっていましたが、3日後には夏休み前のレベルに半分近く戻り、3週間後にはすっかり元のレベルに戻ってしまうことがわかりました。つまり長期休暇は時限効果なのです。ですから我々が考えなくてはならないのは、週末など、もう少し短い期間の休日の過ごし方なんです。週末でしっかりリカバリーして、翌週に疲れの借金を残さないことがワーク・エンゲイジメントを高く保つポイントになります。しかし、仕事のことを完全に忘れすぎてしまうと週明けすぐ切り替えられないので、ちょっと脇に置く、それなりに意識するくらいのちょうどいい距離感をつかむことが大切です。自分の仕事の疲れが、体を使った疲れなのか、気持ちを使った疲れなのか、あるいは頭を使った疲れか、それによって、どこを休ませてあげるかも変わってきます。体が疲れているなら無理にジムに行かずに体を休ませるべきだし、気持ちが疲れているなら一人になって気持ちを穏やかにして過ごすとか、頭が疲れているならスマホゲームなどせずに脳を休めるようにしないといけません。週明けに生き生き働くためには、休み方の工夫も大切になってくるのではないでしょうか。

Shimazu_5-1.jpg「ワークライフバランス」という言葉には、
工夫の余地があるかもしれません。
ワークとライフは、切り離してバランスをとるようなものではない。
最近は、「ワークとライフのインテグレーション」
という言い方も、されています。
僕らは略して「WLI」(ワライ)と呼んでますが(笑)。

――島津明人

執筆/荻原美佳(ウィズ・インク)
※所属・肩書きは取材当時のものです。